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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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パノの疑いとラーラの信じる

 バルとラーラの新居となったコードナ侯爵邸の離れに、初めての来客となったのはパノ・コーハナルだった。


 調えられたばかりの応接室で、ラーラとバルがパノを迎える。


「ようこそ、パノ様」

「忙しいところお邪魔して申し訳ありません、ラーラ義叔母様(おばさま)


 パノはラーラを目上扱いして会釈した。顔を上げると「バルもごめん」とバルには砕けた口調で話し掛ける。


「パノ様、私にもプライベートでは砕けた口調をお願いできますか?」

「もちろん良いけれど。でもそれなら様付けは()めて欲しいわね」

(おおやけ)の場では付けません」

「なるほど。言いたい事は分かるけれど、やっぱり止めて。公私で上下が逆になるのはおかしいもの。プライベートがフラットな関係なら受け入れるけれど、どうする?」

「分かりました」

「それならプライベートはお互いに敬称なしで」

「さん付けは良いわよね?」

「ダメよ。敬称なしって言ってるでしょう?ほら、パノって呼んでみて」

「パノさんから先にラーラって呼び捨てて下さいよ」

「はあ、これだから。良い?親しくなりたかったら立場が上の者から近寄る必要があるの。分かった?」

「下からだと馴れ馴れしいとか言われるのね?」

「その通り。分かっているなら実践よ。パノって呼び捨てて頂かないと、わたくしからはラーラ義叔母様に近付けませんわ」

「分かりました。それでは、せ~の、パノ」

「そのかけ声はなんなのラーラ?」

「踏ん切り?」

「ふふ。面白い人ね」


 パノは本当に面白いと言う様に笑って見せた。

 そしてバルに視線を向ける。


「どう?バル?これなら奥様と私を二人きりにしても大丈夫でしょう?」

「そうだな」

「なら、女同士の話があるから、バルは出て行って」

「ここの主に酷い言い様だな」

「パノ、バルも一緒にいちゃダメ?」

「私は良いけれど、話の進み方によっては、バルに聞かせたくない事を訊くかもよ?」

「ううん。バルには全部話す事にしたから、構わないわ。ねえバル?傍に居てくれる?聞きたく無くなったら出て行って良いから」

「いや、大丈夫だよ。最後まで一緒にいるから、安心して」

「あ、違う違う」


 ラーラは手を左右に振る。


「パノは怖くないから大丈夫。二人きりにもなれるから」

「本当に?」

「だってパノ、私より背は高いけれど、力は私の方がありそうだもの」

「え?私の事、そう言う基準で見てるの?ラーラは細いし、私の方が力はあるかもよ?」

「確かに誘拐で体重は落ちたけど、筋肉は落ちてないから」


 パノは驚いた。ラーラが特に気負わずに誘拐の言葉を口に出したからだ。訊けば筋肉が落ちてない根拠も答えそうだ。


「バルごめん。やっぱり一緒に聞いて」


 パノはラーラと二人きりは、自分が耐えられなくなる予感がした。

 パノの言葉を聞いて、ラーラは笑う。


「貴族の令嬢は荷物の積み卸しなんてしないでしょう?乗馬する人も居ないって聞いたし。だからパノより私の方が力があると思っただけで、パノを組み伏せたりなんて考えてはないわよ?」

