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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
61/638

61 結婚

 ソウサ家の使用人のメイドと護衛には夜勤もある。

 夜勤明けの使用人の為に、使用人用の浴室は昼でもお湯が使えた。


 ガロンとマイはその浴室に向かっていた。

 広間でのバルとラーラとの結婚の話し合いに参加する様に二人に頼まれ、身支度を調える為だ。



「なんなの」

「ああ」


 疲れ切った口調のマイの言葉に、ガロンが同じく疲れ切って返す。


「あたし達が顔を出しても意味ないのに」

「ああ」

「口出せないし」

「そうだな」

「結婚でも何でも好きにすれば良いのに」

「ああ」

「何が殺したよ」


 マイの言葉にガロンは深く息を()いた。


「いきなり部屋まで来て、人に泣きついて」

「そうだな」

「汚いだ(くさ)いだと言われて」

「言われたのは俺だろう?」

「殺しただなんだ言いたい事言って、結婚しますってなに?」

「ああ」

「いつもそうなんだから」

「昔からだな」

「ガロンがお嬢様を甘やかすからよ」

「そうだな」


 マイは隣を歩くガロンの顔をチラリと見る。


「今日は反論しないの?」

「そうだな」


 マイはガロンの返しに小さく「そう」と返した。

 しばらく無言で並んで歩く。


 マイが「ラーラ」と口にした。


「・・・人を怖がるって言ってたけど、ガロンには抱っこされてたわね」

「マイにはラーラから抱き付いてたじゃないか」

「ガロンもでしょう?」

「そうか。そうだな」


 ガロンはマイの背中に手を当てた。マイは少しガロンに近寄る。


「キロと結婚したんだって」

「ああ」

「あたし達のホントの娘になったって」

「ああ」

「キロとミリの代わりって事?」

「・・・さあな」

「直ぐにバル様と結婚しちゃうのに」

「そうだな」

「浮気者だわ」

「ああ」


 マイは立ち止まり、両手で顔を覆った。


「二人の代わりになんて・・・なれっこない」


 ガロンも立ち止まって、正面からマイの体を抱き締めた。

 マイは両手を引き抜いてガロンの背中に回し、顔をガロンの喉元に付ける。ガロンはマイの頭に手を置いた。


「俺は・・・ラーラが帰って来たのは、嬉しいんだと思う」

「あたしだってそうよ。ラーラが生きてて良かった。でも二人は?無駄死にって事?」

「・・・どうなんだろうな」


 マイの肩から背中をガロンが(さす)る。


「だが、キロとミリが生きてたら、間違いなくラーラとバル様との結婚を喜んだろうな」


 マイは腕に力を入れて、ガロンの肩に顔を押し付ける。

 肩を震わすマイの背中をトントンと、ガロンは繰り返し繰り返し、子供達を寝かし付けた時の様に優しく叩いた。


 しばらくしてマイが、上擦った声で「そうよね」と返す。


「二人に取って、大事な妹の結婚だもんね」

「そうだな」

「血は繋がってなくても、ラーラもあたし達の大切な、娘だもの」

「ああ」


 マイがもう一度顔をガロンに押し付けた。

 ガロンはマイの髪に顔を(うず)め、「そうだな」と呟いた。



 ガロンとマイの部屋にバルと二人で残ったラーラは、ベッドに横になっていた。

 ベッド脇の床に胡坐をかいたバルは、ベッドの上に手を伏せる。ラーラはバルの手の甲に手を重ねた。


「バル」

「なんだい?」

「私、もう一つ罪を犯してるの」

「・・・そうか」


 そう答えるとバルは()いている方の手を動かしそうになり、慌てて自分の動きを抑えた。

 バルはうっかりラーラの頭を撫でる所だった。


「私、バルが好きなの」

「俺もだよ。ラーラが好きだ」

「そうじゃなくて、バルが私を好きって言ってくれるより前から、バルを男性として好きだったの」

「え?」


 バルの思考が白く霞み始める。


「約束を破って、バルを好きになってたの」

「ラーラ?本当に?」

「うん」


 バルの中に情動が(あふ)れる。

 その自分の感情の動きに対して、こう言う時にキスしたくなるのか、とバルは観察結果を心の中で言葉にした。

 キスしたくなるのは当たり前だ。ラーラはこんなに可愛いのだから。

 そう自分の感情を肯定する事で、人の話に共感する様な気持ちに自分の心を持って行く。

 そしてそれは上手くいった。

 キスしたい気持ちはまだバルの中にあるけれど、それを拒否するのではなく、微笑ましく感じながら許す。押さえ込むのではなく、包み込んだ。


「でも、好きにならないなんて約束はしなかったよな?」

「異性の知人としての立場を守るって、あくまで友人としての付き合いだって約束したじゃない」

「う~ん、それをそう言う風にも取ったのか」

「バルはコーカデス様が好きだったし、バルの女好きの噂を知ってたから、私もバルを好きになるわけないって思ってたから、敢えて言わなかったけど。だってそんな事、私を好きにならないで、なんて言ったらなんか、自分がモテ女だと思ってるみたいで言えないでしょ?」

