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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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罠の臭い

 結局どちらも申請を取り下げないまま、謁見は終了した。ラーラが国王に頼んだコーカデス侯爵家の収支調査も、改めて正式に申請する事が必要とされた。

 一見、謁見前とは何も状況が変わらない。



「ラーラ!」


 謁見室を出たラーラ達をバルが迎える。


「ラーラ」


 バルと一緒に廊下で待っていたパノも、ラーラに声を掛けた。


「バル、パノ、お待たせ」


 両手を背後に隠したパノにラーラは近寄る。バルはパノより少し遠目に立っていた。不安を浮かべた表情で迎える二人に、ラーラは笑顔を向けた。


「大丈夫だった?」

「ええ」


 ラーラの応えにパノも微笑みを作ってラーラに向けた。バルもラーラに微笑みかける。


「良かった。お疲れ様」

「ラーラは大したものだったぞ」

「お義祖父様(じいさま)、そんな事はありません」


 バルの祖父コードナ侯爵ゴバが言った。その言葉をラーラは小さく首を左右に振って否定したが、パノの祖父コーハナル侯爵ルーゾは肯いた。


「落ち着いていたな」

「お養父様(とうさま)、そうでもありません」

「ラーラは陛下の御前で、バルさんの事を惚気(のろけ)ていましたよ」

「お養母様(かあさま)、そんな」

「え?俺の事を?」

「やるわね、ラーラ」

()めてよ、パノ」


 パノの祖母ピナの言葉にラーラは慌てたけれど、バルの祖母デドラも肯き、バルは驚きながらも嬉しそうにニヤけ、パノが揶揄(からか)って掛けた言葉にラーラは少し照れた。


 後から杖を突きながら廊下に出て来たコーカデス侯爵ガットと、エスコートの様に腕を預けながらガットを支えて歩くリリが、その様子を見た。

 リリが足を止めたので、ガットも立ち止まる。


 パノとバルの傍に立つラーラの位置は、リリに馴染みの、リリのものだった筈の場所だ。


 二人に気付いたラーラが一歩前に出る。二人とは向かい合う形になった。

 少しの()()けた後、ラーラはガットに礼を取り、姿勢を正すとリリに向き直って微笑んだ。


「初めまして、リリ・コーカデス殿」


 その言葉にリリは目を見開き、ガットは眉間に皺を深く寄せて顔を赤くした。


「無礼者!」


 ガットの大声にラーラが(すく)む。ラーラの左右にデドラとピナが進み、その前にゴバとルーゾが立つ。ラーラとガットの(あいだ)にはバルが立った。デドラが差し出した腕にラーラは無意識に手を預ける。


 息を大きく吸ったラーラは、改めてリリに向けて微笑みを作る。


「わたくしはラーラ・コードナです」

「ふざけるな!何故格下のお前からリリに言葉を掛けるのだ!」


 ラーラは一瞬だけ顔を(しか)めたが、今度は竦まずにガットに顔を向けた。でもやはり恐いので、ラーラはバルの背中に片手の指先を当てる。


「わたくしはコードナ家の嫁です。夫人と呼ばれる立場ですし、未成年ですが結婚しておりますので成人として扱われます。同格の貴族家の夫人と未成年令嬢ではどちらが立場が上か、わたくしは礼法を(おさ)めたばかりですので間違えてはおりません」

「なんだと!」

「それですのでわたくしから声を掛けないと、リリ・コーカデス殿からわたくしには話し掛ける事は出来ません。コーカデス侯爵閣下が礼儀を修めた頃と現在では、違いがあるのでしょうか?」

「お前!お前の結婚など認めておらん!貴族の真似などしおってもお前はただの平民だ!」

「なるほど。コーカデス侯爵家がバルとわたくしの婚姻を認めないと仰るなら、仕方がありません。コーカデス侯爵家とわたくしの養家(ようか)のコーハナル侯爵家は同格ですが、年若いわたくしはリリ・コーカデス殿より下位として扱うと言う事ですね?」

