冷たい微笑み
ラーラはミリに幸せになって欲しい。そしてその幸せは何も結婚に求めなくても良い。
ラーラ自身はバルと結婚した事で幸せになる事が出来た。それなので同じ幸せをミリにも手に入れて欲しいとは思う。けれどそのバルに育てられたミリならば、自分の夫となる男性には当然、バルと同等以上である事を要求してしまうだろう。そしてラーラの基準では、バル以上の男性など存在しなかったし、ラーラには想像すら出来なかった。ラーラにはバルしかいない。
それなので下手な男と結婚するよりは、ミリは独身でいた方が幸せになれるかも知れないとラーラは思ってもいた。バルがミリを結婚させないと言う事に、ラーラが反対しなかったのにはそれもある。
ラーラの目の前のレントは、ミリの伴侶とするには余りにも足りない。
まだ子供なのだから当然なのだけれど、たとえ大人になっても、レントはミリを何よりも優先したりは出来ないだろう。
レントには領地があり、領民達がいて、領主としての責任がある。ラーラにはレントが、たとえ引退して後継者に後を任せる様になっても、何か事が起これば家族より領地を優先する人間に見えていた。
それはラーラがレントに非難を向けている訳ではなかった。ラーラの生家のソウサ家も、家族よりはソウサ商会を優先する人間ばかりだ。だからこそラーラは、レントも同じだと思えていた。
そしてそれはミリに対してもだった。もしミリが領主夫人になるのなら、ミリは夫や家族よりも領地を優先する様になるのではないかと、ラーラは感じている。それはラーラが結婚したミリに望む幸せとは相容れない。それならば結婚などはせずに、同じ仕事をするにしても領主代理などの立場でいた方が、ミリは幸せになれるのではないかとラーラは考えていた。
ただしラーラが、漠然と心配していたミリの将来に対して、この様に具体的に考えられる様になれたのは、目の前のレントが切っ掛けを与えたお陰でもあった。
そのレントが顔を蹙めている。
「ミリ様へのアプローチを止める訳には参りません」
そう言ってレントは首を左右に振った。
「ミリ様を利用する事になるのは分かっていますが、ミリ様にプロポーズをしている事にさせて頂く事で、余計な縁談に時間を取られない様に断る事が、わたくしにはどうしても必要なのです」
「それは分かりますけれど、プロポーズの振りで良いのですよね?」
「え?・・・はい」
「レント殿からミリへプロポーズをしている事にするだけで良くて、何も実際に人前でプロポーズし続ける必要はないと思いますけれど、いかがですか?」
「必要の有無でしたら、確かにラーラ様の仰る通りですけれど」
「プロポーズされている事にする事にはミリも同意していましたから、レント殿もそこまでに留めて、それ以上のアプローチは止めて頂ければ良いと思います」
「それ以上のアプローチと言いますと?」
「レント殿は事ある毎に、ミリと結婚したいとミリに言っていますよね?」
「それは、ですが、わたくしは本当にそう考えているのです」
「それは分かりましたけれど、実際にはレント殿はミリと結婚など出来ませんよね?」
「え?・・・わたくしは本当にミリ様と結婚したいと考えているのですけれど、ラーラ様には信じて頂けないのでしょうか?」
「レント殿がそう考えている事は、嘘や冗談ではないのだろうと私も思いますけれど、けれど現実問題として、レント殿とミリの結婚など、現状では不可能ですよね?」
「・・・現状と仰るのは、ミリ様もわたくしもまだ未成年なので、婚姻を結べないと言うことでもしょうか?」
「それももちろんありますが」
「しかしわたくし達の世代でしたら、サニン殿下が婚約をしたら、ミリ様もわたくしも未成年でも婚約をし始める筈です」
「レント殿?」
「・・・はい、ラーラ様」
「それは貴族としては常識ですけれど、平民としての将来も選べるミリには当てはまりませんよ?」
「・・・え?」
「私はバルと未成年で結婚しました。ミリを産んだのもまだ未成年でした」
「それは・・・ですが・・・」
