石材事業の問題点
「ただしこの案には、いくつかの問題点があります」
ミリの言葉にレントは肯き、レントの祖父リート・コーカデスも小さく肯き、レントの祖母セリ・コーカデスは小首を傾げる。
「どの様な問題なのですか?」
「まずは受注予測と在庫管理ですね」
ミリの言葉にレントとリートはまた肯いた。しかしセリもまた、反対向きに小首を傾げる。
「それはどの様な商品でも同じなのではありませんか?」
「ええ。セリ殿の仰る通りですが、欲しいと思われた時に直ぐに提供出来なければ、それは悪い評価に繋がります」
「それも他の商品でも同じですよね?」
ミリは「ええ」とセリに肯いた。
「確かにそうなのですが、貴族から邸の建築を依頼されていたら、建材がないからと言って工期を延ばす訳にはいきません」
「それはもちろんその通りでしょう」
「ええ。買う事を諦められる類いの商品とは違って、高値を提示して他に渡す分を横取りしようとする事もあり得ますし、中には盗み出して売ろうとか使おうとかする者も現れるでしょう。在庫不足からその様なトラブルが発生すれば、聴取を取られたり資材置き場の調査をされたりなど余計な時間が取られるでしょうから、更に商品の納入が遅れる原因にもなりかねせん」
「そうなのですね」
「ええ。だからと言って必要以上に在庫を用意するとすると、その為の余分な配送費用や人を余計に抱える事での人件費の高騰などが起こります。配送にしろ人にしろ、需要が多くなれば単価自体も値上がりしますので、そうなれば利益を圧迫する事にもなりますし」
「そう言う事ですか」
「はい。そのリスクを減らせる方法もありますが、そうするとそれはそれで、領地の利益が下がります」
「それはどの様な方法なのですか?」
「事業を丸ごと誰かに任せる事です」
「丸ごとですか?」
「ええ。例えば今の話でしたら、コーカデス領には損失を出さない様に、ミリ商会が事業のすべてを請け負う事も出来ます」
「え?そうしてしまうと確かに損失は出ないのかも知れませんが、コーカデス領に取っては利益も出ないのではありませんか?」
「コーカデス領の利益は、石切り場の利用料と増えた領民が納める税金ですね」
「事業の利益はなくても、それは手に入るのですね」
「はい。後はミリ商会の本拠地をコーカデス領に移せば、ミリ商会からも税金が入ります」
「え?移して頂けるのですか?」
「ええ。それは石材の件がなくても考えていました」
「そんな、よろしいのですか?」
「ミリ商会にもメリットはあります。王都より子爵領の方が、事業税が安い筈ですから」
「そうなのですか?」
「はい」
肯くミリからセリが視線をレントに移すと、レントもセリに肯いて返した。
「もちろん、石材の件を他の商会に頼んでも構いません」
「え?」
ミリの言葉にセリは眉を少し上げてミリを振り向く。リートは眉間に皺を寄せたが、レントは小さく肯いた。
「ミリ様のアイデアなのに、よそに頼んでもよろしいのですか?」
「ええ。ミリ商会は他でも利益は出せますので。もちろんミリ商会を選んで頂ければ、わたくしは嬉しいです。しかしミリ商会に頼めば、配送は結局ソウサ商会に頼む事になります。当然、ソウサ商会の利益にもなります」
「それはつまり、ソウサ商会が儲ける事になるけれど良いのか、と言う事を仰っているのですね?」
「ええ。それとコーカデス領の事業を通してソウサ商会が利益を上げたとしても、ソウサ商会はコーカデス領への再進出はしないでしょう」
「それは分かります。ソウサ商会とコーカデス領に、過去の経緯があるからですね」
「いいえ。広域事業者特別税の件が理由ではありません。単に再進出はコストが掛かるので、ソウサ商会に取っては利益にはならないからです」
「コストですか?ですけれど、以前はコーカデス領でもソウサ商会は行商をしていたのですよね?」
「はい。ですが、御存知かも知れませんが、ソウサ商会はコーカデス領から撤退してから隣接地に倉庫を建てました。そちらでコーカデス領から買いに来た商人達を相手に、問屋業を始めています。こちらの方がコーカデス領で行商をするよりも利益が出ていますので」
「え?そうなのですか?」
「はい。それと、倉庫に買いに来てくれている商人達と競合する事は避けるでしょう。今のソウサ商会に取っては、その商人達がお客様ですから」
「そうなのですね」
「ええ」
「ミリ商会はコーカデス領内での行商はなさらないのですか?」
「行いませんし、もし行ったとしても、ミリ商会もやはりソウサ商会の倉庫から買っての行商となりますから、コーカデス領の人々に取っては今と変わらない事になります」
「そうなのですか」
「はい」
ミリの話に納得が出来たセリは、石材事業の提携先はレントが決めればどこでも良いと思った。もちろんミリ商会でも良い。
同じく話を聞いてなるほどと思ったリートは、石材だけならミリ商会に頼んだ方が良いだろうけれど、他の案件もあるのなら、どれに一番ミリに力を入れて貰うかだろう、と考えていた。
そしてレントは石材の件に限らず、頼めるものはすべてミリ商会に頼むつもりでいる。そしてどの事業にもコーカデス領も出資するなり何なりして、税金だけではなくて事業自体でも利益を得る事をレントは狙っていた。




