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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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62 ソロン王子からの再びの喚び出し

 学院で、授業が終わると飛び出す様に、バルが教室から出て行った。

 ラーラをコードナ侯爵家に迎え入れる為に、バルはソウサ家に急いで向かう。


 バルとラーラが結婚した事は調べれば分かる。それに養子などの書類を受領した職員達が情報を売れば、やがて話は広まるだろう。

 しかし今はまだ、コードナ侯爵家からもコーハナル侯爵家からもソウサ家からも、公表はされていない。


 それなので、教室内はここ数日と変わらない雰囲気だった。

 今日のバルのソワソワと落ち着きのない様子に気付いていた生徒もいたが、相変わらずバルは遠巻きにされていたので、理由を尋ねられたりはしなかった。バルが急いで教室から出て行く様子も、生徒達には受け流された。


 パノはバルの姿を見送っていた。

 以前なら呆れながら見ていただろう。しかし今のパノは心に痛みを感じていた。

 だが感傷に浸る時間はない。

 リリが同じ様に急いで教室から出て行こうとしていた。今日一日、リリになんて話し掛けたら良いのかパノは悩んでいたけれど、もう猶予はなかった。


「リリ!待って!」


 パノの呼び掛けにリリは立ち止まる。


「何かしら?」

「ちょっと話があるのだけれど、時間貰えない?」

「ええ、良いわ。でも今はダメ。これから用事があるの」

「忙しそうね」

「ええ、まあ。それなのでまた明日、話をさせて」

「それなら一点だけ。私が送った手紙って、全部持ってる?それとも捨てちゃった?」

「捨てる訳ないでしょう?持ってるわよ?」

「そう。呼び止めてごめん。じゃあね」


 そう言って片手を挙げるパノの微笑みには、僅かに(にが)みが(にじ)んだ。



 リリは応接室で待ちながら、貸した手紙の事を思い出していた。


 封筒や便箋に付いて今の令嬢達の好みや流行りを知る為に、貰った手紙を貸してくれと頼まれた。手紙を貸すなんて信じられなかったが、ラーラに嫌がらせをするのに必要だと強く迫られて、リリは当たり障りのない内容の物だけを選んで幾つか渡していた。

 その中にはパノからの手紙も含めていた。密談をした時の案内の手紙だったけれど、手紙の文面からは密談だったとは読み取れない筈だ。

 あれらはまだ返して貰っていない。まだ使うのだろうか?一体何に使うのだろう?


