プロポーズへの方策
「コーカデス卿は御家族に、わたくしへのプロポーズは絶対にしないと、約束をしているのではありませんか?」
ミリがレントに向けた言葉に、レントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスは驚いた。
ミリは視界の端で二人の表情を認めながら、レントから視線は動かさずに言葉を続ける。
「そして、プロポーズの話を出しておきながら、プロポーズをしない理由として、わたくしの母の誘拐事件の真相が究明されていない事を置く。これが敬意を向ける相手に対して行う事なのですか?」
「・・・え?」
レントにはミリからの非難の理由が分からなかった。
「それは・・・どう言う意味でしょうか?」
「どう言う?」
ミリの眉根が寄る。
「わたくしは産んでくれた事を母に感謝しています。しかしわたくしが生まれる切っ掛けになった母の誘拐事件の犯人達は赦していません。捕まって既に罪を償った者達に付いてもです」
「それは・・・当然だと思います」
レントは言葉を選ぼうとしたが、何を言えば良いのか分からず、口を挟んでしまった事を後悔した。
「ですからプロポーズをしない口実などに、使って貰いたくはないのです」
「え?」
「コーカデス卿に取っては単なる駆け引きの材料なのでしょうが、わたくしの気持ちも考えて頂きたかったと思います」
「いや、駆け引きなどではありません」
「コーカデス卿はわたくしに対して、常に駆け引きを仕掛けているではありませんか」
「いえ違います!」
「違いません」
「違うのです!」
「違いません。駆け引きが無意識での行いであるなどとの言い訳は受け入れません」
「確かにミリ様に領地開発に協力して頂く為とか、交際練習をして頂く為とか、様々な理由を付けて気持ちを向けて頂こうとしていました。しかしラーラ様の誘拐事件の真相究明は、本当に取り組む積もりでいるのです」
「それはプロポーズをしない為ですよね?」
「え?・・・する為ですが?」
「いいえ。真相究明が出来ない限りプロポーズをしないのですから、プロポーズをしない為ではありませんか」
「え?・・・ミリ様はわたくしには真相究明は出来ないとお考えなのですか?」
「わたくしの曾祖父達は事件直後から調査を行っていました。決して手を抜いたりはしていなかったでしょう。しかし、少なくとも後二人いる筈の犯人の手掛かりは掴めていません。主犯とされた人間が調書もなく処刑されていますので、動機も正確には分かっていません。それを何年も経った今から調べると言うのですか?」
「それは、ですが、何かやり方がある筈です」
「少なくとも、コーカデス領の開発と並行してなど、無理ではありませんか?コーカデス卿はどちらに力を注ぐべきですか?」
「それは・・・」
「それは?」
「・・・領地の再興ですが」
「その通りです。ここで誘拐事件の真相究明の方だなどと言われなくて良かったと、わたくしは心から思っています」
「ですが、真相を究明したいとは思っています。それは信じて下さい」
「なんの為ですか?」
「え?・・・もちろんミリ様にプロポーズをする為ですが?」
「御家族が赦さないプロポーズなどをされてわたくしがどう思うか、コーカデス卿は想像しないのですね?」
「いえ」
「あるいは想像した上でわたくしが喜ぶとか、またはわたくしの気持ちなど関係ないとか考えているのですか?」
「いえ、そんな」
ミリは本当に誰かにプロポーズされたとしても、バルが反対するので結婚には至らないと思っている。
しかしその事を今のレントの前で口にしたら、バルにミリとの交際練習を許可させたレントなら、もしかしたらミリを結婚させる様にバルを説得してしまえるかも知れないと、ミリは考えていた。
それなのでミリは、それには触れない様に話を進める。
「わたくしはコーカデス領の開発に力を貸す積もりです。それは開発を通して得難い経験が出来るからに他なりません。わたくしへの報酬はそれで充分です。交際練習を行う動機にしても、交際練習を通して得られるであろう経験で事足ります。そもそも交際練習は自分の為にするものであり、これに対しての報酬が一方から他方へと渡される様な事は過去にもありませんでした。プレゼントを贈り合う事はありましたが、それもプレゼントを贈る練習を目的にされています。ですのでわたくしも、コーカデス卿から交際練習の報酬を頂く積もりはありませんし、もちろん報酬を渡す積もりもありません」
「それはつまり、わたくしが真相究明に力を入れても構わないと言う事ですね?」
「え?」
レントが真剣な表情を浮かべたので、ミリは少し慌てた。
「違います。その必要はないと言う事です」
「わたくしが勝手に行うのは構いませんよね?」
「わたくしにコーカデス領の開発を手伝わせておいて、自分は他の事をしようと言うのですか?」
「もちろん、領地の再興を優先させて頂きます」
「わたくしが結婚適齢期を過ぎるまでに、解決できる目処があるのですか?」
「それは、まだ、何も調べ始めていないので、なんとも言えませんが」
「コーカデス卿は跡取りを儲ける必要があり、それはコーカデス卿の血を引く必要があるのですよね?」
「・・・伯母にはそう求められています」
「そうしますとコーカデス卿が結婚なさる前に真相究明をして頂かないと、わたくしへのプロポーズなど出来ません。わたくしの適齢期よりは後になるかも知れませんから、適齢期を過ぎたわたくしにプロポーズをする可能性もありますよね?」
「もしかしたら死ぬ間際になるかも知れませんが、ミリ様はバル様の言い付けを守って、結婚なさらないのですよね?」
「そう言う事ですか。プロポーズはするけれど、結婚はしないのですね」
「いいえ。先ずはバル様とラーラ様、それとコードナ閣下とコーハナル閣下達に、ミリ様と結婚する許可を頂いておきます」
「え?」
「わたくしの家族にも、ミリ様との結婚の許可を取り付けておきます」
「え?」
ミリだけではなく、リートもセリも驚く。
「いえ、ですが、コーカデス卿は跡取りを儲けなくては」
「結婚しなくても跡取りは作れます」
「その様な事が赦されると」
「もちろん、相手にも相手の家にも納得して貰いますし、どうしても結婚の形が必要なら、結婚してから子供を産んで貰います」
「・・・その場合は、わたくしへのプロポーズはなしですよね?まさか結婚したままわたくしにプロポーズしたりはしませんよね?」
「子供が成人していれば離婚しておきますが、それより前に真相究明が出来たなら、もちろん離婚をしてからミリ様にプロポーズ致します」
「その様な事、出来る訳がないでしょう」
「その条件を受け入れてくれる相手を探すのは難しいかも知れませんが、ミリ様にも家族にも納得してもらうには、この方法がベストです」
ベストの訳がないとは思ったけれど、ミリはレントに対して呆れて言葉が出なかった。




