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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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通学再開

 学院の車寄せに止められたコードナ侯爵家の馬車から、ラーラのお父ちゃん(こと)ガロンと、護衛女性シールが降りた。二人に続いてバルが、バルの手の甲に手のひらを載せてラーラが降りる。

 ガロンはバルの、シールはラーラの護衛として学院に登録され、今日から教室内にも立ち入る事が出来る。

 その4人を迎えたのはパノと、パノの護衛として登録されたサーレだ。


 6人は揃って学院長室に向かった。



 しばらく学院を休んでいたラーラは、クラスを変えて今日から通学を再開する。

 貴族向けの授業を受ける為に、教室もクラスメイトも変わる事になる。


 変更になった教室で、ラーラは最後列の端の席を与えられた。

 背後にはシールが立っているだけで、出入り口からも遠いため、誰かが後を通る事は無い。ラーラの周りの席を利用するのも女生徒だけになる様にと、席替えもされている。


 貴族と平民のクラスの間では、授業の科目自体はそれ程差が無い。内容が異なるだけだ。

 座学系では平民クラスは難しい事まで習う。国を支える文官や武官になる人材を育てる為だ。

 礼儀作法などは貴族向けの方が厳しい。平民は貴族に対しての礼儀を習うだけだが、貴族は下位、同位、上位、王族に対しての礼儀が異なる。



 復帰初日の授業を終えて、席から立ち上がったラーラの()く手を五人の女生徒達が塞ぐ。

 シールが前に出ようとするのをラーラは手で制した。


「お前、どう言う積もりなの?」

「平民が貴族のクラスに入って来るなんて、何を考えているのかしら?」


 前に立つ二人がラーラに言い放つ。後の三人は扇で口元を隠して見ているが、目を見ればラーラを(あざけ)っているのが分かった。


「何も考えて無いのでしょうね」

「少しでも考える頭があれば、この場にいられる筈がないわ」


 攻撃は前の二人の担当の様で、後の三人は見ているだけだ。


「王女様でもないのに護衛を連れて来るなんて」

「ソロン殿下でさえ連れていらっしゃらないのに」

「貴族になれたからって、ハシャいじゃったんじゃない?」

「身の程知らずってこう言う事なのね」

「生きた見本ね」

「お前、分かってる?貴族って書類だけじゃなれないのよ?血統と品格が必要なの」

「体を使って貴族になれたと思っているのでしょうけれど、紙の上でだけじゃないの」

「あとはベッドの上?」

「違うわよ。何人も同時に相手をなさるらしいから、ベッドの上では貴族ではなくて野獣らしいわよ?」

「まあいやだ」

「ねえ?何とか言ったらどうなの?」

「あなたがベッドの話なんか出すから、思い出して野獣化しちゃったんじゃない?」

「言葉を忘れて?」

「そうそう。それなら学院に通うのも意味ないわよね?」

「花街がお似合いね」

「でもこんな誰にでも体を開く女、お金出して買って貰えるの?」

「違うわよ。コードナ侯爵家のお金を使って、男を買うのよ」

「確かに売る(ほう)は一度に一人だけれど、買う方なら一度に何人も相手が出来るものね」


 二人が笑うのに合わせて、後の三人もクスクスと笑った。


 二人の言葉が途切れたので、ラーラが口を開く。


「初めましてミッチ・コウバ殿」

「あら?」


 真ん中の一人が疑問の声を上げる。


「私はラーラ・コードナです」

「何故お前が私に話し掛けるの?」

「このお二人はミッチ・コウバ殿のお友達かしらと思って」

「何を勘違いしているの?」

「ミッチ・コウバ殿のお友達なら、公の場であまりにも聞くに()えない話をなさっているから、()めて頂こうと思ったのだけれど、お友達ではないのですね?」

「なんで平民のお前が私に話し掛けるのかって訊いているのよ?」

「そう。ご存知ないのですね」