 リリの思考はソロン王子の入室で途切れた。



 リリが礼を取ろうとするとソロン王子はそれを()め、リリに1枚の紙を渡す。


「不敬に問わないとサイン済みだから、確認して」


 リリが文面を読むと確かにそう書いてある。


「言葉も学院内と同じでね」

「あの、本日に付いては、殿下が私をお喚びになったのでしょうか?」

「そうだよ。今日は本当に私がリリ殿を喚んだ」

「他言無用の契約書はよろしいのでしょうか?」

「今日はリリ殿に確認したい事があるだけだから。あとは愚痴かな?」

「愚痴ですか?」

「そう。時間一杯、愚痴を聞いて貰おうか。ただし、前回の話は他言無用のままだからね?今日の話も前回に絡む所は、余所で話さない様に」

「はい、分かりました」

「結構」


 ソロン王子がリリに席を勧め、二人にお茶が出される。


「前回の話は誰にも話していない?」


 ソロン王子が少し体を前のめりにして、そう尋ねた。


「もちろんです」

「家族にもだよね?」

「はい。この部屋を出てからは一言も口にしていません」

「その言葉は取り消せないけれど、大丈夫かな?」

「はい」


 リリが見返しながらそう答えると、ソロン王子は「そうか」と言って肩の力を抜く。

 その様子に緊張を()いたリリが、小首を傾げる。


「情報が漏れたのですか?」

「そうらしいのだけれど、それよりコーカデス家の動きが活発になったからね」

「我が家がですか?」

「そう。話を漏らしてないんだよね?心当たり無い?」

「殿下には何の要件で喚び出されたのかと家族に訊かれましたが、答えられないと返事をしました。もしかしたらそこから何か、推測をしたのかも知れません」

「なるほどね。王子から喚び出されて秘密の話となれば、ある事ない事考えるか」

「はい」

「その所為か分からないけれど、コーカデス家からはチェチェ殿を嫁に貰えと猛プッシュされているんだよ」

「そうなのですか?」

「何も聞いていないんだね?」

「はい」

「リリ殿から私に情報が()れるのを警戒したのかな?」

「私から殿下にですか?」

「そう。なにせ今日もまたこうやって、二人で会っている訳だしね」


 そう言ってソロン王子は肩を竦めて見せた。


「コーカデス家のお陰で私の周囲が騒がしくなって、大変なんだ」

「それは、申し訳御座いません」

「リリ殿を責めたりはしないよ。責めたりはしないけれど、愚痴は聞いてくれない?」

「私でよろしければ」

「事情を知っていて愚痴を聞いて貰えそうな相手って、リリ殿しかいなくてさ」

「それは・・・光栄です」


 なんて返せば良いのか迷ってそう答えたリリに、ソロン王子は「光栄なんだ」と苦笑した。


「このままでは私とチェチェ殿が婚約しそうだって噂が出たんだ。それなので公爵家からも縁談が来ていて、断るのが大変で」

「どちらの公爵家ですか?」

「どっちも。コウゾ家もコウバ家もだよ。陛下も父も(とぼ)けているから、余計に私の所に圧が掛かって、ホント大変。母の実家のコウグ家からも、どっちでも良いから早く決めろって来るし」

「どっちでも良いって」

「非道いよね?皆に失礼だよ。コウグの跡取りからもやいのやいの言われるし」

「タラン様ですか?」

「そう。タランはやたらとハッカ殿を私に薦めて来て、うるさいったらない」

「え?なぜでしょう?あ!もちろんハッカ・コウゾ様よりニッキ・コウバ様の方が、ソロン殿下に向いているとか似合っているとかの意味ではありませんが」

「タランがそのニッキ殿を好きだからだね。私がハッカ殿を選べばタランはニッキ殿と結婚できる」

「それならタラン・コウグ様が先にニッキ・コウバ様と婚約なさればよろしいのではありませんか?」

「コウバ家は、私の妃はコウバ家出身者だと主張しているから」

「そうなのですか」

「王妃陛下の実家がコウゾ家だろう?母の実家はコウグ家。王妃は公爵三家の持ち回りが、暗黙の了解の様になっているじゃないか?だから私の妃はコウバ家からって主張は通りが良いんだ」


 リリは王家と公爵家の系図を頭に浮かべた。


「公爵三家以外の出身の王妃陛下もいらっしゃいましたし、三家の順番も必ずしも守られていなかったと思いますけれど?」

「暗黙の了解って言っても王家は了解していないからね。その時代の勢力状況で変わるし、妃にするのにちょうど良い令嬢が三家にいない時もあっただろうしね」


 リリは「なるほど」と相槌を打つ。

 リリのその真面目そうな様子に、ソロン王子は微笑みを浮かべた。


「王妃陛下はご自分の甥の娘に当たるハッカ殿が私の妃でも良いと思ってるし、母も自分の甥のタランが望むならニッキ殿と結婚させてやりたいと考えている。王家と公爵家の血は濃く交わっているのだから、甥だ甥の娘だと言っても、言うほど他の人とは血が離れている訳じゃないのにね」

「そうは言っても家の連なりがありますし」

「まあね。でも良い加減、血が濃すぎる」


 そう言うとソロン王子は眉尻を下げた。


「私は先祖に良く似ていると言われる。確かに肖像画と見比べると私にソックリなご先祖様もいるし、何人もの先祖の面影が私に見付かるのだろう。血を残すと言う意味では大成功だ」


