染み出す疲れ
「疲れたな」
寝室のソファに体を預け、レントの祖父リート・コーカデスが長く息を吐く。
「そうね」
レントの祖母セリ・コーカデスもソファの背凭れに寄り掛かった。
目を瞑った二人はそのまま会話もなく、しばらくの間は身動ぎもしなかった。
自分自身の呼吸音しか聞こえず、隣りに座る相手の気配も感じられない状況に、疲れがじわじわと染み出して来る。
「寝ましょうか」
「そうだな」
起こすだけで体が重い様に感じながら二人は立ち上がり、並んでベッドに入った。
灯りを消して使用人が寝室から出て行くと、また自分の呼吸音だけが聞こえる。しかし今度は寝具の上下で相手の呼吸を感じるし、体温も伝わって来ていた。
疲れを自覚しているが、中々眠りに入れない。
瞑った目蓋の裏側には景色にならない模様が浮かぶし、言葉にならない程度の想念が頭と心に浮かび、それが眠気を妨げていた。
長年連れ添って来た相手もまだ眠りに入っていない事が、寝息でもいびきでもない吐息から分かる。
「・・・起きているの?」
「・・・ああ」
「・・・疲れたわね」
「・・・疲れたな」
「私、レントの相手をするのも結構疲れるのだけれど、その比ではなかったわよね?」
「そうだな」
「相乗効果と言うか、掛け算と言うか、彼女一人を相手にするなら、これほどではないのかも」
「それは言えるな」
「お義父様がラーラの事を言っていた事、思い出したわ」
「うん?何と言っていた?」
「あくどいとか、良くは言っていなかったけれど、ラーラは手強そうな事を言ってらしたじゃない?」
「状況を利用して、父上を嵌めたとは言っていたな」
「ええ。ミリってラーラにそっくりなのでしょう?」
「見た目はそうらしいな」
「中身もそっくりなのではないかしら」
「そうかも知れないな」
「その上で、デドラ様とピナ様に教育されたのよね」
「ああ。受け答えも所作も、文句の付けようがなかったと私は思ったな」
「それは私も思ったけれど・・・」
「・・・うん?」
「ミリの父親って、どんな男なのかしらね?」
「掴まった男達の調書を読んだ事があるが、どれも小者の感じだったな。父親には似とらんのだろう」
「でも、感情的になった時に、少し本性が出ていたのではない?」
「レントを威圧していた様だな」
「ええ」
「まだ幼いのに、あの迫力はなんなのだろうな」
「そうよね」
「投資で儲けているとの話だったから、こう、節操がないと言うかなんと言うか・・・」
「節操?柔軟?」
「ああ、そうだな。柔軟な思考をするのかと思っていたが、かなり固い信念を持っている様だった」
「ええ。王都の暴動の事で、そう言う、暴力を否定する様な教育を受けたのかしら?」
「そうかも知れんな。日用品を扱うソウサ商会としては、争いなど商機を失くす面倒事でしかないだろう」
「でも・・・」
「・・・うん?」
「もしもラーラが同じ様な教育を受けたり、同じ様な考え方をしているのなら、なぜ王都の暴動は起こったのかしら?」
「さあ、分からん。あの暴動でコードナやコーハナル達が得をしたり、ソウサ商会が儲けたのは本当だが」
「暴動を起こさせれば利益になると考えた、と言う事?」
「商材を王都に運ばずに品不足を起こして、物価を釣り上げて荒稼ぎをしたのだ。安く仕入れて高く売る事を突き詰めれば、あの様な手段を取るのかも知れんが」
「でも私、今日のミリを見てデドラ様やピナ様を思い出したのだけれど、コードナ侯爵家やコーハナル侯爵家が暴動に加担したりするとは思えなくて。今更だけれど」
「・・・そうだな」
「結果だけ見れば、コードナもコーハナルもソウサ商会も得をしているけれど」
「確かにあの暴動からコードナやコーハナルの領地の繁栄まで、筋書きを描くのは難しいとは思えるが・・・」
「・・・ねえ?」
「うん?」
「その筋書き、レントやミリなら描けると思う?」
「・・・どうだろうな」
「そう?・・・私、コーカデス領の為なら、レントならやりそうに思えて」
リートは返事の代わりに、長く息を吐いた。
「育て方・・・間違えたのかしら」
「子供なら極端に走る事はある。それを矯正するのが私達の役目だろう?」
「そうだけれど」
「今日のはミリの所為だ。ミリが対峙した事で、レントがあの立場に立たざるを得なくなったのではないか」
「でも、レントがリリと交わした覚え書きにも、領民を追い出す施策は取らないって書いてあったでしょう?」
「うん?ああ」
「つまりそう言う事をレントは考えていたから、リリが止めたのよね?」
「そうかも知れんが、それらを止めるのはまさに私達の役目の訳なのだから」
「でも・・・止めきれるの?」
「・・・本来なら、子供の思い付きに付き合いながら、常識を教えていけるのだが、レントは領主と言う権力を握ってしまったからな」
「そうなのよね」
「・・・まったく、スルトの奴は」
「・・・スルトも、可哀想ではあったけれど」
「だからと言って・・・そうだな。私も望まぬスルトに責任を負わせたし、尻拭いをさせてしまった。スルトは私の真似をレントに対して行ったに過ぎないのかも知れん」
セリはリートも、リートの父親ガット・コーカデスから後始末を押し付けられたと思っていた。
しかし自分も責任を全う出来ていたとは思えず、それに付いては口にする事がセリには出来なかった。