「何が?話が通じないの?二人の言う通り言葉を忘れて、明るいうちから獣になってしまったのかしら?」


 周りの四人がクスクス笑いをラーラに浴びせた。

 四人にウケたので、ミッチ・コウバは気分を良くする。


「学院からの帰りの馬車で直ぐに交われるのだから、もう少し我慢すれば良いのに、教室で男子生徒を襲ったらダメよ?」

「私がコードナ侯爵家のバルの妻である事は公表された事実です。貴族の令嬢としてなら、常に社交界の情報を集める事をお勧めします」

「何ですって?お前、自分が何を言ってるか分かっているの?」

「ミッチ・コウバ殿こそ、自分が何を言ってるか分かっているのですか?私をお前呼ばわりするなんて、コウバ公爵家の教育が疑われますけれど?」

「何ですって?」

「私が侯爵令嬢なら、公爵令嬢のミッチ・コウバ殿からを声を掛けられるのを待って、ミッチ・コウバ様とお呼びしなければなりません。でも私は侯爵令孫バル・コードナの妻で、コードナ夫人と呼ばれる立場。あなたとは同格なのです」

「なんですって?」

「なんですなんですって、知らない事ばかりのご様子ですけれど、ミッチ・コウバ殿が私をお前呼ばわりする度に、ミッチ・コウバ殿はコウバ公爵家の名を貶めているのです。習っていないのなら仕方がない事ですけれど、コウバ公爵家にはコードナ家から抗議到しますので、お家の(かた)にしっかりと教わって下さい」

「なっ!家に抗議ですって?ふざけるんじゃないわよ!我が家からこそ抗議するわ!」

「なるほど。もしかして、お家の方から私を貶めろと命令されているのでしょうか?」 

「え?」

「違いますか?それなら誰に言われたのですか?」

「誰って」

「この教室ではミッチ・コウバ殿と私が一番立場が上ですから、ミッチ・コウバ殿に命令する人はいませんよね?やっぱりお家の方?それとも別の上位の方?」

「上位?」

「ミッチ・コウバ殿の姉君はソロン王子殿下との婚約を望んでいると聞いておりますけれど、今日の話はそれには影響しないのでしょうか?」

「え?影響?」

「ええ。ミッチ・コウバ殿に命令をした(かた)がミッチ・コウバ殿の姉君の縁談にプラスの働き掛けをなさるのなら、今日のミッチ・コウバ殿から私とコードナ家に対する侮辱も、コウバ公爵家も受け入れざるを得ないのかとは思いますから」

「え?どう言う事?」

「あら?(とぼ)けている訳ではなくて、ミッチ・コウバ殿は本当に分かっていらっしゃらないのですか?」

「どう言う事よ?!」

「一から説明するのは長くなりますから、お家の方に教えて頂いて下さい。私には迎えが来てしまいましたので、通して頂けますか?」

「迎え?」


 ミッチ・コウバが振り返ると教室のドアの所には、怒りを表情に浮かべたバルと、ミッチ・コウバへの蔑みを瞳に浮かべたパノが、ガロンとサーレを従えて立っていた。


「そうでした。私をお前呼ばわりしたお二人にももちろんですけれど、その様子を笑っていた(うしろ)のお二人のお家にも、抗議をしてもらわないといけないのかしら?ミッチ・コウバ殿の周りの四人もコウバ公爵家の関係者なのですか?そう言えば、私が声を掛けるより先に声を掛けていらしたと言う事は、格が私以上ですから公爵家令嬢か王家令嬢、あるいは私と同じ様に、侯爵家以上の夫人の方なのですね?ミッチ・コウバ殿、申し訳ありませんが教えて頂けますか?」

「四人とも私が存じています。訊かなくても大丈夫ですよラーラ義叔母様(おばさま)


 表情を微笑みに変えて、パノが少し芝居掛かった口調で言った。


「そうなの?ありがとう。パノはやっぱり頼りになるわね」

「お誉め頂き、ありがとうございます、ラーラ義叔母様」

「俺だって知っている」

「バルも?ではお義祖父様(じいさま)とお義祖母様(ばあさま)に報告する時は、バルも一緒に行ってくれる?」

「もちろん。どこにだって一緒に行くよ」

「ありがとう、バル」

「ラーラ義叔母様とバルの様子を見ながらだと馬車に酔いそうだから、私は自分の馬車で直接家に帰ります。お祖父様(じいさま)とお祖母様(ばあさま)への報告は私からしておきます。何を言われたかに付いては後で連絡して下さい。コーハナル侯爵家としても抗議するでしょうから」