「確かに、俺を好きになるなよ、なんて言えないな」

「ね?」


 二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。


「でも言われても、ラーラを好きになったから、結果は一緒だよ」

「私もバルを好きになったかもね。でも約束を破った事には変わらないわ」


 ラーラの笑みに(にが)みが混ざる。


「それに私がバルを好きにならなかったら、バルも私を好きにならなかったかも知れないよね」

「そんな事はないよ」

「ううん。ゴメンね」

「そんな事ないって」

「ううん。私、バルを好きな自分を許してたの。だからだんだんもっとバルを好きになってた。そしたらバルに好かれたいってやっぱり思うでしょ?」

「俺もラーラを好きになってから、ラーラに俺を好きになって欲しかったよ」

「私がバルに好かれたいって思わなければ、バルは私を好きにならなかったわ」

「いいや。ラーラに嫌われていても、俺はラーラを好きになったさ」

「それは・・・良く分からないけど、でも、こんなにバルを苦しめるほど、バルは私を好きになったりしなかったわ」

「ラーラ。そんな事ないって」

「ううん。だからバル、ゴメンね」


 ラーラの優しく暖かい表情に、バルは新たな危機を感じた。ようやく結婚を納得した筈のラーラが、また何か言い出しそうな予感をバルに与えた。

 だがそれは(じつ)は、バルが考えるのとは異なる種類の危険だった。


「愛してる、バル」


 ラーラのその言葉に、バルの心の中には感情が激しく暴れた。色情も膨れ、ラーラの上に覆い被さる事を求めた。

 そしてバルは、自分の心の外側からそれを観察してもいた。

 バルの一部が心から弾き出されたのか、心の外に新たに生まれたのかは分からないが、外のバルは荒れ狂う自分の心を眺めて、「そうだよな。そうなるよな。嬉しいもんな」と共感を寄せていた。

 バルの体は心の外側が抑制しているので、心の中がどれだけラーラを求めても、ラーラに襲いかかったりせずに済んでいた。

 めでたしめでたしだった。


 バルはラーラの手を握りたくて、ラーラに手を載せられている手の指を開いた。それに気付いたラーラが、バルの指と指の間に自分の指を差し入れる。ラーラが指を折ってバルの手を握る。バルもゆっくりと指を折った。


「ラーラ、愛している」


 自分の言葉でもバルの心は弾けそうになる。

 バルの言葉を聞いてラーラの頬が染まるのを見て、更にバルの感情は激しく波打つ。

 その自分の心の状況への共感を楽しみながら、バルはラーラに微笑んだ。



 ラーラがガロンに()(かか)えられて広間に姿を現したのを見て、皆はとても驚いた。

 ラーラを椅子に座らせると、ガロンとマイはラーラの後に立った。誰かが立ったらラーラが怖がっていた位置だ。

 しかし母親のユーレが近付くと、ラーラは体を(こわ)ばらせた。



 貴族家との離籍と養子縁組は、王宮内の部署に届け出る必要がある。一方、平民の結婚の届け出は城下の役場だ。

 バルの祖父ゴバは王宮に向かったが、その他の人達は城下の役場に向かった。ラーラはバルとガロンとマイと同じ馬車に乗った。役場にはパノも同行していた。


 ゴバもバルの離籍手続きを済ませると、次は役場に向かった。


 神殿での結婚式は挙げない事になった。ラーラが体調を理由に断ったからだ。実際ラーラはガロンに抱き抱えられて移動していた。

 ラーラの傍にバルも付いていたけれど、事情を知らない人達の中には、婚姻はガロンが新郎でバルとメイは付添人だと勘違いする人も当然いた。

 そしてバルはラーラが結婚式を挙げない事を選んだ理由に付いて、キロとの結婚があったから自分との結婚は神に誓えないのだと受け取った。


 婚姻届を出すと次に、バルとラーラは王宮に向かう。

 王宮への同行したのはバルの祖父母のゴバとデドラ、パノ、パノの祖父母のルーゾとピナ、それにガロンとマイだ。

 ラーラの家族のドラン、フェリ、ダン、ユーレ、ワールはソウサ邸に戻る。ヤールは神殿に結婚式のキャンセルをしに向かっていた。


 王宮にはバルの両親とピナの両親も来ていた。

 養子縁組では、バルは自分の本当の両親の養子になり、ラーラはコーハナル侯爵夫妻の養女となった。ラーラはパノの父の義妹で、パノの戸籍上の叔母となる。


 養子手続きが済むと、王宮に集まっていた全員でソウサ邸に向かう。

 ソウサ邸の広間では、身内だけでのバルとラーラの結婚披露宴の用意が進められていた。


 ユーレの強い勧めで、ラーラはウェディングドレスを着る事にする。

 女性達皆の見守る中で、マイがラーラの髪を編んで薄く化粧をして、ユーレとフェリも手伝ってドレスを着た。


 ウェディングドレスを着たラーラは広間までガロンに抱き抱えられて運ばれる。

 ガロンの腕から下りて自分で立つと、体調と疲れとドレスの重さの所為でラーラはふらついた。ガロンの腕につかまりマイにドレスの裾を持って貰って、バルの隣まで進む。バルも礼服に着替え、腰には剣を携えている。

