疲れて吐く息
レントの叔母リリ・コーカデスがレントとミリの交際練習に賛成をしたのは、反対が出来なかったからだ。
レントからミリへのプロポーズに反対する事は、リリの中の貴族の常識的には正しい事だった。コーカデス家から和解を求めたとはいえ一度は敵対した家の令嬢であり、出自に問題のあるミリに対して、当主となったレントがプロポーズをするなど、他家からは異常な事に見えるとリリは思っている。コーカデス領は形振り構っていられない程の窮地にあると、公言しているのと一緒だ。
しかしレントが望むコーカデス領の再興には、ミリの助力が是非欲しい事はリリにも分かっている。そしてレントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスがそのプロポーズに賛成したのも、ミリの助力を欲したからに違いないとリリは考えていた。それ以外に理由は考えられない。
リートもセリもプロポーズに賛成しているのに、自分だけが反対したら、反対する理由を勘繰られるとリリは思っていた。貴族の常識的には反対する事が正しいのにだ。
勘繰られて、在りもしない理由を思い付かれて、根拠のない憐れみの視線を向けられたりしたら堪らない、と考えたので、リリもプロポーズに賛成したのだ。それはリートとセリが賛成してしまっているのなら、リリが反対をしていたら二人に責められると思ったのもある。実際にセリからの手紙では、リリがプロポーズに賛成しない事を責められてもいた。
そしてプロポーズにさえ賛成したのなら、リートもセリも交際練習には賛成したのだろうとリリは無意識に判断していた。なにせリートもセリも以前に、リリに対して交際練習を勧めていたのだ。レントの言う通り、コーカデス領の為にミリに時間を使って貰うには、ミリに他の男性と交際練習をして貰っては困る。
そして交際練習に付いてもまた、リリだけが反対していたら勘繰られると考えて、リリは賛成をしたのだ。自分も賛成しなければ、と思って。
その様な事情をリートとセリに話す訳にはいかなかった。
ひとに話せばどう聞いても、リリがプロポーズも交際練習もとても意識している様に聞こえる筈だ。
両親からは家の事情もあって婚期を逃した娘と思われている筈で、稀に向けられる憐憫を含んだ視線をまた感じるのは避けたい。プロポーズと交際練習に賛成した理由を聞けば、憐憫を強めるか視線の回数が増えるかするに違いない。リリにはそう思えて仕方がなかった。
「リリ?」
「大丈夫?」
疲れを見せるリリに、リートとセリが心配そうに声を掛ける。
このまま答えを言い淀んでいたら、それはそれで勘繰られてしまいそうだ。
「わたくしはプロポーズには反対でしたけれど、それはわたくしに取っては単に、当主様がミリ様にプロポーズをしないと言う事でしたので、プロポーズには賛成だけれどプロポーズをさせないと言う認識が、お父様とお母様とは違っていた様です」
取り敢えずリリは、それらしい言葉を口に出来た為、少しホッとした。
しかしリートもセリも、不安そうな表情を変えない。
「それはつまり、リリはレントがミリ様にプロポーズをする事にも賛成だと言う事か?」
「え?」
「そうなの?リリ?」
「違いますので。わたくしも当主様がミリ様にプロポーズをする事は反対ですから」
「そうなのか」
「それなら良いけれど」
「だが、レントにはコーカデス家に犯罪者の血を入れるなと言ったそうだな?」
「え?」
リリは目を見開いた。セリはリートの言葉に肯く。
「それはそうでしょう?ねえ?リリ?」
「当主様がそう仰っていたのですか?」
「ああ」
「違うの?リリ?」
「あ、いえ。確かに当主様にはそう伝えましたけれど」
「だからプロポーズに反対だったし、プロポーズしない事をレントに約束させたのよね?」
「はい。まあ」
確かにその通りなのだけれど、こうやって念を押されるとリリは少し不安になって来る。
「しかしだ。犯罪者の血を入れる事は認められないのは確かだが、それをレントに約束させるのはやりすぎなのではないか?」
「え?」
やり過ぎと言われてリリの眉間が狭まる。セリも眉間に皺を寄せてリートに反論した。
「やり過ぎってなぜ?リートも認められないのでしょう?」