「そしてバルも未成年で私と結婚する為に、コードナ侯爵家から籍を抜いて平民になったのです」
「それは、わたくしも聞いておりますけれど、ですが、わたくしにはその手段は取れません。ラーラ様はその事を指摘なさっていらっしゃるのですか?」
「レント殿に同じ事をしろとは言っていません。その為にコードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も準備をしてくれたので、私とバルは結婚できたのですけれど、その状況が用意されて始めて、私はバルの気持ちを受け止められましたし、自分の気持ちをバルに伝えられましたし、バルのプロポーズを受け入れる事が出来ました」
真剣な表情でラーラはそう述べた後、笑みを浮かべると共に頬を赤らめる。
「少し、バルとの事を惚気た様になってしまいましたね」
「あ、いえ」
「忘れて下さい」
「・・・いえ」
レントの頭は動いていなかった。自分をバルに置き換えて考える事が出来なくて、そこで思考が空回りをしている。
そのレントの様子を見て、ラーラが助けを出した。
「先程も言いましたけれど、レント殿に同じ事をして欲しい訳ではありませんよ?」
「え?・・・はい」
「私はミリに私と同じ経験などさせたくありませんし、レント殿にもバルの様な辛さを味わう様にと言いたい訳でもありません」
そのラーラの表情に、レントは自分の思考を取り戻す。
「またバルの惚気になりますけれど、それでも、もしあの様な事が起こらなかったとしても、バルは私と結婚する為に、あらゆる手を尽くしてくれたと思います。それは何故か?レント殿には分かりますか?」
「え?何故か?・・・それはバル様がラーラ様と結婚をしたいと思っていらっしゃったからではありませんか?」
「そうです。そして私はバルの事が好きでしたけれど、バルとの結婚を諦めていました」
「それは・・・」
「誘拐の前にですよ?」
「え?そうなのですか?」
「はい。身分の差もありましたけれど、リリ殿は当時も美人でしたので、私はバルへの想いを諦めていましたから。なにせバルが私との交際練習を始めたのは、リリ殿との交際を成功させる為の練習としてでしたし」
レントは自分の叔母リリ・コーカデスの事が持ち出されて、なんと応えたら良いのか分からなかった。
「バルに取っての一番の壁は、私だったのです」
「そう、なのですか?」
「ええ。バルは、バルがリリ殿を好きだと思っている私を肯かせる為に、バルの祖父の当時のコードナ侯爵に相談したりして、わたくしにプロポーズをする為の準備を進めていたのです。そして誘拐があって、私は壁を更に高く厚くしましたけれど、周囲の協力もあって私と結婚できる状況が出来て、バルは私にプロポーズをしてくれたのです」
「そうなの、ですね」
「ええ。その周囲の協力も、バルが私を諦めないでいてくれたからだと思って、私はもちろん今でもバルに感謝しています」
そう言うとラーラは、また微笑んだ。
「それなのでレント殿?」
「はい、ラーラ様」
「もしレント殿が本当にミリと結婚したいのでしたら、バルがリリ殿に毎日何度もアプローチをしていた様なやり方ではなく、先ずはミリへのプロポーズが出来る様な状況を作って、ミリの好意がレント殿に向いている事を確認してからにして下さい」
「それまでは、プロポーズの振りだけしていろと言う事ですか?」
「いいえ。プロポーズの振りもせずに、ただプロポーズしていると言う話だけにして下さい」
「そうすれば、ミリ様はわたくしのプロポーズを受け入れてくれるのでしょうか?」
「それは分かりません」
「え?」
「ですが今のミリは、レント殿にアプローチされる事を迷惑に思っています。その心境にある中で、レント殿と共同して領地開発を進める事は、ミリに取っては精神的に辛いでしょうし、この状況が続いても、ミリがレント殿に好意を寄せる事は絶対にありません」
「え?絶対にですか?」
「ええ。絶対にです」
そう言うラーラの微笑みが、レントにはとても冷たく感じた。




