切れる
レントの言葉に呆れたミリは、レントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスに体を向けた。
「先程も申しましたが、わたくしはいずれ平民となります。貴族の立場には拘っておりません。ですので貴族のまま生きる為に貴族との結婚を望む事もありませんし、領地開発の報酬にそれを求める事もありません」
「ミリ様」
呼び掛けるレントの声を無視して、ミリはリートとセリへの言葉を続ける。
「コーカデス卿がどの様な条件を付けても、わたくしがプロポーズを受ける事などはございませんし、結婚せずにコーカデス卿との子を生す事もあり得ません」
「いえ、結婚しないのは、ミリ様とではなく」
「コーカデス卿」
レントの言葉を遮って、ミリはレントに体を向け直した。
「はい、ミリ様」
「わたくしから条件を出させて下さい」
「それは・・・何に付いてでしょうか?」
「コーカデス領の開発に助力をするに当たってです。コーカデス卿はただ一人の方と結婚をして、その方と跡継ぎを儲けて下さい」
「え?」
「そしてプロポーズはその方にする様に。結婚せずに子を生すのも止めて下さい」
「いえ、何故ですか?」
「極めて不愉快だからです」
「え?ミリ様?」
「わたくしが他領に協力しない様にする為に、わたくしをコーカデス領に縛り付けようと、わたくしにプロポーズなさると言う事も不愉快ですし、母の誘拐事件の真相究明を報酬扱いされる事も不愉快です」
「わたくしは、その様な積もりはありません」
「わたくしにはその様にしか感じられません」
「わたくしがミリ様に好意を抱いているのは本当なのです」
「それは僅かにも感じられません」
「では、どうしたら信じて頂けるのですか?」
ミリはその問いには応えなかった。
「先程も申しましたが、コーカデス領の開発に助力する事に対しての報酬は、わたくしが経験を得る事で充分です。それのみでも領地開発には全力で取り組ませて頂きます」
「違います。報酬などの積もりで言っているのではありません」
「コーカデス卿からわたくしへのプロポーズに対して、御家族に賛成頂く事を条件にしましたのは、わたくしの誤りでした。取り下げさせて頂きますので、赦して下さい」
ミリはそう言うと、レントに頭を下げる。
「いえ、ミリ様」
ミリは頭を上げて、レントの言葉を遮る様にリートとセリに体を向け直した。
「ですのでリート殿、セリ殿。心配頂かなくても問題ありません」
「何故ですか?ミリ様?」
レントの問い掛けにミリは目だけをレントに向ける。
「何がでしょうか?」
「何故、わたくしの言葉を信じて頂けないのですか?」
「何故?コーカデス卿は、それは何故だと思いますか?」
「昨日わたくしがミリ様を不快にさせたからでしょうか?」
「不快に感じているのは昨日に限りません」
「それに付いては謝罪させて下さい」
「謝罪して頂かなくても、領地開発の手助けには手を抜きませんから、御心配なく」
「その心配をしているのではありません。それに付いてはミリ様を信用しております」
「そうですか」
「ミリ様」
ミリはまたレントの言葉を遮る様に、視線をリートとセリに向けた。
「御存知かと思いますが、わたくしは悪魔の子と呼ばれております」
ミリの言葉にリートもセリもレントも言葉に詰まる。リートもセリも、普段はミリを悪魔の子と呼んでいたし、レントもその事を咎めたりはしていなかった。
「ミリと言う名はこの国には多く、ただわたくしを特定する為に、悪魔の子と呼ばれているミリ、と言う様な使われ方もしますが、神殿の信徒を中心に、わたくしの母を悪魔、その娘のわたくしを悪魔の子と、憎悪や侮蔑を込めて呼ぶ者も、この国にはかなりの数がいます」
「漁村での事を仰っているのですね?あれに付いては謝罪致しますし」
レントの言葉にレントを見ずに、ミリは「いいえ」と首を左右に振った。
「謝罪して頂きたくてこの話をしたのではありません。悪魔の子が領主の妻になどなったのなら、領地に良い影響はありませんし、それこそわたくしがコーカデス領の為に注ぐ時間やあるいは投資が、無に帰す事になるかも知れません」
「その様な事には致しません」
「もちろんコーカデス領の損失になる事を分かっていながら、コーカデス卿がそれを放置するとは思ってはいませんが、逆にその事を何かに利用して利を得るであろうとは思っています」
「いえ、そんな」
ミリはレントに強い目を向ける。
「その様な事にわたくしを利用するのはお止め下さい」
「確かにミリ様に力を貸して頂く事は、ミリ様を利用していると言われればその通りですが」
「話を逸らさないで下さい。その様な事は申していません」
「・・・ミリ様」
言葉の出なくなったレントから、ミリは視線をリートとセリに戻した。
「わたくしがコーカデス領の開発を手伝う為に、コーカデス卿からわたくしへのプロポーズに対して皆さんに賛成して頂く事とした条件は取り下げます。母の誘拐事件の真相究明への協力も一切不要です。プロポーズはもちろん、交際練習に皆さんが反対なさっても、コーカデス領の開発の手伝いは誠意をもって取り組ませて頂きます。それは、そうする事がわたくしの経験となるからです。コーカデス領の開発に投資するとしても、それに対しての特別な取り計らいを求めたりは致しません。利益は自分で出します。ただし利益が望めない場合には投資をする事はありません。悪魔の子と呼ばれても、それを理由に開発の手伝いから手を引いたり、投資を引き上げたりする事はありません。ですからプロポーズはもちろん、交際練習も反対なさって下さい。その理由は問いません。わたくしの出自でも、わたくしと会ってみての生理的嫌悪でも構いません。こちらからは尋ねませんので、理由を用意なさらなくて結構です。領地開発に付いてもです。なんの実績も持たない子供のわたくしに、大切な領地の事に口を出されるのは不愉快だと思います。ましてやわたくしはいずれ平民になります。犯罪者を父に持つ平民が領地開発を手伝ったなど、領地の不名誉となるでしょう。領民からも反発が出る筈です」
「ミリ様」
震える声で呼び掛けたレントに、ミリは体を向ける。
「それにもちろん、コーカデス卿との婚姻などあり得ませんし、犯罪者の血がコーカデス家に入る事もありませんので、ご安心を」
「いい加減にして下さい!」
レントがキレた。




