レントの夫婦観
「・・・え?」
レントの祖母セリ・コーカデスが、やっと声を出す。それを切っ掛けに祖父リート・コーカデスも口を開いた。
「好意を?」
「はい」
レントは二人に肯いて返す。
「ミリに抱く好意とは、そう言う好意か?」
「はい。生涯を共にするなら、ミリ様が望ましいと思っています」
「それは、計算などではなくてなのか?」
「領地の利益になるだろうと言う計算はもちろんありますが、それ以上にわたくしはミリ様に好意を感じています」
「いや、しかし」
「分かっています。ミリ様の出自を考えたら、コーカデス家には迎えられないのですよね?」
「レントはどう思っているの?迎えても良いと自分では思うの?」
「はい。もしわたくししかこの世にいないのでしたら、ミリ様には伴侶になって頂きたいと思います」
「それは、ミリの才能が欲しいから?」
「そうですね・・・」
レントは少しだけ首を傾げ、言葉を探した。
「わたくしに取ってお祖父様とお祖母様は・・・お祖父様とお祖母様は御夫婦ですが、わたくしに取ってはお祖父様とお祖母様なのです」
「え?ええ」
「お祖父様とお祖母様に対しては、夫婦のイメージがわたくしには薄いのです。そのわたくしが持つ夫婦像では、バル様とラーラ様が理想になりました」
「え?バルとラーラがだと?」
「はい。お二人はお互いに信用しあっていらっしゃいますし、思い合ってもいらっしゃいます」
「いや、しかし、あの二人は、特殊な形の夫婦だぞ?」
「結婚への経緯はそうなのでしょうけれど、共に人生を過ごす男女としては、とても羨ましくわたくしには思えるのです」
「・・・羨ましく」
「はい。そして自分を振り返ると、理想の夫婦関係を自分も築けるとしたら、それはミリ様相手以外には考えられない様に思えるのです」
「それは、だが、まだ、他の令嬢達との出会いもなにも、レントにはないからではないか?」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。ミリよりもレントに合う令嬢にもきっと出会える」
「そうですね。まあ出会いなど、なくて構わないのですが」
「いや、構うだろう?」
「今のコーカデス領にはミリ様が必要です。再興できるまでは、わたくしには縁談など不要です。跡継ぎが必要なら平民を娶ります。我が家にも我が領にも、わたくしが出会いなどしている余裕はありません」
レントの言葉にリートはなんと返したら良いか思い浮かばない。
「初めに言いました通り、わたくしは一日でも早くコーカデス領を再興したいのです。その為には余計な事など一切したくはありません」
「伴侶となる女性との出会いなのだから、余計な事などではないだろう?」
「知らない令嬢との一からの出会いも、交流を通してのお互いへの理解も信頼を高め合っていく事も、その結果が跡継ぎを生す事だけでしたら、無駄でしかありません」
「いいや、跡継ぎをって、無駄などでは」
「いいえ。交流には満足な時間を掛けられない事が分かっているのです。婚約などしたら、お相手には申し訳がありません」
「いや、しかし、さすがに平民を妻にするのは、レントはその誰だかを思ってはいないのだろう?」
「好意でしたら持ってはいません」
「それならば、普通に貴族の令嬢との縁談を調えて、普通に妻にすべきなのではないのか?」
「好意がないから選べるのです。わたくしに婚約者が出来たとして、わたくしはその婚約者と過ごすより、その何倍もの時間をミリ様と過ごす事になります。それに文句も言わないでいてくれる相手と言うのは、つまりわたくしに婚約者としての役目や、あるいは夫に対しての期待などは抱かない筈です。まあ、政略での結婚でしたら、それで良いのかも知れませんが、わたくしの婚約者が万が一ミリ様を恨んで、領地再興の邪魔をされたりしても困ります」
リートは言葉に詰まった。そこをレントが畳み掛ける。
「本当でしたらわたくしは、今すぐミリ様にプロポーズをしたい。それは領地再興のための打算も含みますが、少しでも早くミリ様と会話をしたい。ミリ様に早く会いたい。ですがそれが許されないのは分かっています。でもそれでもわたくしはミリ様を独り占めしたい」
レントの瞳が熱を帯びる。
「お祖父様もお祖母様も、プロポーズに賛成など出来ないのは分かります。理解しています。しかしミリ様に領地開発の支援をして頂く事は賛成して下さい。取り敢えず今はそれだけを持って、ミリ様やバル様と交渉して来ます」
「それ、約束はしていないの?」
「はい。バル様とラーラ様には、ミリ様に交際練習の申し込みをして良いと言う許可を頂いただけです。ミリ様には交際練習を申し込むのなら、ミリ様へのプロポーズをお祖父様とお祖母様と叔母上に賛成して頂く事を条件にされただけです」
「それ、リリのこの書状の条件では、満たせていないじゃない」
「ですから領地開発の支援だけを先ずはミリ様にお願いするのではありませんか」
「それで足りるの?」
「足りません。しかし領地の為に何もしない訳にはいきませんし、お祖父様とお祖母様と叔母上の説得を優先していたら、ミリ様は他家に取られてしまいます。それは何としても避けたいのです」
「このリリの書状、レントへの禁止しか書かれていないわ。レントへの許可が書かれていないじゃない」
「そうですね」
「リリはレントに禁止するだけ禁止して、どうする積もりなの?」
「どう・・・どうとは?」
「リリはレントを助けない積もりなの?」
「叔母上にはわたくしの後見人をして頂きますし、わたくしが領地に不在の時には領主代理をして頂きますけれど?」
「そうではなくて、レントが領地の為に頑張る事を手伝わないの?」
「手伝って頂ける約束はして頂きましたが?」
「どの様な事を?」
「あ、いえ、具体的な事は何も」
「自分は何もしないで、レントに禁止だけしたと言うの?」
目を細め、リリを責める様な口調を使うセリに、リートもレントも驚きを感じていた。




