認め状へのサイン
「ミリの手伝いがレントには必要なのだな?」
レントの祖父リート・コーカデスの問い掛けに、レントは「はい」と肯く。
「コーカデス領の再興には、ミリ様に手伝って頂く事がわたくしには必要です」
そのレントの答えを聞いて、一拍置いて、リートも肯いた。
「そうか。分かった。賛成しよう」
「え?本当でしょうか?」
「ああ、本当だ」
「ありがとうございます、お祖父様」
「うむ」
「お祖母様?お祖母様はミリ様へのプロポーズも賛成して頂けるとして、よろしいですか?それとも」
レントの祖母セリ・コーカデスは「いいえ」と首を左右に小さく振る。
「賛成します。レントからミリへのプロポーズに私は賛成です」
「ありがとうございます、お祖母様。それでしたらこちらにサインを頂けますか?」
レントは紙とペンを取り出して、セリの前に差し出した。
「え?これは?」
「わたくしからミリ様へのプロポーズに賛成する、との内容になっておりますので、承諾のサインを下さい」
セリは驚いたけれど、レントの用意の良さにおかしくなって、ふふっと笑いを漏らしながら、書状に自分の名を記した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、お祖母様」
「いいえ」
「では早速」
レントが席を立ち上がる。
「ミリ様に領地開発の支援をお願いして来ます」
「え?レント?」
「今から行くのか?」
「はい」
「帰って来たばかりじゃないの?」
「そう言えば、旅の汚れさえ落としてないのではないか?」
「今出れば、一日早く王都に着きます。どうせまた汚れますので、このまま出発します」
「待ちなさいレント。リリに手紙を書きますから、それを持って行きなさい」
セリも席を立った。
「お祖母様?叔母上でしたら、王都から領地に向かって来ていますよ?」
「私からリリを手紙で説得してみます。プロポーズに賛成なのが、一人より二人になれば、レントもミリに頼み易くなるでしょう?」
「ありがとうございます、お祖母様」
「直ぐに書いて来ますから、待っていなさい」
「はい」
セリが急いで居室から出て行く。その後ろ姿をリートとレントは見送った。
「レント」
リートがレントに顔を向けて呼び掛けた。
「はい、お祖父様」
「ミリに好意を持っていると言ったが、ミリのどこが気に入ったのだ?」
「ミリ様は非常に努力をなさっていると思います」
「非常に?そうなのか?」
「はい。わたくしは自分が結構な努力を積み重ねている積もりでしたが、ミリ様はわたくしの何倍もの努力をなさっている様に見受けられました」
「いや、確かにレントは頑張っているが、それ以上にか?」
「はい。もしかしたら才能と言う事なのかも知れませんが、一つ一つの事に真剣に向き合って何事も無駄にせずに経験とする。あれは幼い頃より努力を続けていらっしゃったからこそのものだと、わたくしには思えます」
「そうなのか。その努力をレントは気に入ったのだな」
「はい。ミリ様と一緒でしたら、わたくしももう少し頑張れそうな気がするのです。ミリ様と話したりしてももちろんですけれど、ただ隣にいるだけでもエネルギーを分けて頂ける様に感じます」
「そうか」
「はい」
「しかし、レント。ミリがそれほど素晴らしいのなら、ミリからエネルギーを貰えるのはレント、お前だけではないのではないか?」
「・・・はい」
「中にはミリの出自に目を瞑り、ポーズだけではなくて本当に、ミリに求婚する男が現れるかも知れない」
「・・・はい」
「その時お前はどうする?」
「どう?・・・どうとは?」
「領地開発や、あるいは交際練習や偽装婚約までする事が出来たとしたら、多分今よりもっと、ミリへの好意を強めて行くだろう。交流すると言うのはそう言うものだからな」
「・・・はい」
「しかし自分は本当のプロポーズは出来ず、横から割り込んで来た他の男がミリにプロポーズして、バルもそれを認めたりしたらレント、お前はどうする?」
「好意を募らせたまま、自分が何もしないとは思えません。そして色々と対策をして、それでもわたくしが本当のプロポーズを出来なかったり、本当のプロポーズに辿り着いてもミリ様に受け入れられなかったりしたら、その時に改めてどうするのかを考えます」
「・・・先程、卑劣な手段を選ぶと言っていたが」
「それはお祖父様にもお祖母様にも否定されましたので」
「なに?否定されなければ、その手段を講じるかも知れないと言う事か?」
「お祖父様」
「・・・なんだ?」
「わたくしの理想の夫婦像はバル様とラーラ様です。バル様がラーラ様に卑劣な手段など取る筈がありません。ミリ様に好意を持たれる事がなくても、だからと言ってミリ様の人生を壊す積もりはありません」
「先程の言葉とは違うではないか」
「先程のはミリ様が他家に与する場合です。その場合でしたらわたくしはコーカデス領を守る為に戦いますし、必要でしたら卑劣な手段も考慮に入れました。しかしお祖父様とお祖母様に否定されましたので、ミリ様がたとえ敵になっても、その様な方策は選びません」
「・・・そうか」
「はい」
レントはリートに強い目を向けて肯いた。
「お祖父様」
「ああ」
「他の誰かに使っても、ミリ様にだけは卑劣な手などは使いたくありませんでした。それなのでお祖父様とお祖母様に否定して頂いて、実はホッとしていました」
そう言って微笑んだレントに、リートはただ「そうか」と小さな声で返した。
「それを貸しなさい」
リートは先程セリがサインをした書状を指差した。
ほんの一瞬だけ躊躇が生まれたけれど、レントは「はい」と応えて書状をリートに渡す。
「レント」
「はい」
リートはポケットから自分のペンを取り出した。
「私もお前がミリにプロポーズする事に賛成しよう」
「え?お祖父様?本当ですか?」
「ああ」
そう答えてリートは書状に自分の名前を記す。
「ただしレント」
「はい」
リートは書状をレントに差し出しながら、言葉を続けた。
「卑劣な手段を使う使わないに関わらず、ミリを傷付ける様な事はするのではないぞ?」
レントはもう一度強い目をリートに向ける。
「はい」
肯くレントの真面目な表情を見て、リートは微笑みを浮かべた。




