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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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干物推し

「そしてもう一つ、復活させようと考えている特産品があります」


 レントの言葉に、レントの祖父リート・コーカデスと祖母セリ・コーカデスの脳裏には、果物が思い浮かんだ。

 コーカデス領が隆盛を誇っていた頃は、何種類もの果物が領内のあちらこちらで作られており、その内のいくつかはコーカデス家から王家に献上していた事もある。


「果物か?」


 リートの言葉にセリも小さく肯きながらレントを見た。


「いいえ、魚の干物です」

「魚?果物ではないのか?」

「はい」

「魚なんて、買う人がいないでしょう?」

「そうですね」

「いえ、そうですねではなくて」

「確かに過去には魚の干物は特産品だったらしいし、以前も細々(ほそぼそ)とは流通していたが」

「そうなの?でも魚なんて、果物なら社交に使えるけれど」

「そうだな」


 リートとセリが困惑を見せるが、レントはそれに答えずにミリを向いた。


「ミリ様はどう思いますか?」

「そうですね。果樹は残っていないのですか?」

「はい。果実の密造の為に僅かに残っていただけです。どうやら薪にする為に伐採されてしまった様なのです」

「何?果樹を?」

「はい、お祖父様。知っていたら切ったりはしないでしょうから、近くに住み着いた盗賊とかの仕業だったのかも知れません」

「盗賊ですって?」

「今は居ませんから、安心して下さい、お祖母様」

「それなら、良いけれど」

「そうすると、果物を特産品にするとしても、かなりの年月が掛かるだろうな」

「はい。生産者もいなくなりましたので、技術もノウハウも逸失しています。売り物になるまでにどれくらい掛かるか分かりませんし、半端な物を流通させますと、過去のコーカデス産の果実の味を覚えている人は、二度とコーカデス産を買わなくなるでしょう」

「特産品として復活させるのは、味を再現してからか」

「はい、お祖父様。あるいは過去の味を超えた物を作り出せてからですね」

「超えた物を?」

「はい、お祖母様。記憶は美化されますので、同じ美味しさでは落胆されるかも知れません」

「でも、密造のは昔のまま残っているのよね?」

「それが、話によると味は落ちているらしいのです」

「え?どうして?」

「残っていた果樹園で勝手に素人が作っていた様で」

「それだと駄目なの?」

「駄目だろうな」

「はい」


 三人の遣り取りを聞いて、ミリが「なるほど」と肯く。


「わたくしもコーカデス産の果物は有名だったと聞いています。しかしその流通が減ってからはその穴を埋める様に、他領の果物の流通が増えました。そこに割って入る為には高い品質が求められるでしょうし、その為には多くの投資だけではなく、時間も掛かるとレント殿は考えるのですね?」

「はい、ミリ様。それにコーカデス産の果物が高い価格で取引をされたのは、かつてコーカデス侯爵領が隆盛を誇り、人々に憧れを抱かれていた事も理由にあるとわたくしは考えます」

「憧れ?」

「はい、お祖父様」

「確かに娘時代にも、コーカデス侯爵領は憧れられていたわ。リートとの婚約も、さんざん羨ましがられましたし」

「その憧れはコーカデス侯爵領のブランド力になりましたし、そのブランド力と強い結び付きのある果物は、コーカデス子爵領が売り出しても、たとえ同じ味を再現しても、低く評価をされますし、却ってコーカデスの名を落とす事になるかと思っています」


 レントの言葉にリートもセリも言葉を返せなかった。

 ミリはレントの言う通りだとは思っていたが、そのコーカデスを侯爵から伯爵に降爵させたのは目の前のリートだし、その原因が広域事業者特別税の課税によりソウサ商会がコーカデス領から撤退した事なので、それに付いては口を出さずにいた。

 そしてミリは、話を戻させる。


「それで干物なのですか?」

「はい、ミリ様」

「しかし先程セリ殿が言った通り、干物を買う人はいません」

「はい。ですので需要の開拓から必要だと考えています」

「それこそ時間が掛かりますね?」

「はい。それなので干物は次世代の特産品を目指します」

「なるほど。確かに干物を作る為に必要な投資は少ないですし、生産を始めるにも準備期間はそれほど掛かりません。需要を掘り起こしながらでも、無駄は発生しにくいでしょう」