「分かったわ。よろしくパノ」

「ええ。任せて下さい、ラーラ義叔母様」


 そう言ってパノはサーレを連れて、教室から離れて行った。


「バル」

「なんだいラーラ?」

「私の前を塞ぐ方達は、私から声を掛けても大丈夫な方達?」

「ああ、問題ないよ」

「ありがとう。皆さん。私は帰りたいので、通して頂けますか?」

「な!何を言っているの?」


 ミッチ・コウバがやっと言葉を出した。残りの四人はその後に隠れる様に身を寄せ合う。

 五人の左右に人が通れる隙間が出来たけれど、ラーラには狭い。五人に近付くのは怖くて、ラーラには通れない幅だった。


「学院では身分差によるしきたりは緩むのよ?!話し掛けて大丈夫かどうかなんて、身分差を持ち出すのは間違っているわ!」


 先程とは逆の事をミッチ・コウバが言い出した。


 そこへ一人の女生徒が近寄る。


「ラーラ様。もしかしてこれだけの幅では通れませんか?」

「ええ」


 ラーラの返事にその女生徒が肯くと、他にも何人もの女生徒が傍に出て来てミッチ・コウバ達五人を押して、ラーラが通る幅を広くした。


「お前達!何をするのよ!」

「私達は家から、ラーラ様が困っていたら積極的に助ける様に言われているの」

「さっきは戸惑って出て来れなかったけれど」

「私はラーラ様の表情を見て、邪魔しない方が良いなって思ったわ」

「私も」

「あ、ズルい。じゃあ私も」


 そんな風にワイワイ言いながら五人をドンドン押しやった。


「皆様、ありがとうございます。もう通れるから大丈夫です」

「みんな、ありがとう」


 ラーラに続いてバルも感謝を口にする。


「ラーラ様は私達が近付くのも怖いと聞いています。ですから何か困った事があった時には、ラーラ様から声を掛けて下さい」

「ありがとうございます。そうさせて頂きますね」


 ラーラと女生徒達が笑顔を交わしていると、遠巻きにしていた男子達も声を上げた。


「僕達も!」

「男が近付くのは女の子達より怖いと聞きました」

「でも、力仕事なんかは任せて下さい」

「頼って下さい」

「皆に言っておくが、ラーラは俺の妻だからな?」


 その声にラーラは振り返り、バルの苦い表情を見て笑ってしまった。少し頬が染まる。


「分かっています、コードナ先輩」

「それも気を付ける様に言われています」

「そうです。バルさんに気を付ける様にって」

「え?俺は違いますよコードナ先輩!」

「僕もバル様ではなく、ラーラ様に不用意に接触したりしない様に注意されただけです」

「あ!僕も違いました!そんな感じでした!」


 教室内に笑い声が上がる。

 様子見をしている生徒が大半なので、もちろん全員が笑ったりはしていないが、教室の空気は変わった


「ラーラはまだ体調が万全ではないし、何かあったら詰まらない事でも良いから俺に教えてくれ」

「シールもいるから大丈夫よ?」


 バルの傍に来たラーラが、バルの腕に指先を載せてそう言った。バルが手の甲を差し出すと、ラーラはそちらに指先を移す。


「ラーラもシールも見ていないところでも何かあるかも知れないし」

「ふふ。そうね。心配してくれて嬉しいわ」

「俺も喜んで貰えて嬉しいよ」


 二人は微笑み合う。


 微笑み合ったまま二人が動かないので、ガロンが咳払いをした。

 バルがちらりとガロンを見てからラーラを見直して、「では行くか」と言う。


「ええ。では皆様、また明日」


 教室内から「また明日」との応えが返る。

 バルの手の甲に手のひらを被せて、ラーラはバルに引かれて出て行った。



 馬車に乗り込んだラーラは指先はバルの手の甲に預けだが、体はガロンの腿の上に座り、学院を出てからしばらくは浅い呼吸で震えていた。シールはラーラの背を撫でた。


 翌日からバルとラーラの登下校には六人乗りの馬車を使い、ラーラのお母ちゃんことマイも同乗する事に決まった。



 その日のうちに、コウバ公爵家とラーラを罵った二人の女生徒の家には、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家から正式な抗議の書状が送られた。一方、笑っていただけの二人の女生徒の家には、コードナ侯爵家から事実確認の為の質問状だけが送られた。

 そしてそれとすれ違う様に、五人の家から抗議の書状がコードナ侯爵家に送られる。


 ラーラを助けた女生徒達の家には、コードナ侯爵家から感謝の言葉がソウサ商会からのお礼の品と共に届けられた。

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