 ソロン王子は苦い顔をする。


「しかしどれだけ優秀なご先祖様に似ていた所で、生まれ変わりじゃないのだから中身は別だ。血だけで国を治められるなら良いが、そんな簡単な話ではない。優秀なご先祖様以上の努力が必要になる」


 ソロン王子は肩を落として溜め息を()く。


「自分で選んだわけじゃないけれど、望んだからと言ってもなれない立場にいる事は理解している」


 ソロン王子は視線を下げた。


「けれど本当は、多くの中から優秀な者を選んだ方が良いのは確かだ。それが分かっているから私の両親も国王王妃両陛下も、何人もの子供を儲けようとした。だが今の私には父方に叔父も叔母もいないし、兄弟も妹一人だ。王妃陛下の子供は父しか育たなかったし、母も私と妹だけだ。そして王妃陛下も母も、負担は体だけではなかった筈だ」


 ソロン王子は両手のひらを上に向けて肩を竦める。


「それなのに私に公爵家の令嬢は妻にどうかと尋ねる。自分達と同じ苦労をその娘にさせる事になる可能性が高いのにね」


 ソロン王子は両手を下ろして膝に当て、伏せ気味の顔を左右に振った。


「自分達が苦労したのだから、私の妻にも苦労させてやる、なんて思ってるんじゃないかと心配になるよ」

「お二方に限って、その様な事はないのではないでしょうか?」

「そうだと良いのだけれどね」


 ソロン王子は顔を上げ、リリに苦笑を向けた。


「側妃や愛妾を置けば国は落ち着かなくなるし、だからと言って血が遠いからと平民に近い女性を娶れば、却って何代も国を揺るがす遺恨を残すだろう。公爵三家から妻を迎える事は、国家の安定の為には正しい選択だ。現在の情勢を鑑みると、他国の王女を娶るのよりも望ましいのは確かだ。けれど私は自分の妻となる女性に、避けられないだろう苦労を分かっていて押し付ける気にはなれないんだ」

「殿下はお優しいですね」

「悩むだけで優しさを自称して良いのならね。けれどただ、実際にそうなった時に、後悔するのが嫌なだけだよ」


 リリは掛ける言葉を見付けられずに、少し眉根を下げた。


「王家に公爵三家の妻を薦めるなら、公爵三家が外の血を入れてくれれば良いのだよね。コードナ侯爵家の様に」

「あの、コードナ侯爵家の様にとは?」

「うん?まだ耳に入ってないのかな?バルが平民を妻にした事を」

「え?バルが?」

「ああ。そう言えばここしばらく、リリ殿はバルと距離を置いていると聞いたけれど、ひょっとしてそれの所為だったのか?」

「あ、いえ」

「リリ殿からだとそれは分からないか。でもバルからは何も聞いて無いんだね?」

「はい」

「そうか。リリ殿に何の説明もないなんて、バルも平民との結婚に納得してなかったのかな?」

「あの、いつですか?いつ、バルは結婚を?」

「昨日だよ」

「え?でも婚約期間を置かないと、結婚は出来ない筈では?」

「貴族の場合はね」

「え?それではバルは平民になったと?」

「ああ。平民の身分で結婚したと聞いている」

「ですが今日も学院で授業を受けていましたが?」

「ああ、なるほど。学院の入学資格は貴族であるか学業が優秀な生徒だものね。でも在校資格はその限りではない。家から勘当された貴族子息が、そのまま通って卒業した事もあった筈だ。もっともバルは急角度で成績を上げているから、今なら平民向けの入試も合格するかもね」

