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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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失敗しない根拠、理由、言い訳

「ミリ様?」


 レントの呼び掛けにミリは答えない。


「ミリ様」


 今度のレントの声に呆れた語調を感じて、ミリは眉根を寄せた。


「・・・何ですか?」

「ミリ様は失敗した事がないのではありませんか?」


 ミリの眉根は更に寄る。


「・・・その様な事などありません」

「やはりそうですか」

「やはり?」

「常に失敗しない様にミリ様は立ち回っているのですよね?」

「え?違いますよ。失敗した事は何度もあります。失敗した事がないなどと言う事などないと答えたのです」

「そうですか?それはどの様な失敗ですか?」

「干物作りも失敗したではありませんか」

「それはわたくし達が作った干物とニダの干物との間に、差異があった事を指していますか?」

「・・・ええ」

「確かにあの時はあれがわたくしの全力でした」

「私だってそうです。目一杯頑張りました」

「そうですよね?ですがあれは習い事と同じく、正解を提示されてそれに達しなかったと言うだけで、間違いの類いには含まれるかも知れませんが、失敗とは言えません。そうではなく、例えば王宮でミリ様が行った納税再調査に付いての説明では、失敗なさったりはしていませんよね?」

「・・・それが何か?」

「人に習ったり人を真似るのではなく、自分で目的やゴールを決めてそれを目指す場合には、ミリ様は失敗をなさった事はありませんよね?」

「自分で決めるのなら、失敗しないのは当然ではありませんか」

「それをわたくしは、ミリ様が全力を出していらっしゃらないと言っているのです」


 ミリはレントに呆れた。


「王宮の依頼を受けたあの様な席で、失敗したり出来る筈がないではありませんか」

「あの様な場で余力をもって事に当たるのは当然です」

「え?・・・コーカデス卿は、いったい何が言いたいのですか?」

「しかしミリ様は何事に対しても、常に安全策を取っているのではありませんか?」

「・・・そうだとしたら、どうだと言うのです?」

「そうする事の根拠、理由、あるいは言い訳に」

「言い訳?」

「はい。言い訳にミリ様?御自分の出自を使っているのではありませんか?」


 ミリは違うと言いたいけれど、言えばレントに反論されると思えば、口を開けなかった。

 レントの仕掛けて来た話には、結論など出ない事がミリには分かっていた。ミリが自分の事として言い訳などしていないと言っても、それをレントに対して証明はできない。レントも同じだ。ミリが出自を言い訳に使っている事など、レントが証明出来るとはミリには思えなかった。


 ミリが話の流れを変える言葉を探し出す前に、レントが話を飛ばす。


「わたくしはバル様とラーラ様を見て、お二人を素敵だと思いました」


 話を繋いで流れを変えようとしていたミリは、レントの言葉に驚いたしまた呆れた。

 ミリの見せた怪訝そうな表情に、レントは微笑む。


「ミリ様もそう思いますよね?わたくしには分かりますよ?」


 今のミリの心情に付いて言葉を飾らずに言えば、なに言ってんだコイツ?だった。


「お二人を素敵な夫婦だと思いませんか?思いますよね?」

「・・・ええ」

「そうですよね?ラーラ様は素敵な母君でもいらっしゃるし、バル様も素敵な父君でいらっしゃる。その上でお二人は素敵な夫婦だとわたくしは思っています」

「・・・だから何なのです?」

「そんな二人に育てられたミリ様が、お二人の姿に憧れない筈はないとわたくしは考えています。わたくしは憧れましたし」

「・・・それが何か?」

「お二人に憧れているミリ様が、結婚しない事に使っている言い訳は、御自分の出自ですよね?」


 なに言ってんだコイツ、とミリは口にしそうになる。


「お二人を見て育ったミリ様が、結婚を忌避するなどと言う事はあり得ません。もしミリ様が御自分が御自分の結婚など厭っていると思っていらっしゃるなら、それはミリ様が御自分を知らないだけです」


 ふざけた様な言葉を口にしながら、レントは真剣な表情でいた。


「ミリ様は本当はバル様とラーラ様の様な夫婦になりたいけれど、バル様が結婚させないと言っている事に御自分を納得させる為に、御自分の出自を持ち出して御自分に言い聞かせているのではありませんか?」

「なんで、そんな事」

「分かりますよ。ミリ様を見ていれば分かります。ミリ様?・・・ミリ様」


 ミリが答えないでいると、またレントが呆れた様にもう一度ミリに呼び掛ける。

 それに対してミリは「はい」とも「ええ」とも返したくなかった。


「・・・いいえ」


 レントが眉尻を下げる。


「わたくしはバル様はいずれ、ミリ様が結婚する事を許すと考えています」

「え?・・・それはあり得ません」

「あり得ます、と言うか、そうなります」

「そんな訳ないから。父はずっと私を結婚させないって言っていたのだから」

「世の中には娘は嫁にやらないと、その様な事を言う父親は多いのではありませんか?」

「それは、そうだと聞くけれど、でも父は本当に、私を嫁にやらないって言っているのよ?」

「それはわたくしも聞きました。そして聞いたからこそ、バル様は遠くない将来、ミリ様の結婚を許すと感じているのです」

「そんな訳」

「あります。ミリ様から見てバル様は、ラーラ様との結婚を後悔している様には見えていませんよね?」

「・・・それは・・・」


 言い淀むミリにレントは肯いた。


「わたくしはバル様もラーラ様もお幸せに見えます。それにはもちろんミリ様の存在も大きいでしょうけれど、それ以前に、お二人がお互いに向け合う気持ちに、満たされ合っている様に感じるからです」


 ミリも両親は愛し合っている様に見える。そして幸せそうだ。言い争っている時もなくはないけれど、それを見たパノの「あれはじゃれ合っている」との評価が、その通りだとミリも思っていた。

 そして、肯定も否定も口にしないミリの様子に対して、口にはしなくても肯定しているとレントは受け取る。


「ミリ様?ミリ様が御自身の出自を結婚しない事の言い訳に使い続けていたら、バル様が許可なさってから辛い思いをする事になりますよね?」

「そんな、そんなあり得ない事」

「あり得ますから、と言うかありますから。わたくしが一番可能性が高いと思うのは、ミリ様とサニン殿下の婚姻です」

「え?・・・なに言ってんの?」

「その密約があるからこそバル様がミリ様を結婚させないと公言しているのですし、ミリ様にこの国での最高レベルの淑女教育と施政教育、そして経済教育も授けられたと考えられるではありませんか」

「ありません。あり得ませんから」


 ミリは顔を伏せて目を瞑り、首を左右に振った。

 その様子を見ながらレントは真剣な表情のまま、小首を捻る。


「そうですか?そのあり得ないとミリ様が考える根拠は、ミリ様の出自なのではありませんか?」

「え?」


 ミリは顔を上げてレントを見る。


「ね?ミリ様の御自分への判断基準の根底には、常にミリ様御自身の出自が存在しているのです」


 レントはミリを見詰めたまま小さく数回肯きながら、自信ありげにそう言った。


「でも、出自と言うか、私は貴族の血が流れてもいないのだから」

「この国を作った祖王も、即位するまでは平民でしたよ?」

「いえ、それとこれとは」

「ほぼ一緒です」

「いえ、そんな」

「ですがサニン殿下とミリ様との婚姻の様な、その様な事はわたくしが阻みます。ミリ様?結婚するならわたくしとにしませんか?」


 ミリの気持ちは揺れ過ぎて、言葉がまったく脳裏に浮かんで来ない。

 しばらく待ってやっと思い付いた言葉が、そのまま口を吐いた。


「バカじゃない?」

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