侮蔑と嫌悪と
相手を信じると言う事にどの様な根拠が必要なのか、レントはこれまで考えた事はなかった。たとえ考えた事があったとしても、対人経験の乏しいレントには、このミリの問い掛けに答えを出せなかっただろう。
レントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスは、ミリの問いに答えなどない事と感じた。しかしリートもセリも口を挟めない。二人が口に出来るのは、ミリがレントを信じられる根拠など存在しないと言う回答になるからだ。
「わたくしが貴族の常識と言ったのは、そう言う意味ではありません」
言葉に詰まっているレントに対して、ミリが話の流れを修正する。
「コーカデス卿は子爵です。それに対してわたくしは、いずれは平民になるとしても、今は侯爵家の娘です。この国の格付けでは、コーカデス卿よりも上になります」
「それはもちろんです」
声を擦らせながら、レントが応える。ミリは小さく肯いて返した。
「その格付けが上のわたくしに対してプロポーズが出来るなどと言うのは、わたくしが傷ものだからに他ありません」
「いいえ!違います!」
「いいえ、違いません」
「違います!違うのです!」
「いいえ。子爵家から侯爵家に家も通さずに、プロポーズの話を当人にするなど、わたくし相手ではなければコーカデス卿もなさらないですよね?」
ミリ以外にプロポーズをする気などないレントは、そちらに対しての意識が強くて、思わず肯きそうになる自分を慌てて止めた。
「コーカデス卿はわたくしを侮っているからこそ、わたくしにプロポーズをする事を口に出来るのです」
「侮ってなどいません」
首を振るレントは声の力を失くしていた。自分の気持ちを曲解されていると感じてはいるけれど、では何を言えばミリに正しく伝わるのか、レントには何も思い浮かばない。
「侮蔑の根拠となるのはわたくしの出自です」
「違います」
「侮蔑している相手に感じるのは嫌悪です」
「違います」
「嫌悪の理由はわたくしの血縁上の父親が犯罪者だとされているからです」
「違います」
「わたくしの事を軽んじているからこそ、わたくしを利用しようとするのです」
「違うのです」
「周囲からも蔑まれているわたくしだからこそ、好意を口にしておけば言う事をきかせ易いと思われるのです」
「違います!わたくしはミリ様に敬意を抱いています!」
レントは強い目をミリに向けた。
「本当でしょうか?」
「もちろんです!」
「それならばそれが何一つ、わたくしに伝わって来ないのは何故なのでしょうか?」
レントは今度もまた、声を出せなかった。
ミリはレントから視線を外して、僅かに顔を伏せる。
「わたくしは教育を受ける事が辛いと思っていました。しかしわたくしが厳しいと感じていた教育は、わたくしが貴族である事を選んだ時に生きていく為には必要なものでした。敢えて厳しくされていたのではありません。曾祖母も養祖母も、わたくしに必要な事を身に付けさせる為に、必要な事を学ばせていただけなのです。ですから、傍から見ればわたくしは曾祖母達の言いなりの様に映ったと思いますが、わたくしは曾祖母達に対して感謝をしていますし敬意を感じています」
ミリは顔を上げてレントを見詰めた。
「わたくしは人を尊敬する事を知っています。わたくしの中には曾祖母達や両親への敬意があります。しかしコーカデス卿がわたくしに向ける気持ちには、わたくしに言う事をきかせようとの意思は感じますが、敬意を感じた事はありません」
「そんな・・・」
「もしかしたらコーカデス卿は本当に、わたくしに敬意を向けて下さっているのかも知れません」
「もちろんです。その通りなのです」
「しかしわたくしにはそれを一切感じられませんので、敬意を向けている事を何かの言い訳に使っても、効果はありません」
「そんな、言い訳だなんて・・・」
「それにもし、コーカデス卿がわたくしに敬意を抱いていたとしても、それはわたくしを教育してくれた曾祖母達の功績に対して、わたくしを通してコーカデス卿が感じての事です。わたくし自身に対しての敬意ではありません」
「そんな事はありません。わたくしは本当にミリ様自身を尊敬しています」
「いいえ、それはあり得ません」
「いいえ」
「いいえ。嘘だとまでは言いませんが、コーカデス卿が本当にそう思っているのでしたら、それは勘違いでしかあり得ません」
「いいえ、違います」
「いいえ。わたくしはまだ何も為していないのに、尊敬などされる筈がないではありませんか?」
「その、生き方と言いますか、考え方と言いますか」
「生き方と言われても、わたくしはまだ、自分の人生に責任を持っているとは言えません」
「ですが」
「生き方が出自の事を指すのでしたら、この世にはわたくし以外にも、父親が分からない子も親が犯罪を犯した子もいます」
「いえ、違うのです」
「違いません」
「いいえ、違います。そうではないのです」
「違いません。もしわたくしと同等の教育を受けた上に出自のしっかりとした侯爵令嬢がいて、その人がコーカデス領の開発に必要だったとしたら、コーカデス卿はその令嬢に直接プロポーズする話を伝えますか?」
レントはしないと答えたいけれど、しない理由は相手がミリではないからだ。しかしそれはミリの出自には関係ない。だがそれをミリに納得させる方法が、レントにはまったく思い付かなかった。