「そんな、平民になってまであの娘と結婚したかったなんて」

「いやそれが、結婚したら昨日のうちに、バルはコードナ侯爵家に戻っている」

「え?どう言う事ですか?」

「復縁させたんだろう」

「では結婚相手は?」

「奧さんはコーハナル侯爵家の養女になったよ」

「え?」

「そのままでも大丈夫なのに、わざわざ後ろ盾を付けるなんて、コードナ侯爵家は余程バルの奧さんを気に入ったんだね」

「そんな・・・」

「そう言えば、バルはここ数日、とても機嫌が悪かったらしいね。バルを納得させる為に、コーハナル侯爵家に借りを作ったのかもね」

「それは、なぜでしょう?」

「奧さんがバルの子を妊娠したんじゃない?」

「え?」

「二人は体の関係を持っているって、そう言う話もあった。そう考えれば、生まれてくる子を貴族として育てる為に、今回みたいな無茶をしたんじゃないかな?」

「でも、なんのメリットが?」

「ソウサ家は大商会だ。それも貴族とは今まで縁が薄い。そこと縁を結べるとすれば、かなりのメリットがあるんじゃない?コーハナル侯爵家にもその考えがあるから、奧さんの養家(ようか)を引き受けたんだろうな」


 リリは表情を変えずにいたが、顔色は悪くなって行く。

 ソロン王子はそれを見て、やはりバルに言い寄られていたのはリリも満更ではなかったのだと思い、フォローを試みた。


「バルはイヤイヤだったけれど、コードナ侯爵家の方針がそうで、コーハナル侯爵家も乗り出して来たのなら、逃げようがなかったのだろう」

「でも妊娠したと言う事は純潔を失っているのに、貴族と結婚なんて」

「だからバルは一旦平民にされたんでしょう?妊娠時期を誤魔化す為に、結婚を急いだからだけじゃないと思うよ。責任取れとか、バルも散々言われたんだろうね。可哀想に」


 バルが平民と無理矢理結婚させられたと思えば、リリも少しは気が晴れた。


 ソロン王子はリリの気持ちの変化を感じて安堵した。

 ここでリリにバルへの思いでも告白されたら、面倒になるとソロン王子は思っていた。貴族同士の恋愛に王族が口を挟んだらろくな事にはならないし、ソロン王子もそんな事に時間を掛けて良いほど暇ではないからだ。

 それなので、このまま話を終わらせる様にソロン王子は進める。


「さすがに公爵三家が平民を妻に迎えるのは難しいだろうけれど、中位貴族を娶るなら可能な筈だし、その説得なら私でも出来そうだよね。私の妻には間に合わなくても、私の子の代なら対応出来る。そうなるとタランにはニッキ殿を諦めて貰って、中位貴族の令嬢と結婚して貰う事になるけれど、それは仕方ないかな」


 そう言ってソロン王子がリリに微笑むと、リリも釣られて微笑み返した。


「そろそろ良い時間だね」


 ソロン王子は席を立つと、リリに手を差し出す。リリが指先を王子の手に預けると、ソロン王子はリリが立ち上がるのをエスコートした。


「念の為に言うけれど、前回の話は私の他国視察が公表されても他言無用だよ?誰かに訊かれたら、答えられない、ではなくて、知らなかった、と答えてね?」

「はい。分かりました」


 肯くリリにソロン王子は口角を上げた。



 コーカデス邸に帰ったリリはソロン王子からの情報として、バルが結婚した事を家族に伝えた。

 それとパノの手紙を預けた相手に、手紙の返却依頼を連絡した。



 ラーラはコードナ侯爵邸内の離れに移った。ここでバルと暮らす事になる。離れには、男性はバルとガロンしか立ち入る事は出来ない事になった。ガロンがラーラの移動を助け、マイもこの離れでラーラの身支度を手伝う。


 ラーラの寝室はバルと一緒だ。

 キングサイズのベッドの上にセミダブルサイズのマットレスが上乗せされている。ラーラはセミダブルの上に寝て、バルはキングサイズベッドの上に(じか)に寝る。


 バルはセミダブルのマットレスの上に片手を伏せて、ラーラはその上に手を重ね、二人は手を繋いでそのまま眠った。

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