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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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交際練習の応諾と照れ

 ミリはレントに小さく肯いて見せると、レントと手を繋いだまま、視線をバルとラーラに向けた。


「お父様、お母様」

「ミリ」

「なあに?」


 レントとミリの様子を見て、バルは切なくなっていた。ミリが差し出した手をレントが握っただけでこんなに切なくなるのなら、やっぱりミリは結婚なんてさせられないとバルは思う。

 ラーラはバルの気持ちの揺れを読んで、呆れ半分可笑しさ半分になりながら、ミリに言葉の先を促す様に少し顎を上げてみせた。


「わたくしはレント殿との交際練習もお受けしようと思います」

「え?」


 レントは驚いて、ミリの手を握ったまま立ち上がった。


「よろしいのですか?ミリ様?」

「ええ」

「本当に?」

「はい」


 レントははっと気付いて、ミリの手を握ったままバルとラーラを向いた。


「バル様?ラーラ様?よろしいのでしょうか?」


 なんで両親に確認するのか、ミリはまた少しムッとする。

 バルは肯けない。そのバルの背中に手を当てて、ラーラはレントに肯いてみせた。


「ええ、もちろんよ。ね?バル?」


 バルはラーラに背中を押され、押されて息を吐いたかの様に「ああ」と答えた。


「ありがとうございます!バル様!ラーラ様!」


 なんで両親に感謝しているのか、また少しムッとしたミリにレントが顔を向ける。

 そしてレントは再び片膝を突いた。


「ミリ様が交際練習に費やして下さる時間をわたくしは決して無駄には致しません。必ずや、ミリ様に取っても有意義な経験をして頂きます事を誓います。ミリ様、ありがとうございます」


 そう言ってまた額にミリの手の甲を当てる芝居がかったレントの様子に、その相手をさせられている事が、ミリは恥ずかしくなって来た。

 そして両親の前で恥ずかしい思いをさせられたり、ここまで何度かムッとさせられたレントに、ちょっとした仕返しを思い付く。


「レント殿、よろしくお願い致します」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します、ミリ様」

「ところでレント殿?」

「はい、ミリ様」

「交際練習には約束事がある事を御存知ですか?」

「約束事でしょうか?いくつかあったかと思いますが」

「お互いの呼び名に付いてです」

「呼び名?いいえ。それはどの様な内容ですか?」

「交際練習は交際の練習。そして交際は婚姻後の夫婦の関係性構築をスムーズに行う為の準備を目的とするもの」


 ミリの口にした「夫婦」の単語にバルが腰を浮かし掛けるが、ラーラが隣からそれを抑えた。


「交際練習中は、身分の差に関わらず、お互いを呼び捨てなくてはなりませんよね?」

「え?」


 レントは驚いたけれど、バルとラーラも驚いてお互いの顔を見た。

 バルとラーラは交際練習中からお互いを呼び捨てにしていたけれど、それはお互いを友人としていたからだ。しかし今のミリの話では、夫婦としての予行練習で呼び捨てている事になっている。

 もしかして自分達もそう見られていたのかも?そう思うとバルもラーラも、今更どうしようもないのだけれど、ジリジリと恥ずかしさが込み上げて来た。


「もちろん公の場では、レント殿はコーカデス卿と呼ばせて頂きますけれど、交際練習をするのでしたら、プライベートの場では呼び捨てにしてもよろしいでしょうか?」

「それは、はい。構いません」

「ありがとうございます。そして同じ様にわたくしの事も、ミリと呼び捨てて下さい」

「え?・・・ですが、しかし」


 レントがバルとラーラに視線を向ける。バルは顔を少し蹙め、ラーラは口元を隠して目を細めていた。


「わたくしの名を呼び捨てる事。それが交際練習を始める為のわたくしからの条件です」

「え?」

「この場はプライベートです。今ここで、わたくしの名を呼び捨ててみせて下さい」


 レントは子爵領の領主とはなったけれど、この国では侯爵令嬢のミリの方が格が高い。相手を呼び捨てにするハードルは、ミリよりレントの方が高かった。

 その上この場にはミリの両親がいる。呼び捨てに対してバルは不服がありそうだし、ラーラは面白がっていそうに見えた。その二人の目の前でミリを呼び捨てるのは、やはりレントにはハードルが高くなる。


 ちょっとしたイジワルの積もりが、思った以上にレントに効果がある様で、ミリは結構嬉しくなった。

 ミリにとっては空き地のミリの経験もあるし、呼び捨てにする事にも呼び捨てられる事にもそれほど抵抗がない。しかしミリが先にレントを呼び捨てにしたなら、レントがミリを呼び捨てにし易くなると思い、そんな優しさをみせる積もりはなかった。


「どうしました?」


 その声にレントは顔をミリに向ける。そしてミリが嬉しそうにしているのをレントは感じた。


 そうか。ミリ様はわたくしに呼び捨てにして欲しいのですね、とレントは思った。

 ミリ様に親しい唯一の同世代の子はミリ様の従弟のジゴ・コードナ様で、ミリ様の事をミリ姉上と呼んでいました。同世代の子から呼び捨てられる事などないでしょうし、以前コーカデス領でお忍び視察をした時に、わたくしから呼び捨てにされていた事が、もしかしたらミリ様には嬉しかったのかも知れません。そう言えばミリ様に呼び捨てにされていた時には、親しくなれた気がしてわたくしも嬉しかったですし、尊称を付けた呼び方に戻したら途端に距離を感じて、少し寂しい様な気持ちにもなりました。

 良いでしょう。ミリ様に喜んで頂ける為なら、恥ずかしさなど忘れましょう。


 レントは笑顔を作り、ミリに向けた。レントの様子が急に変わって、ミリは戸惑う。


「ミリ」


 そのレントの声はミリの耳に甘く届き、ミリの頬を染めた。

 その様子にバルが立ち上がるのをラーラは止められずに、顔を逸らせながらも目はミリとレントに向けて、笑いを堪える。そしてバルは立ち上がったものの、言葉が何も出なかった。

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