全権
「ミリ様は御自身の出自を言い訳にしていないと仰いましたが、自覚のあるなしに関わらず、ミリ様にコーカデス領の再興に本気を出して頂く為には、何も言い訳をせずに全力を尽くして頂く事を望みます」
レントの言葉にミリはムッとした。不快感を募らせるミリのその様子に、レントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスの眉尻と口角が下がる。
しかし、レントもミリの様子には気付いているけれど、言いたい事を言い続けた。
「ミリ様は先程、領地開発に全力を傾けると仰って下さいましたね?」
「・・・ええ。わたくしはその積もりですが、コーカデス卿はそれを信用出来ないのですね?」
「いいえ。わたくしは単に、ミリ様に本当に全力を尽くして頂きたいのです」
「ですから、全力で事に当たると言っているわたくしが、コーカデス卿は信用出来ないのですよね?」
「ミリ様が本当に御自身の出自を言い訳に使っている自覚がないのでしたら、ミリ様は無意識に力をセーブしていると言う事になります」
「ですから、言い訳などしていないと、言っているではありませんか」
「あるいは意識して力をセーブしているのでしたら、それはバル様の言葉を守る為ですよね?」
「・・・父の言葉とは、結婚させない事ですか?」
「はい。他にもあるのかも知れませんが、ミリ様が本気になればバル様も意見を変える筈です。わたくしでさえバル様にミリ様との交際練習の許可を頂けたのですから、ミリ様がバル様から結婚の許可を取れない筈がないではありませんか」
「わたくしには結婚が必要ありませんので、その様な許可を取る必要はないだけです」
「ですから必要かどうかではなく、御両親を見ていてミリ様が結婚に憧れない訳がなく、それを諦める為にミリ様の出自が使われていると言っているのです。大体ミリ様?バル様は何故ミリ様に、結婚するなと仰っているのですか?」
「・・・何故?」
「ええ。サニン殿下とミリ様との婚姻を望んでいないのだとしたら、バル様がミリ様に結婚するなと言っている理由は何ですか?」
ミリはハッとする。そのミリの様子を見て、レントもハッとした。
「もしかしてミリ様?今まで理由を考えた事がなかったのですか?」
確かにレントの指摘通りだったが、ミリは肯定したくなかった。
男親が娘を嫁に出さないと言いがちな事は、ミリも知っていた。そう言うものなのだと思って、ミリはその理由までは考えた事がなかった。
しかし通常はその事に理由など求めないので、レントはミリが本当に何も考えずにバルの言葉に従っているのかと受け取る。
「確かにラーラ様に取ってのバル様ほどの男性が、ミリ様の前に現れるかどうかは分かりません。少なくとも今のわたくしでは、バル様に太刀打ち出来ない事は分かります。わたくしの為にと言うのではミリ様に、コーカデス領の再興に全力を傾けてくれとは言えませんし、やがてはミリ様に好意を向けて頂きたいとは思いますが、それを待っていられる余裕がコーカデス領にもわたくしにもありません」
またレントの話の軸がずれて行くけれど、ミリには止め方が分からない。領地開発の話を進めたいが、領地開発にもレントが言及している。でもずれて行っている。
「それですのでわたくしはミリ様に、コーカデス領に関する全権をお渡しする事にします」
「おい!レント!」
「何ですって?レント?」
リートとセリが慌てた。
レントが思った事を何でもミリに言っても良いとリートは言い、セリもそれに同意していたが、領地に関して全権を与えるなどと言い出すとは考えてもいなかった。
「お祖父様とお祖母様には、後程納得して頂きますので、今はミリ様と話をさせて下さい」
「いや、しかしだな」
「そうよ。納得なんて出来る訳がないでしょう?」
「リート殿、セリ殿。心配はいりません」
「しかしミリ様」
「ですがミリ様」
「コーカデス卿が全権を本当にわたくしに与えるのでしたら、わたくしは全権を返す権利も持つ事になりますから、問題ありません。その場で全権を返却しますので、大丈夫です」
ミリのリートとセリへの言葉に、レントが小さく肯いた。
「そう仰ると思いましたけれどミリ様?そうやって全権を返却する理由は何ですか?」
「理由?どう言う意味ですか?」
「何故、全権を返そうとなさるのですか?」
「それは、だって、その様なものをわたくしに与えるなんて、おかしいではありませんか?」
「おかしいと言うのは、ミリ様が貴族の血を引かないからですか?」
「は?違いますよ」
「ミリ様が犯罪者の血を引くからですか?」
「そうではありません」
「いずれ平民になるからですか?」
「それは、多少それはありますけれど」
「ですがミリ様?ミリ様が全力を傾けるのでしたら、全権を持っていた方が何もかも効率的ではありませんか?」
「そう言う問題ではないではありませんか」
「ですがミリ様。コーカデス領の再興をもっとも早く確実に進める為には、ミリ様が全権を持っている必要があります」
「確かにそれは分かりますが、ハイリターンの為にとてつもないハイリスクを背負う事になるではありませんか」
「わたくしはミリ様に妻になって欲しいと思っています」
「いや、また、何を」
「恋愛などは今のわたくしには分かりませんが、わたくしはミリ様には好意を持っていますし、領主夫人となって下さったミリ様でしたら、コーカデス領の事を本気で全力で再興して頂けると思うからです。そしてミリ様を他の誰かに取られたくありません」
「取られるなんて、わたくしは結婚しないと言っているではありませんか」
「結婚しなくても、取られるかも知れません」
「・・・それは、わたくしの人格を無視して、と言う事ですか?」
「それもあるかも知れませんが、そうではなくて何が理由でも、ミリ様が取られたりしたらと考えると、わたくしは怖くてならないのです」
そんな事は知らない、とミリは思う。