「貴族とは認めんと言っておるだろうが!」

「しかし、コーカデス侯爵家が認めようと認めまいと、リリ・コーカデス殿はバルと結婚する事は出来ませんよ?」

「おまえ~!」


 ガットが杖を振り上げる。

 ラーラの手が載った腕をデドラが引いて、ラーラを後に下げて自分も下がる。合わせてピナも下がった。デドラとピナの二人とバルの間をゴバとルーゾが埋める。


「コーカデス卿!いい加減にせよ!」

「ラーラもほどほどに」


 ゴバがガットに怒鳴り付けて睨む。ルーゾはラーラを振り向き言った。バルは先頭でやはりガットを睨む。


「はい。お養父様」


 ラーラはそう言うと、自分からもう一歩下がった。


「女性に暴力を振るおうとするなんて、老いぼれましたわねコーカデス卿」

「ピナ、挑発するんじゃない」

「そうですね。ラーラが述べた事は全て正しい」

「デドラ、あなたまで煽らないでくれ」


 ルーゾはガットに背を向けて、振り返って女性達を見る。


「ふん。揃いも揃って(たぶら)かされおって」


 そう言うとガットは杖を下ろした。


「行くぞ、リリ」


 そう声を掛けてガットは杖を突いて、リリを置いて歩き始める。


「はい、お祖父様」


 体を強ばらせていたリリが、(かろ)うじて声を出した。


「リリ」


 一歩踏み出したリリに、パノが静かな声を掛ける。

 リリの眉尻が下がった。


「・・・パノ」

「私の手紙、一番最後に送った密談の誘いの時の物だけれど、本当はどこにあるの?」

「え?」

「リリの手元?それとも誰かにあげたの?」

「あげたり、していない」

「でも手元にはないのね?」

「それは・・・」

「私が手紙を送る時は、内容や封筒に合わせて封蠟を使い分けている事、リリは知っていたわよね?」


 リリは少し俯いて、パノから視線を逸らした。


「リリ、早く来い!」

「はい、お祖父様」


 ガットの声に顔を上げて、リリはもう一歩踏み出す。


「リリ」


 パノの静かな声に、リリはまた足を止めて振り向いた。


「あの手紙、封印を割らずに封筒を切って、中の便箋を取り出したのよね?」


 リリは答えずにパノを見詰めた。


「あの手紙の封印が綺麗に剥がされて、ラーラを(おび)き出す手紙に貼られていたの」

「リリ!来い!」

「コーカデス侯爵閣下、お待ち下さい」


 一歩前に出たラーラに声を掛けられたガットは、返事をせずにラーラを睨み付ける。


「リリ」


 再び掛けられたパノの声に、リリは視線をガットからパノに戻した。


「誘拐の切っ掛けの手紙をラーラに送ったのは、リリではないわよね?」

「違うわ。私じゃない」

「それなら私の最後の手紙はどこにあるの?封印は誰が剥がしたの?」

「それは・・・使用人が・・・」

「解雇された使用人は知らないと言っているわ。それとも別の使用人?」

「・・・パノは私の言葉よりその者の言葉を信じるのね」

「どこにあるのか知らないのなら、誰なら知っているのか教えて」

「リリ!帰るぞ!」

「コーカデス侯爵閣下、リリ・コーカデス殿は罠に嵌められたのかも知れません」

「・・・なんだと?」


