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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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干物の火種

「それでレント殿?」

「はい、ミリ様」

「新しい物や珍しい物を好む人は確かにいますが、その人達に干物を手に取って貰うには、どの様にする予定でいますか?」


 ミリの問いに、レントは「いいえ」と首を振った。


「それに付いては課題に思っています」

「それまでは干物は生産しないのですか?」

「いいえ。少しずつは広めて行こうと思うのですが」

「そうすると、先に平民に流行らない様にしなければ、レント殿が狙う上から広める事は難しくなりますね」

「そうなのです。しかし生産を絞ったりすると希少価値が上がって、却って火が着く事もあるのではないかとも思いますし」

「そうですね」


 ミリとレントが小首を傾げるところに、レントの祖母セリ・コーカデスが口を挟む。


「あの、ミリ様?」

「はい、セリ殿」

「ミリ様も魚食が流行ると考えていらっしゃるのですか?」

「広がり方次第とは思っています」


 セリとレントの祖父リート・コーカデスが僅かに首を傾げる。


「ミリ様?その、広がり方と言うのは、先程の上からと言うやつでしょうか?」


 リートの言葉にミリは、「そうですね」と首を反対側に傾げた。


「この国には魚食への忌避が基本にありますので、広める事が出来たとしてもまず一割程度の人しか対象にならないと思います」

「一割」

「それだけですか?」

「既に魚食をしている人も一割程度いますが、漁や釣りをして自分で魚を取っているので、わざわざ干物は買わないでしょう。今も煮干しなどを買い求めている人はいますが比率はほぼゼロですし、たとえ新規が一割でもその増分をコーカデス領が独占できるのなら、かなりの経済効果が期待出来ると考えます」

「なるほど」

「確かに、そうですね」

「国内に忌避感が残る限りは一割でも、富裕層に広げる事が出来れば、特別な時の憧れの食材として認識して貰えるかも知れない」

「魚をですか?」

「はい。この国で魚食が絶えたのは信仰が理由ですが、今は魚は貧しい人の食べ物だとの認識が強い事が理由で、食べられなくなっています。ですので一割の人が食べ続けて、その人の子孫も食べる様になれば、やがては信仰を理由とする人以外は忌避感がなくなると思うのです」

「その様に上手く行くと、ミリ様は考えているのですか?」

「そうですね。その様にするにはどうしたら良いのか、それを考えてはみています」


 真面目に返すミリをリートもセリも見詰める。自分の思考に沈みそうになっていたミリは、リートとセリの視線に気付いて、二人に微笑みを向けた。


「わたくしは魚の干物を食べた事がありますが、美味しいと思いました」

「あ、ええ」

「あの、はい」

「あれが手に入り易くなるのでしたら定期的に食べたいとは思っていますから、干物を流行らせる事にはかなり私情が入っていますけれど」


 リートとセリの表情が僅かに引き攣る。それを見てミリは言い過ぎたかと思った。いくら領地再興の為の特産品になりそうだとしても、リートもセリも魚食にはまさに忌避感を持っている筈だ。

 ミリはもう少しレントに確認したい事があったのだけれど、干物から話題を変えようとした。しかし先にセリが言葉を掛ける。


「ミリ様はなぜ、魚を食べてみようと思ったのですか?」


 その言葉にリートは、セリがミリに踏み込み過ぎではないかと不安を感じた。しかしミリは至って普通の表情で「そうですね」と小首を傾げる。


「多分わたくしは皆さんより、魚食への忌避感が少なかったのだろうとは思います」

「そうなのですか?」

「はい。少なくとも両親にも親戚にも、魚を食べてはいけないと言われた事はありません」

「そうなのですか?」

「はい。それにソウサ商会の従業員は、自分が扱う食料品は必ず自分でも食べています。それなのでコーカデス領の干物を扱っていた頃からの従業員には、干物を食べた事のある者もおりますし、ソウサ家の人間もみな食べた事があるだろうと思います」

「え?ソウサ商会では干物も扱っていたのですか?」

「はい。干物も煮干しもコーカデス産の物は少量でしたが、王都の港に来る船員達にコーカデス産の干物を販売した記録も残っています。ただ、わたくしは神殿の信徒ではありませんので、単に食べた事がなかっただけなのですが、それでも最初は口にするのを躊躇いました。レント殿が視察に連れて行ってくれなければ、あの味を知る事は今後もなかったかと思います」

「そうなのですね」


 セリが納得したようだし、リートの雰囲気も和らいでいたので、ミリは干物の話題のまま、レントに確認してみる事にした。


「世間には、タブーとされる事に敢えて挑む人もいますが、そう言う人には非難の声が付き纏います。レント殿?」

「はい、ミリ様」

「神殿では魚は魂の格が低いとされ、魂の格が高い物を食べるべきであり、格の低い物を食す事は避ける様にとされていますよね?」

「はい、ミリ様」

「魚食が広まれば神殿や信徒達の反発が予想されますし、それが領民の不満に結び付く事を忌避する貴族からも責められる事が予想されますよね?」

「はい」

「それもあるので、干物が広がるとしてもタイミングが少しでもズレると、コーカデス領の特産品全体の不買運動等が起こるかも知れませんが、それは織り込み済みなのでしょうか?」

「その様な負の流れは想定していて、対応しようとは思っていますが、逆に信徒達の反発を利用できるかも知れないとは考えています」

「反発を何に利用するのですか?」

「王都には信徒達の暴動の爪痕がまだ残っていますよね?我がコーカデス家も王都邸は再建出来ておりませんし」

「そうですね。焼け跡が残っている様な場所もまだまだあります」

「神殿の信徒への反発や不信感、あるいは嫌悪感を抱いている人もいる筈です。例えば、神殿の信徒達は魚食を嫌っているから凶暴なのだ、などの噂が流れたら、神殿の信徒に反発している人達には、干物への興味を持って貰えるかも知れません」


 ミリもリートもセリも、目が少し大きく開く。そしてミリはくすりと笑った。


「干物の為に人々を分断するのですか?」

「わたくしはコーカデス領の為に出来る事は、何でもする積もりですので」

「その分断が争いの理由になるのでしたら、わたくしは賛成しかねます」


 微笑みを浮かべながら小さく首を傾げてそう言うミリの、その目は笑っていなかった。

 そのミリの様子にリートもセリも、背中に冷たいものを感じる。


「わたくしはソウサ商会でも教育を受けましたので、商人としての考え方もします。争いで儲ける商人もいますけれど、わたくしとは相容れませんので、レント殿がそちらを目指すのでしたら、わたくしは手を引かせて頂きます」


 笑ってない目のミリに戸惑いを感じていたレントは、強い目でそう言い切るミリの態度には却ってホッとした。


「ミリ様?」

「なんでしょうか?」

「もしわたくしが本当に争いに火を点けようとしたら、ミリ様はわたくしの事を妨害なさいますか?」

「もちろんではありませんか。その時にはわたくしは平民かも知れませんが、それでも領主であるレント殿の企みを潰させて頂きます」

「それは何故ですか?」

「何故も何も、争いになれば少なくない人が傷付きます。たかが領地の再興の為に、その様な事を見逃せる筈がないではありませんか」


 たかがと言ったミリに、リートもセリも驚いたが、レントは嬉しくなって笑みを漏らす。

 そのレントの様子を見てミリは、今の言葉はレントに誘導されたのではないかと思い至って、ムッとした。

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