 バルが手の甲を差し出すと、ラーラはガロンの腕を放して、バルの手に自分の手を重ねた。


「ラーラ。とても綺麗だ」


 バルが優しく微笑む。頬を染めながらラーラも微笑みを返した。


「ありがとう。バルもとっても素敵。かっこいいわ」

「ありがとう」


 二人は見詰め合って笑みを深める。

 その様子を皆が見守っていた。


 広間には円形に席が用意されていた。今度はテーブルも置かれているし、男性達にも椅子がある。

 バルとラーラの両隣は両侯爵家の人間が並び、ソウサ家の人間は二人の向かい側に着席した。

 ガロンとマイの席も用意されていたが、二人はラーラの傍に控える事を望んだ。ラーラも二人に傍にいて欲しがった為、ラーラの後に椅子とテーブルが追加で置かれ、ガロンとマイはそこに着席した。



 バルとラーラだけ立ったまま、皆に向かって挨拶をする。


「今日、私とラーラは結婚しました。これも皆様のお力のお陰です。ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 二人揃って頭を下げると、皆が拍手を返した。

 頭を上げてバルはラーラを見る。ラーラはバルを見て、続いて皆に顔を向けた。


「あの、わたくし、皆様に伝えておかなければならない事があります」


 広間がしんと静まる。

 注目されたラーラの喉が鳴った。

 バルは微笑んでラーラを見ている。


「あの、バルさんの事を嫌いとか大嫌いとか言いましたけれど、わたくし、バルさんの事が好きです」


 皆は呆気に取られた。その皆の表情がラーラに焦りをもたらす。


「私、前からバルさんの事が大好きでした。私はバルを愛してます」


 少し早口にそう言ったラーラは顔を真っ赤にした。ラーラしか見ていなくて皆の様子を知らないバルも、嬉しさと照れで赤くなる。


「俺もラーラを愛しているよ」

「はい。あの、それだけです」


 結構な早口でそう言って、ラーラはお辞儀をすると座った。バルもラーラを見たまま座る。座ってもバルは、俯いて赤いままのラーラを見たままだ。

 そして呆気に取られていた皆から笑い声が上がった。

 ラーラとバルが顔を向けると、皆の苦笑する姿が目に入る。

 口々に「知っている」「分かっていた」「本人が自覚する前から気付いていた」などと告げられ、ラーラは更に赤くなった。


 酒や飲み物が供され、ゴバの合図で乾杯をした。

 料理も並べられる。急に決まった宴席であり、珍しい材料などは使われていないが、ソウサ商会の高品質な食材を使い、ソウサ家の料理人が腕を振るった料理が振る舞われた。


 ガロンとマイが元々座るはずだった席もそのままにされ、そこにも料理の皿と酒を()がれた盃が置かれる。

 その座る者のいない席を見て、ここにいて欲しい二人を思い出すのはラーラだけではなかった。



 ラーラはソウサ邸を出る事にした。バルが収入を得られる様になるまでは、コードナ侯爵邸で一緒に暮らす事になる。収入が安定したら、コードナ侯爵邸を出て、二人で暮らす予定だ。

 しかし平民とは言え大商会の娘として育ったラーラが不自由を感じずに暮らすには、それなりの費用が必要になる。そう考えた周りの人達は、二人はコードナ侯爵邸を出て暮らせる様には中々ならないと思っている。

 ラーラとコードナ侯爵家との強い要望で、ガロンとマイはラーラ専属としてコードナ侯爵家に勤める事になった。ガロンとマイもラーラと共にコードナ侯爵邸に向かう事になる。バルとラーラがコードナ侯爵邸を出て暮らす時にも、ガロンとマイの二人を雇って連れて行く事になるだろう。



 その夜、ラーラはガロンとマイの部屋に泊まった。三人並んで一つのベッドに寝る。ラーラは翌日からコードナ侯爵邸で暮らす予定なので、ソウサ家での最後の夜だった。

 新婚初夜だけれど、バルは一緒ではない。

 

 バルはコードナ侯爵家の家族と共に邸に帰った。翌日改めて、ラーラを迎えに来る。

 コードナ侯爵邸では、二人が結婚する事が決まって直ぐに、ラーラを迎える準備が始まっていた。



 パノはソウサ邸から帰る間際に、パノの名を使ってラーラを喚び出した手紙を受け取った。パノの今日の本来の目的だったものだ。

 見せてもらうだけの約束だったが、手紙はコーハナル侯爵家で預かる事になった。


 問題の手紙を手に取ったパノの顔付きは厳しくなり、顔色は悪くなっていった。

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