「単にミリ様との婚姻をしない約束をすれば良かったではないか」
「ミリ様以外なら、犯罪者でも良いって事?」
「その様な訳がないだろう?」
「ではなによ?」
「コーカデス家に犯罪者の血を入れないなど、さすがにミリ様に聞かせる話ではないではないか」
「え?ミリ様に?」
リリは目を大きく見開く。
「そうだけど、でもリート?ミリ様も御自分の出自は理解なさっているし、話題に出す事を躊躇しなくて良いって仰っていたじゃない?」
「そうだが、わざわざミリ様の前で言わなくても、単に結婚には反対だからプロポーズさせられない、と言うだけで良かったではないか」
「そうだけれど、それを言ってしまったのはレントだし」
「その通りだし、悪いとしたらレントが悪いのだけれど、リリがレントに約束させるのに、ミリ様の犯罪者の血まで持ち出さなければ、ミリ様にわざわざ嫌な思いをさせる事もなかったではないか」
「あの、お父様?お母様?」
「うん?」
「どうしたの?」
「大丈夫か?」
「え?どうしたの?顔色が悪いわよ?」
リリが顔色を失くしている事に、リートもセリも驚いた。
「わたくしが当主様からミリ様へのプロポーズに反対する理由として、ミリ様が犯罪者の血を引いているからわたくしが反対しているのだと言う話が、ミリ様の前で出たのですか?」
「ええ。ミリ様にはレントの子を産ませないのでしょう?」
「適当な女性と結婚して跡継ぎは産ませると言っていたな」
「当主様がですか?」
「ああ」
「ミリ様の前で?」
「と言うより、ミリ様に向かってだけれど」
「ミリ様に向かって?」
「ええ。レントはミリ様に好意を持っていると伝えながら、犯罪者の血をコーカデス家に入れる事をリリに禁じられているからって」
「・・・そんな」
「え?違うの?」
「その様な事は言ってないのか?」
「・・・いえ・・・」
リリがレントにそう言ったのは本当だけれど、まさかそれをリリが言ったとミリに言われているとは思わなかった。
「もしかしてリリ?プロポーズに賛成したと言うのって、ミリ様の子にコーカデス家を嗣がせる事にしたって言う事?」
「なに?そうなのか?」
「あ、いえ。そうではありませんが」
「そうよね」
「そうか。良かった」
「レントのプロポーズに賛成したけれど、ミリ様にプロポーズはさせない約束をしている事が、ミリ様には知られちゃったのよ」
「え?」
リリの眉間がまた狭まる。
「そうなの。それなのでレントが、私達を説得してミリ様にプロポーズする許可を得る様な事を言い出してたのだけれど、もうリリは賛成してしまったのかと思ったわ」
「そうだな。ミリ様が貴族の血を引かないだけなら考えなくもないが」
「え?リート?本気なの?」
「貴族の令嬢としても、領政を仕切る者としても、ミリ様は素晴らしいと私は思ったぞ」
「それは、そうだけれど」
「しかしミリ様個人は素晴らしいが、だからと言って、その血を受け入れる訳にはいかんだろう?」
「そうなのよね」
リートとセリがお互いに肯き合っている横で、リリは別の事に意識を取られていた。
王都に戻るミリの様子がリリの脳裏に浮かぶ。そのミリは目を赤くしていた。
もしかしたらミリ様は、レントに恋情を抱いていたの?それなのでわたくし達がプロポーズに賛成する事を条件にしたの?そしてやはり結婚する事が叶わないから、涙で目を赤くしてしまっていたの?
リリはそれ以前のミリのレントへの態度を思い出して、その様な訳はないと心の中で否定する。何しろまだ子供のミリが、恋愛感情を持つ事さえリリには想像出来なかった。
けれどリリはハッとする。ミリは子供は子供だけれど、大人顔負けの思考をするのだ。大人びているミリならば、子供らしくないレントに心を惹かれるかも知れない。
そのミリに、ミリ自身ではどうしようもない出自を盾にして、自分が恋を諦めさせたのかも知れない。自分がレントと交わした約束が、ミリを泣かせてしまったのかも知れない。
その様な考えに至ったリリは、今度ミリに会った時に、いったいどの様な態度を取れば良いのか、全く思い付かなかった。
リリは強い疲労感から、目を閉じて、椅子の背凭れに頭まで預けて、そして深く長く息を吐いた。