 ラーラの言葉にガットは眉間の皺を深くして、目を細めた。



 謁見室で宰相は、退室しようとする国王を呼び止めた。


「陛下。勝手な事をされては困りますな」


 国王は足を止め、宰相を振り向く。


「それは余のセリフだ。こんな話し合いを召喚しおって」

「しかしデドラやピナを喚ぶ必要はないではありませんか」

「二人が一緒でなければラーラは連れて来ないと言うし、仕方ないではないか。余だってあの二人を喚びたくはないわ」

「それにリリまで」

「リリは発言してもいないのに、ラーラ達はリリの事を良く見ておったな」

「リリを喚ぶのもゴバとルーゾの要求ですか?」

「そうだ」


 国王は振り返り、宰相に体を向けた。


「宰相。何をやっているのか知らんが、もう()めておけ」

「何の事ですか?」

「知らんよ。何かは知らんが、誰かを嵌めようとしているなら、ここまでにしておけ。そうでなければ今日は大人しくしていたデドラやピナも、必ず口を出して来るぞ?」

「相変わらず、あの二人が苦手なのですね」

「当たり前だ。そなたも苦手だろう?それにラーラ。なんだあいつは?デドラの理詰めとピナのしつこさを足して、さらに倍にした様ではないか?」

「ええ。自分の立場を(わきま)える様に、しっかりと()らしめないと駄目ですな」

「何を言っておる」

「貴族とはどういうものか、しっかり(しつ)けてやりましょう」

「それは王宮外でやれ。余を巻き込むな。デドラとピナ以上に、余はあいつに関わりたくない」

「では何らかの罰を与え、貴族界から追い出しましょう」

「だから、そう言う余を巻き込む様な事は企むな。あれは貴族も王も偉いとは思っておらんぞ?王様は偉いんですか、なんて言い出して、何故国王が偉いのかを証明させられかねん。証明出来た部分しか偉さを誇れず、王の権威が削ぎ落とされる事になるぞ?あれは触れずに、近寄らせずに、何もさせずにそっとしておくのが正解だ」


 国王は杖を持った手を向け、柄で宰相を指した。


「これは命令だ。ラーラは放って置け。何かやりたいなら王宮外で、余を巻き込む事が無い様にやれ」

「ですが何人もの男と関係を持った者に貴族の席を与えては、我が国の貴族の品位が下がります」

「あれは罠だぞ?」

「罠?」

「辱めを受けた事など隠せば弱点になるが、公表すると言っておったろう?法的には悪くないラーラをその点で攻めれば、怪我をするのは攻めた方だ。攻め方によっては家を失くすぞ?」

「しかしあやつは我が国の貴族を馬鹿にしております。そして(ほう)って置けば、あやつの真似をする馬鹿が絶対に出て来ます」

「ああ。その馬鹿共を止めようとしたら、止めようとした方が一網打尽でやられるのだろうよ。いや、芋づる式を狙っているかも知れん」

「では黙って見ていろと?」

「目を瞑っておれ」


 国王は杖を下ろす。


「宰相にはまだまだ頑張って貰わねばならん。こんな詰まらん事で躓かれては困るのだ。良いか?他にもそなたと同じ事を考えている者がおるなら、そやつらにも言っておけ。ラーラには近付くな。そやつらが言う事を聞かんのなら、一緒に吊り上げられない様にそなたは距離を置くんだ」