「そんな事思ってなかったけれど、言われたらそれも怖くなったわ」


 そのパノの言葉にもう一度ラーラは笑った。



 給仕がお茶を淹れて退席すると、室内は三人だけになった。

 ラーラの護衛にはガロンが付いていたが、キロやミリの話ならガロンがいるとパノが話しにくいかと考えて、ガロンも下がらせる。


 三人きりになって直ぐに、パノは本題に入る。


「忙しいと思うから、前置きはしないわ。ラーラ」

「なに?パノ?」

「私の事を疑っていないの?」

「手紙の事?」

「ええ。と言うか誘拐に関与しているかいないか」

「ええ。疑ってはいないわよ」

「それって、私からの手紙ではないって分かっていて、喚び出しに応じたって事?」

「パノからの手紙だと思っていたわ」

「そう?文面を読んだけれど、要件も書かれていなくて、あんな怪しい手紙の喚び出しに何故応じたの?」

「上位貴族のご令嬢のお誘いだもの」

「それにしたって」

「私もパノに相談したい事があったから」

「私に?面識はなかったわよね?」

「ええ」

「面識さえないのに喚び出しに応じるのもどうかと思うけれど」

「パノ!」

「え?あ!ごめんなさい!そう言う積もりじゃないの!」

「ううん、その通りだから。誘拐されたのは私が軽率だったからで、私に関しては自業自得なの。だからバルもパノを怒らないで」

「ラーラ」

「パノは事実を指摘しただけよ」

「いいえ、私こそ軽率だったわ。ラーラ、謝らせて。ごめんなさい」

「ええ。それなら謝罪は受け入れるわね」

「ありがとう」


 パノはそう言ったものの、どう話を進めれば良いか、分からなくなっていた。

 その様子を汲み取ったラーラが助けを出す。


「喚び出しに応じた理由はちゃんとあるの」

「それは、私が聞いても良いの?」

「ええ。私はその頃からバルが好きだったの」

「ラーラ」

「バル」


 見詰め合うバルとラーラが二人だけの世界に行ってしまい、現実世界に取り残されたパノは、先を促したいけれどさすがに促せなかった。

 大人しくラーラが戻って来るのを待つ。


 ハッとラーラが気付いて、パノに照れた顔を向ける。バルはラーラのその照れ顔を(いと)おしそうに見詰めている。


 新婚の二人が忙しいだろうから早く話を済ませて帰ろうと思っていたパノは、自分の為にも早く帰ろうと思った。見てられるか。



「それでもしかしたらパノが、ご友人と一緒に来るかと思って」

「友人ってリリ・コーカデス?」

「ええ。綺麗な(かた)だって聞いていたから、バルの想い人を目の前にすれば、バルへの気持ちを諦められるかも知れないって考えて」

「ラーラ」

「バル」

「でも」


 ふたりの世界が開く前に、パノは言葉を挟んだ。ラーラがパノに視線を向ける。成功だ。


「好きなのに諦める積もりだったの?」

「ええ。だって普通に考えたらダメでしょう?コードナ侯爵家にもソウサ家にもメリットはないし、バルには想い人がいるし。何より私はバルと友人で良いから、ずっと関係を持ち続けたかったから。バルを好きだって言う気持ちは消せないかも知れないけれど、将来とか考えるとちょっと苦しくて、諦めたかったの」

「ラーラ」

「リリに会えば諦められたの?」


 バルの声に気を取られたラーラが、パノの質問に意識を向ける。

 二人の世界は二人きりの時にして欲しい、とパノは願った。


「その可能性があると思ったから、それに(すが)ったの。それとパノからも何らかの話があると思っていたし」

「何らかの話って?確かに喚び出して置いて話が無い訳は無いけれど、何の話か想定していたの?」

「パノはバルの幼馴染みだって聞いていたから、バルの心配して私に釘を刺すとか、バルの想い人の(かた)もバルを満更ではないと思っているって話も知っていたから、私に警告するとか、交際練習を()める様に命じるとか」

「そんなの、私が命令してもバルが納得しなければ、どうにもならないじゃない」

「ええ。だからその辺りの情報を摺り合わせて、私がバルを諦める為に相談出来ないかなって思って」

「もしかしたら、私やリリを利用しようとしてたの?」

「誤解を恐れずに言うと、そうね」

「誤解じゃないじゃない。呆れたわ。いえ、私はラーラを見くびっていたのね」

「もし私がお願いしていたら、私がバルを諦められる様にパノは協力してくれた?」

「きっとしたわ。ラーラとバルの交際練習は確かに不愉快に感じていたけれど、止めさせる気なんて私には全然無かった。けれどラーラに手玉に取られて、言われる通り利用されていたと思う」

「なにか、私の事を誤解していない?」

「ラーラの事を少し理解したって話よ」


 ラーラが「そう?」と小首を傾げる様子を見て、パノは溜め息を吐いた。天然か計算か分からないけれど、結果として自分は良い様に利用されただろう。


「そうすると手紙は私からだと信じていたって事になるけれど、それなら私が誘拐犯じゃないって判断したのはどこでなの?」

「どこで?でもパノは誘拐犯とは関係ないわよね?」

「もちろんそうよ。でも証拠か何かあったとは聞いてないし、何故私が誘拐犯と無関係だって思うのか、その根拠を教えて」

「根拠なんて、だって誘拐犯じゃないんでしょう?」

「だからもちろん誘拐犯では無いけれど、ラーラは理屈で納得するタイプじゃないの?何の理由もなく私を信じるって言うの?」

「・・・そうね」


 そう言うとラーラは首を傾げた。そして隣に座るバルの顔を見上げる。


「私はバルが好きだけれど、私がバルを好きだと言う事をバルが信じてくれているって信じてる」

「俺もラーラが好きだよ」

「バル」

「愛しているよ、ラーラ」

「愛してるわ、バル」


 パノが油断した訳ではないけれど、突然二人の世界が開いた。

 でもラーラがそれほど待たせずに、パノとの会話に戻って来る。


「それと同じ様に、パノも私をあんな(おとしい)れ方をする人じゃないって、私は信じる。信じる理由にパノのメリットやリスクを並べる事は出来るけれど、そうではなくて、間近にパノを見て、表情や言動を見て、信じているの」

