待ち行列と二人体制
ミリの気持ちが引いた事を感じたけれど、レントはそのまま話を続けた。
「コーカデスが伯爵から子爵に降爵した時に、国王陛下は前当主に対して、爵位の返上を勧めたそうです」
「なんだと?!」
「本当なの?!」
驚いて大きな声を上げるレントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスに向けて「はい」と肯くと、レントは視線をミリに戻す。
「我が家には後がありません。わたくしが失敗すれば、爵位の返上は強く求められるでしょう」
この国ではこれまでに、謀反を企んだとして爵位を一度に幾つも落とされたり、爵位を取り上げられた家はあるが、コーカデス家ほど短期間に、爵位をまた落とした例などなかった。
もしレントが何らかの失敗をしたのなら、爵位を取り上げられても不思議はない。
ミリはレントに小さく肯いて返した。
「それは考えられますけれど、コーカデス卿なら失敗などしないのではありませんか?」
レントは首を左右に小さく振って、ミリに「いいえ」と返す。
「今までと同じ事を続けていたら、領地は徐々に寂れます。わたくしは何らかの手を打たなければなりません」
それはそうだし、そしてレントが何の手も打たないとはミリも思ってはいなかった。
「それは分かりますけれど、だからと言ってわたくしに全権を渡すなど、それはもうギャンブルと一緒です」
目を少し細めてそう言うミリに、レントは「ええ」と肯いて返す。
「ギャンブルだろうと何だろうと構いません。わたくしはコーカデスを侯爵領に戻したいと思っているのです」
ミリはリートとセリの様子を視界の端で窺った。コーカデスを侯爵から伯爵に降爵させたのはリートだった。コーカデスを侯爵領に戻すと言う事は、そのリートへの非難を滲ませる様にミリには感じられる。
しかしリートとセリの表情には降爵に言及する事に対する忌避感はなく、レントが侯爵に戻す事への希望だけが見える様にミリには思えた。
「コーカデス卿がそう望むのは分かります」
降爵の原因の一つには、ラーラとのトラブルを起因とする広域事業者特別税をソウサ商会に課した事が上げられる。ソウサ商会がコーカデス領から撤退したから、コーカデス領の財政が悪化したのだ。
そのラーラの娘でソウサ商会と縁も深いミリは、どこまで発言をして良いものか躊躇った所為で、発言の歯切れが悪くなった。
そのミリの発言にレントは会釈をする。
「御理解頂きありがとうございます。ですがわたくし一人なのでしたら、わたくしの代では筋道を立てるのがやっとの事になるでしょう。しかしもしミリ様に全力を出して頂けるのなら、わたくしの代で侯爵に戻る事も可能なのです」
レントの言葉にリートとセリの表情が、希望から不安に変わった様にミリには受け取れた。
「いや、レント」
「そんなの、どうなるかなど分からないではないの?」
「いいえ、お祖父様、お祖母様。手続きなどを一人で受け付けると列が出来て、申請者が並ぶ事があるではありませんか」
「え?それが何?」
「列が出来るのは当たり前ではないか」
レントが急に話題を変えるので、セリもリートも受付に人が並ぶところを思い浮かべるだけで、そこから話がどう進むのかは思い浮かばない。
「申請者が並ぶと言う事は、仕事が滞っていると言う事ですよね?」
「いや、まあ、そうだが」
「それが何なの?」
「ですが受付を二人にするとどうなるか、御存知ですか?」
「列の長さが半分になるわよね?」
「人件費は二倍だな」
「あ、そうよね」
「確かに人件費などの固定費は二倍になりますけれど、列はなくなるのです」
「え?列がなくなるの?」
「申請者が並ばないと言う事か?」
「はい。申請者が二人来たとして、三人目が来るまでに前の二人目が終わらないから列が出来るのです。三人目が来た時に二人目が終わっていれば、三人目は並ばずに申請を受け付けて貰えるではありませんか」
「そうなのかしら?」
「それは分かる気がするが、それはつまり、領政の対応速度を上げる為に、レントとミリ様の二人が受付をする様な事をイメージしているのだな?」
「そう言う事なの?」
「はい、お祖父様、お祖母様」
レントはリートとセリに強く肯いて見せた。
ミリが小首を傾げる。
「しかしそれでも、予算がボトルネックにはなりますね」
「ええ、ミリ様。正直なところ、投資家としてのミリ様からの開発投資も期待はしております。しかし、少ない予算を効率的に運用するにも、二人体制は有効だと考えているのです」
「確かに一人で同時に資金投入するよりは、二人でそれぞれ事に当たった方が良いとは思いますけれど、それでも結局はタイミングを逃す事があるとは思いますけれど?」
「ですがミリ様。例えば一人で取り零すのが一割だとしたら、二人揃って取り零すのは一分になるではありませんか?」
「一分って10パーセントの更に10パーセントで1パーセントと言う事ですか?」
「はい」
「その計算で良いのでしたでしょうか?」
「もちろんです。どちらにしても一割も例えなのですから構いません。それよりも、二人体制のメリットの方が大きいと考えます」
自信ありげにそう言うレントに、その雰囲気が胡散臭いとミリには感じられた。