 宰相は目を細めて国王を見詰めるだけで、返事は返さなかった。


「もしかしたら、嵌めた積もりで既に嵌められている奴もいるかも知れん。良いか宰相?ラーラには近付くな。命令だぞ?」


 そう念を押すと宰相に背を向けて、国王は扉に向かった。



「リリが私の婚約の事を笑っていたと聞いたわ」

「え?私が?違うパノ!私じゃない!」

「では誰が?」

「知らないわよ!でも私じゃないわ!」

「私の婚約相手が子爵家の嫡男だから、跡継ぎなら格下でも良いなんて見境ない、とリリが言ったんじゃないの?」

「違う!そんな事言ってない!信じてよパノ!」

「私の婚約について、誰にも言わないでいてくれた?」

「それは、でも・・・」

「まだ秘密にしてとお願いした積もりだったけれど、それで信じろと言われてもね」

「そんな、だけど、皆でお祝いを用意して、パノを喜ばせようと思って・・・」

「お祝いは不要よ」

「え?そんな、パノ・・・」

「破談になったわ」

「え?破談?」

「悪い噂のある平民を養女にする家とは繋がれないって言われて」

「それはそうよ」

「そしてそのコウラ子爵家は、コーカデス侯爵家側に付いたわ」

「え?ウチに?」

「その感じだと、リリは知らなかったのかしら?」

「もちろんよ!」

「それなら、格下との縁談が破談になって友人としては良かった、なんて言葉もリリは言ってないのね?」

「そんな!当たり前でしょう?!」

「そう。リリは無関係だったのかも知れないけれど、友人として最後に忠告するわ。リリ、自分の情報、集めてないでしょう?このままだと足を掬われるわよ」

「え?私の情報?」

「ええ。忠告が無駄にならない事を祈るわ」



 謁見室を出て来た国王は、廊下に残っている面々を見て眉を(ひそ)めた。


「まだおる」

「こんな所でいつまでも」


 そう言って宰相がゴバ達を叱責しようと前に出る。それを国王は「良い」と言って()めた。


「構うでない。()くぞ」


 国王は集団を避けて、廊下の中心から少し外れて進む。宰相は眉間に皺を寄せ、廊下の真ん中を歩いた。


 国王に気付いたゴバ達は、会釈して道を譲った。



「わたくしが(かどわ)かされた事は、コードナ家を(おとし)める為の手段としてはかなり弱いでしょう」

「なに?」


 ラーラとガットはまだ国王に気付かず、話を続けていた。


「狙えるとしたら、バルが落ち込む事くらいです。バルが貴族として使い物にならなくなっても、コードナ家としてはあまりダメージにはなりません」

「だからなんだ?」

「しかしそんないじけたバルと結婚すれば、リリ・コーカデス殿は弱味を抱え込む事になります」

「バルにお前の事を忘れさせれば良いだけだ」

「そうですね。ですが二人の立場は逆転します」

「なに?」

「リリ・コーカデス殿の事が好きで付きまとっていたバル、と言う形から、バルと結婚する為に平民を誘拐して強姦までさせたリリ・コーカデス殿と」

「そんな噂!立たせる訳がないだろう!」

「ですがコーカデス侯爵家は現在、コードナ家とコーハナル家に対立しています」

「それはお前の所為だろうが!」

「その上、養母(はは)義祖母(そぼ)の実家もこちらに付きますので、コーカデス侯爵家の陣営は噂を消す為の味方を得る事が高く付く筈です」

「ふざけるな!」

「ふざけてはおりません」

「何者かが我が家を貶める為にリリを操ったとでも言うのか?!」

「こうやって国王陛下の前に喚び出される程ですから、皆様が誘拐の主犯ではなくて共犯意識もないのでしたら、リリ・コーカデス殿だけではなくコーカデス侯爵家全員が操られているのでは?」

「この!」


 ガットが再び杖を振り上げた。ラーラとは距離がある為に、ガットが杖を振り下ろしてもラーラには届かない筈だった。

 しかし振り上げた杖の石突きが、後を通り掛かった宰相の顔を()った。

 ()つかった衝撃でガットの手を離れた杖が、宰相の少し前を歩く国王の頭に当たって王冠を打ち落とす。


 杖の支えもなく近衛兵達に押し倒されたガットは、体を床に強く打ち付けて気を失った。

 宰相はその場に(うずくま)り、国王は近衛兵達に促されて足早(あしばや)にその場を立ち去る。

 リリは目を大きく見開いて、呼吸を忘れていた。


 ラーラは杖を振り上げられた瞬間にまた竦んだが、ラーラを守る為に抱き付こうとしたバルに驚いて、バルを突き飛ばした。しかしバルの勢いとラーラの体重の軽さの所為で、ラーラの体の方が弾き飛ばされて、尻餅を搗いて床に倒れ込んだ。

 バルはラーラの足先に片膝を突いてしゃがみ、ラーラに謝る。

 息を整えたラーラも体を起こしてバルに謝って、ぎこちないながらも微笑んだ。

 ラーラのまわりにパノとデドラとピナがしゃがみ込んで、ラーラが立つのを助ける為に手を差し出す。

 ゴバとルーゾはラーラとガットの間に立ち、気を失っているガットを近衛兵達が縛り上げるところを見ていた。


 リリの瞳には、それらの光景が映っていた。

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