「そうなのです。それに今現在も細々とですが流通しています。ミリ様?王都にまで運べれば、船員達に買って貰えますよね?」

「ええ。その通りですが、需要の掘り起こしとしては弱くはありませんか?コーカデス領から王都までの町や村でも売るのですか?」

「今もコーカデス領の近隣では僅かながらも煮干しの需要がありますので、その辺りを足掛かりには出来ると思いますが、それよりも珍しい物が好きな人の好奇心に訴えたいと考えています」

「上からですか」

「上から?」

「ええ、セリ殿。上位貴族が始めた事は下位貴族にも浸透し易いのではありませんか?」

「え?ええ、そうですわね」

「そして下位貴族が始めた事は、なかなか上位貴族には広まらないそうですね?」

「ええ、確かに。ミリ様の仰る通りです」

「平民でも同じで、有力者が始めるとその支持者達が真似をして流行となり、そして良いものでしたら裾野まで広がって定着します。レント殿はそれを狙っているのですね?」

「ええ。ただしわたくしが狙うのは平民ではなく、貴族ですけれど」

「え?貴族なの?」

「それは、しかし、実現出来るのか?」

「ええ。難しいのは分かっています。実際に上手く行く筋道は、わたくしにもまだ見えません。けれど先程ミリ様が仰った通り、下から上にはなかなか広がらない。平民に流行っても貴族には流行ってはいかないと思うのです。それなので上から、出来たら王族から、流行らせる事を狙おうと思います」

「いや、しかし、王族からなど」

「ソロン王太子殿下と、その様なお話しでもあったの?」

「いいえ、お祖母様」

「魚では、献上するのも憚れるではないか」

「ですが、お祖父様。王族を狙って失敗しても良いのです。干物に関しては失敗しても被害はほとんどありません。しかし成功したら大きな成果となる。わたくしはそう考えています」

「確かに王族に気に入られれば、それはありますけれど」

「魚食など、貧しい民のする事だからな」

「わたくしは薦め方はあると思います」

「え?ミリ様?」

「本当でしょうか?」


 国王にも王妃にも王太子にも気に入られていると言うミリの言葉に、それだけでリートとセリの気持ちは動く。


「人払いをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ミリの潜めた声に意図を感じたセリが、 用意が済んでいながらテーブルの上に資料が広がっている為にお茶を出せないでいた使用人達を下がらせる。

 資料を少し退かせて作った場所にお茶が置かれ、ミリとレントも腰を下ろした。

 ひとくち付けたカップをソーサーに戻して、ミリが話の続きを話し出す。


「これは思い付きなのですが、例えば魚食をすれば妊娠し易いと言われているとか、胎児の成育に良い影響があると言われているですとかの言葉を添えれば、王族の方々にもすんなりと受け入れて頂けるのではないかと思います」

「え?魚食にその様な効果が?」

「あ、いえいえ、例えばです、例えば。その様な効果を持つかどうか、わたくしは確認できてはいません」

「それは王族を謀れと言っているのですか?」

「いいえ。実際にその様な話を作っても良いとは思いますが、その様に王族に受け入れて頂きやすい話を前面に出せれば、レント殿の狙いも上手く行くと思います」

「その様な話を魚で探すのですね?」

「ええ」

「いや、しかし」

「王族に受け入れられる話なんて、魚にあるのかしら?」

「干物は分かりませんが、魚を焼いて食べるのは、骨に良いと言われています」

「え?骨に?」

「そうなのですか?」

「はい。様々な国で言われていますし、言われている事までは本当です。事実として骨に良いかは確かめる事が出来ていませんし、焼き魚を頭から丸ごと食べないと効果がないなどと言う説もありますから」

「いやあ、頭からとか丸ごととか」

「それはちょっと、王族には薦められませんわね」

「しかし小指の先程の小魚を丸ごと、妊娠中に食べる習慣がある地域は多いですから、少なくとも妊婦にも胎児にも悪影響はない筈です。ですから干物を王族に薦めたとしても、それだけでなら罰せられる様な事態にはならないでしょう」

「それだけでなら?」

「他の事が原因で体調を崩したりしたら、魚食の所為にされるかも知れないと言う事ですね?」

「ええ。その可能性はありますね」


 セリとリートが思案している顔を見せているが、ほかの案も話したいレントが纏めに入る。


「取り敢えず、王族への薦め文句はおいおい考えるとして、干物の生産に力を入れる事はリスクが少ない事には賛成して頂けると思います」

「そうね」

「そうだな」


 セリとリートが肯く様子に、レントとミリも肯いた。

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