ラーラの要望
商人の娘として育ったラーラは、人を見る目はそれなりにある方だと自負をしている。
そして目の前のレントに対しては、考え方は捻れている様なところもあるけれど、気持ちは真っ直ぐな印象を持っていた。
それだけれど今のレントの言葉は、ラーラに取っては素直に受け取る訳にはいかない。
「ミリの出自をレント殿は気にしないと思っていたとしても、周りはそうはいかないではありませんか」
「わたくしの家族でしたら、わたくしが説得します」
「いえ、レント殿?本当に本気でミリと結婚したいと考えているのですか?」
「え?ラーラ様?まさか、わたくしが冗談で言っていると思っていらっしゃったのですか?」
「冗談と迄は言いませんけれど、とても本気だとは思えません」
「いえ、本気です。わたくしがまだ子供ですので信じて頂けないのかも知れませんが、わたくしの将来設計は、ミリ様なくしては成り立ちません」
「私もですけれど、バルもミリには幸せになって欲しいとおもっている筈です」
「あの、はい。それはわたくしもその通りだと思っております」
「ですが、レント殿にはミリが必要なのかも知れませんが、レント殿と結婚したミリが、幸せになれるとは思いません」
「それは、わたくしにはミリ様を幸せにする事が出来ないと、ラーラ様は思っていらっしゃると言うことですね?」
「私だけではなく、もちろんバルもそうですし、親族達も同じでしょう」
ラーラにそう言われて、レントは言葉を返せない。
ミリの幸せを考えた時にレントに思い浮かぶのは、コーカデス領の開発だ。
それはこれまでの手紙の遣り取りでも、先日の打ち合わせでも思っていた。手紙ではレントの問いにミリは熱心に答えてくれていたし、打ち合わせでも素晴らしいアイデアを出してくれていた。
その様にミリがその力を充分に発揮できる環境を用意して、ミリのアイデアを実現していける事は、ミリの幸せになるのではないかとレントは思っている。
ミリが力を発揮し易い様にする為もあって、レントは領主の妻の座をミリに用意する積もりでいるのだ。
しかし、夫婦としての幸せと言うと、途端にどうしたら良いのか、レントには具体的なイメージが浮かばなかった。
レントには、ラーラとバルの夫婦は幸せに見える。そこには男女間の幸せがある筈だ。そしてミリの存在もラーラとバルに幸せを与えているのは確かだろう。それは親子としての幸せの筈だ。
レントにはその類いの幸せが、結婚をしたり子供を儲けたりするだけで手に入るものではない事だけは分かっている。それだけで良いのなら、離婚する夫婦はなく、子供を捨てる親もいないはずだ。だからそれだけでは駄目な筈なのだ。
そしてラーラがレントに言うのは、夫婦の幸せの事なのだろうとは、レントにも分かる。それは事業を成功させる様な、その様な状況だけでは足りない何かをミリに与えるのだろう。
だが今のレントは、ミリへの好意を口にすればするほど、ミリからは嫌われている様に思える。つまりその幸せは、単なる好意から発生するものではなくて、あるいはもしかしたら、好意とは関係のないものから生まれるのかも知れないと、レントは考えた。
「貴族の妻の立場は、ミリには辛いと思います」
「え?ラーラ様?」
「礼儀作法にしろ社交にしろ、やらなければならない事は出来て当たり前です。そしてやってはならない事が、貴族の妻には余りにも多くあります」
「やってはならない事ですか?」
「ええ。夫や血族以外の男性と、二人きりになってはなりませんよね?」
「いえ、それは、ですが、女性なら当然ではありませんか?」
「男性は許されるのに?」
「ですがそれは、平民でも同じではありませんか?」
「いいえ。確かに平民でも赦されない場合はありますが、それを赦さないのはあくまでも夫です。夫が許せば許されますし、妻が夫に許さなければ、夫も妻以外の女性と二人きりになったり出来ません」
「え?・・・そうなのですか?」
「ええ。それに対して貴族の女性の場合、貴族社会自体がそれを許しませんよね?」
「・・・はい」
「私はミリに浮気を勧めたい訳ではなくて、信頼関係を結んだ男性を夫とする事を選ばせたいのです」
「それがわたくし相手では駄目だとラーラ様はお考えなのですか?」
「貴族の妻は血を繋ぐ役目を負わされますね?」
「それは、はい」
「もしバルが長男だったら、コードナ侯爵家を嗣がなければならなかったとしたら、私とは結婚できなかったとレント殿は思いませんか?」
「それは、ですが、ラーラ様もそうお考えなのですか?」
「そうですね。バルにプロポーズされた時は、そう考えていました」
「え?今は違うのですか?」
「バルは爵位を捨てても、私を選んでくれただろうと、今は思っています」
「爵位を・・・しかし、それは・・・」
「ええ。貴族としてはあり得ない考えですよね?」
「それもありますし」
「バルが三男だったから、と言うのは大きいですけれど、それでももし長男だったとしても、貴族としての全てを、爵位も領地も領民も親族達も捨てたとしても、バルは私を選んでくれたと私は信じています」
「・・・それは・・・」
「ここで私に取って大切な事は、本当にそうだった時にどうなっていたかではなく、私がバルをそれほど信じる事が出来ている事です」
爵位も領地も領民も祖父母や叔母も捨てる事など、レントには出来ない。それなので当然、ラーラがバルを信じる程に、ミリに自分を信じさせる事も出来るイメージがレントにはなかった。
「バルは騎士になるのが夢だったのです。領主に比べたら小さい事に思えるかも知れないけれど、それでもその夢を捨てて私を選んでくれた。自分の血を引く子供は要らないと言って、ミリを自分の子供として私と一緒に育ててくれた。バルと私は状況が特殊だと思うけれど、普通の夫婦でも同じ様な気持ちは持つと思います。この気持ちは特別ではありません」
レントは確かにバルとラーラが特殊だと思い、二人だからだと思おうとしていた。
バルとラーラはレントの理想の夫婦だった。二人の関係を見本として、ミリと一緒に目指したいとレントは考えていた。
しかし今のレントには、その根本が全く別物に感じられた。
「家と血筋を守らなくてはならない貴族には、それを優先するが為に、夫婦間の愛情や信頼関係は必須ではないでしょう?」
そのラーラの言葉はレントに、自分の両親の事を思い出させる。
「でも私は、もしミリが結婚をするのなら、その様な相手に出会って、自分でその人を選んで、私と同じ様に幸せを手に入れて欲しい」
「・・・それは、ミリ様は貴族には嫁がさないと言う事ですか?」
「いいえ。幸いミリは、貴族にも平民にも嫁げるのだから、ミリが選べばどちらでも良いと私は思っています」
ラーラがそう言っても、レントは少しも喜べなかった。
「ミリが私とバルを見て理想の夫婦像をイメージしているとしたら、バルより強く妻を愛する男性でなければ、ミリは満足出来ないだろうと、レント殿は思いませんか?」
レントは何も返せない。バルより強くのイメージが全く浮かばなかった。
「ですから、レント殿?」
「・・・はい、ラーラ様」
「バルより強くミリを愛せる様になるまで、ミリへのアプローチは止めて下さい」
レントはミリとの結婚をバルに反対される事は覚悟をしていた。そしてラーラにはどちらかと言えば、レントとミリの結婚に賛成して貰えると、レントは思っていた。
今もラーラに反対をされた訳ではない。明確な目標を与えられたのだと言える状況だ。
しかしレントには、その目標に到達する道が、全く思い当たらなかった。




