コードナ侯爵邸に向かう車中
ミリ商会のコーカデス領の開発にソウサ商会が協力する事に決定して、ソウサ家での話し合いは終わった。
ミリとバルは二人でコードナ侯爵邸に向かうが、コードナ侯爵達に相談する前にミリと話をする事をバルが望み、二人は馬車を使う事にした。
馬車の中でバルがミリに尋ねる。
「コーカデス家の人間はどうだった?」
「リート殿とセリ殿ですか?」
「ああ。過去の経緯があるからね。嫌な気分になる様な事はなかったかい?」
バルにそう訊かれ、レントの事をミリは思い出した。まさに嫌な気分だ。悔しさも蘇って来て、ミリの頬が少し熱くなる。
しかし、訊かれているのはレントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスの事だ。
「いいえ。嫌な事はありませんでした」
「・・・そうか。それなら良いけれど」
「はい」
ミリは二人に謝罪された事を口にしても良いのか、一瞬躊躇する。しかしバルに伝えておかなければ、後で家と家との間のトラブルの原因になるかも知れない。
「それの、過去の経緯に根差していそうな事に付いて、二人からは謝罪を受けました」
「謝罪?どの様にだい?」
「陰ではお母様を悪魔、私を悪魔の子と呼んでいた事と、私を侮っていたとの事と、私がコーカデス卿を誑かすのではないかと考えていた事などが間違いであったので謝罪すると言われました」
「・・・そうか」
謝罪との言葉に反射的に、ラーラ誘拐の件がバルの脳裏に浮かんだ。しかし直ぐに、それをミリにだけ謝罪して、コーカデス子爵家からコードナ侯爵家には連絡が来なかったのはおかしいと考えていた。
それなのでミリの説明には納得したけれど、リートとセリの謝罪にバルが不満を感じない訳ではない。
「どの様な流れで謝罪を受けたんだい?」
「流れ、ですか・・・コーカデス卿と私で口論の様になってなのですけれど、その辺りの話の内容は他言しない事を約束しましたので、流れの説明は難しいです」
「口論なんて、ミリは大丈夫だったのかい?」
「はい」
ミリはかなりの心理的ダメージを受けたけれど、それをバルに伝えたらコーカデス領の開発への協力を禁止されかねないと考えて、大丈夫だったと言う事にした。
「そうか。それで?リート殿とセリ殿からの謝罪をミリは受け入れたのかい?」
「はい」
「心からの謝罪だった?」
ミリがコーカデス領の開発を手助けするから、言葉だけの謝罪を口にする。その可能性が高いとバルは感じていた。
「はい。コーカデス領の開発が成功してから謝るのでは格好が付かないとリート殿は言っていましたけれど、会話を進めて行くうちに、会ったばかりの時より少しずつ私に対しての二人の接し方が変わって来ていましたし、私に対する評価が変わって来ていたのも感じていましたので、本心から謝罪をしたのだと思いました」
「そうか」
「はい。私が謝罪を受け入れた事で更に、私への接し方も扱いも変わりましたので、今後も更に態度を軟化させて来る様に思えます」
「そうか」
「はい」
リートとセリに最後に会ったのはいつでどこでだったのか、バルは覚えていない。二人に対するバルの印象では、バルは二人に嫌われていた。その二人が、血が繋がらないとは言えバルの娘であるミリに謝罪したと言う話は、バルには現実感がない。
しかしミリの言葉を聞く限り、ミリの言う通りの様に思える。それにリートとセリの孫であるレントには、バルは悪い印象を持ってはいなかった。バルが思うリートとセリの孫ならば、多少なりともバルやラーラに忌避感を示す筈だけれど、バルはレントからはその様なものを感じた事がない。
もしかしたらリートもセリも、あの頃の二人とは変わっているのかも知れないと、バルは考えた。
「そうだ。お父様?御相談があるのですが?」
「なんだい?言ってご覧?」
「コーカデス卿が王都に滞在する時に、我が家に泊めて上げられないでしょうか?」
「・・・え?」
「駄目でしょうか?」
「それ、ミリ?」
「はい」
「レント殿に頼まれたのかい?」
「いいえ。先程思い付いたのですけれど、コードナ邸に泊まって貰えれば、相談もし易いと考えましたので、いかがでしょうか?」
「いや、駄目だよ」
「宿泊費はミリ商会が出しますし」
「いや、そう言う問題ではなくてね?」
「泊まるのは私の部屋でも」
「駄目に決まっているだろう!!」
バルは驚いて大声を出し、その声でミリも驚いたけれど、バル自身も自分の声の大きさに驚いた。馬車の外では御者も馬も少し驚いている。
バルは大きく一つ呼吸をした。
「いや、駄目に決まっているだろう?」
いつも通りの声の大きさで、バルは同じ事を言い直す。それにミリは小首を傾げた。
「私はコーハナル侯爵邸に泊めて頂きますので、私の部屋は使って貰っても大丈夫ですけれど?」
「いや、泊めるのなら客室を用意するけれど、招待して二三日泊めるのならともかく、他家の人間を長期に渡って泊めるのなど、貴族の邸ではしてはならないのだよ」
「私はコーハナル侯爵邸に、かなり長く泊めて頂いていますけれど?」
「いやいや、コーハナル侯爵家はお母様の養家じゃないか?血の繋がりがあるのと同じだから、扱いが別だよ」
「パノ姉様は我が家で暮らしていらっしゃいましたけれど?」
「いや、まあ、パノはそうだけれど、そう!パノはお母様の付き人として雇っているのだから、また話が別だろう?パノには我が家から給金も支払っているし」
「でも、このまま宿に泊まり続けてもらうのも」
「コーカデス家の王都邸は?再建しないのかい?」
「コーカデス邸の敷地には、石材置き場や建築サンプルを建てる場所に使う予定なのです」
「そうか。どちらにしても、ミリとレント殿は交際練習を始めるのだろう?」
ミリの頭の中で交際練習から呼び捨て勝負が蘇り、また頬が少し熱を持つ。
「その状況でレント殿を我が家に泊め続けたりしたら、良くない噂が立ってしまうよ。ミリはコーハナル侯爵邸に泊まっているとしてもね?」
「そう、ですね」
立つ噂の内容がミリにも想像でき、それはバルやラーラの評判も落とす事になる事もミリには理解できた。
その、少し元気を失くした様に見えるミリの姿に、バルは我慢が出来なかった。自分がそうさせたと言うのもあるけれど、レントの事でミリが気を落とす事がバルには気に入らない。それにはミリの頬に赤みが差していた事も理由に加わっていた。
「・・・分かったよ」
バルの言葉にミリが顔を上げてバルを見た。
「我が家に泊める事は無理だけれど、コードナ侯爵邸に泊められないか、お祖父様とお祖母様に相談してみよう」
「え?良いのですか?お父様?」
ミリが喜ぶ様子に、バルの心は痛む。
「相談してみるだけだからね?二人が駄目だと言ったら諦めるのだよ?」
「はい。分かりました、お父様。ありがとうございます」
そう言って頭を下げるミリを見て、自分の両親にミリの望みを断らせる悪役を押し付けた様に感じて、バルは罪悪感を覚えた。
しかしバルの両親、ガダ・コードナとリルデ・コードナの侯爵夫妻は、コードナ侯爵邸の離れをレントに貸す事をミリに許した。
ガダとリルデも悪役にはなりたくなかったし、そもそも二人ともミリには甘く、ミリに頼られて嬉しかったのだ。