「そんな、そんなので良いの?」

「そんなのって言うけれど、人を信じるかどうかって、結局はそう言うものでしょう?私はそう思うけれど」

「表情も言動も演技で、ラーラを騙しているのかもよ?」

「そうする理由が分からないけれど。でもそれならそれでも構わないわ」

「それって、騙された自分が悪いって言うの?」

「厳密には違うかな?」

「厳密?どう違うの?」

「今の私はバルが私の味方で、バルが私を信じてくれてバルを信じられて、バルが私を裏切らなければ、他の事はどうでも良いの」

「言ってくれるわね。全然違うじゃない」


 パノに睨まれたラーラは「ごめんね」と微笑んだ。


「バル以外何もいらない。それが私の本音。そうね。バルと一緒にいる為には、パノを信じた方が良いから信じるって言うのは、パノが納得出来る理由になる?」


 パノは貴族令嬢にあるまじき大きな溜め息を吐いた。


「バル。絶対にラーラを幸せにしなければダメよ」

「それは良いの。私は幸せになってはいけないし、それは私の罰なの」

「え?なんで?どう言う事?」

「私は色々と罪を犯しているから、幸せにはなれないし、私が幸せになれないからバルも幸せになれない。バルと一生一緒にいて、私の所為で幸せになれないバルを見続けるのが私の罰なの」

「何を言っているのか分からないわ。わたしから見るとバルは充分幸せそうだけれど?ラーラもね」

「バルと一緒に居られるのも、バルを独り占め出来るのも、嬉しいのは本当よ?でもバルとは幸せを分かち合えないから、バルを幸せに出来ない私は幸せになれないし、バルも幸せになれないの」

「ごめん、ホント、何を言っているのか分からない。だから今は諦める。これから長い付き合いになるんだから、その中で少しずつ理解して行く事にするわ」

「そう?この考えって単純だけれど、分かって貰えないのって感覚的に拒否されるのかしら?」


 そう言ってラーラはバルに顔を向けて訊いた。

 また二人の世界が開くと時間が掛かるので、パノが声を掛ける。


「でもだからってバル。ラーラを幸せにする努力をしない訳じゃないのでしょう?」

「もちろん」

「もちろんって、どっちにもちろん?ラーラと結婚できて嬉しい、って所でお(しま)いなら、あなた達は本当にお終いだからね?不幸なのかも知れないけれど、だからってラーラが諦めているのを言い訳にして、何もしないなんてダメよ?」

「分かってる。愛しているラーラを幸せに出来るとしたら俺だけだ。俺の一生を賭けてラーラを幸せにする積もりだ」

「バル」

「ラーラ」

「死ぬ間際に幸せだったって言わせるのを狙って無いわよね?ちゃんと早い内から幸せにするのよ?」

「分かってるって」

「でもパノ。私は幸せにはなれないの」

「ラーラ。あなたは以前、今の状況を想像した事はあった?」

「・・・いいえ」

「誘拐されて、バルとの結婚なんて諦めていたのではない?」

「それは、もちろんよ」

「それならこの先の事だって、ラーラの考えは当たらないわ」

「え?そんな」

「コードナ侯爵家はバルとラーラの結婚を考えていたようだし、バルはその為に動いていた。自分よりバルを信じた方が良いんじゃない?」

「それは信じているけれど、でも」

「あなたが幸せを諦めるのもそれだけの事があったのだから分かるし、幸せになる為の努力をする事も後ろめたく感じるだろう事は私にも推測出来る。でもあなたの好きなバルがあなたの為に頑張るのは邪魔しないわよね?」

「邪魔はしないけれど」

「嬉しくない?」

「嬉しいけれど」

「そうよね」


 パノはゆっくりと肯いた。


「私、ラーラがお祖父様(じいさま)とお祖母様(ばあさま)の養女になって、身内となったラーラに貴族らしさを求める積もりだったけれど、その要求は優先順位を下げるわ」

「え?他の何かを要求されるの?」

「なるだけバルに甘えなさい。あなたの傷は癒えないのかも知れないけれど、バルに甘える事で、きっとそれ以上傷口は開かない」

「そう?」

「ええ。社交もするんでしょう?」

「出来る所から少しずつだけれど」

「当然よ。それで良いわ。それでも攻撃を受ける事がきっとある。相手は挨拶の積もりでも、ラーラに取っては攻撃になるかも知れない。でもバルに甘えれば新しい傷は癒えるわ」

「そうなの?」

「保証は出来ないわよ?あなた達の事、理解できているとは言えないから。でもきっとそうなる。そしてバルがラーラの為に頑張る事はラーラを守る盾にもなる。夫に(ないがし)ろにされている妻には攻撃が集中するけれど、夫や夫の家族に大切にされている人には、接する皆が気を使うからね。だから大切にされている事を恥ずかしがらずに喜んで、それを外部にちゃんとアピールする事。良い?」

「え~と、はい」

「バルもラーラがアピールし易いように、ちゃんとするのよ?」

「ああ。分かった」

「良し」


 パノは二人が肯く様子に満足をする。

 この二人に協力する事が、自分の贖罪になるとパノは思った。


 自分がラーラに信用されているかどうか。それについてはもうどうでも良いか、と言う気持ちにパノはなっていた。

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