06 観劇
劇の幕間の休憩時間にお茶とケーキが出され、バルとラーラはそれを味わっていた。
ケーキはバルお薦めの逸品だ。学院のカフェの逸品と甲乙付けがたい。
コードナ侯爵家が手配したボックス席では、二人の椅子はしっかりと離されて置かれている。コードナ侯爵家の護衛女性とソウサ家のメイドも後に控えている。
休憩中は室内の灯りを点けたので、一般席からは知人としての距離で会話する二人の姿が良く見えた。
「観劇は良くするのか?」
「そうでもありません」
「もしかして、それほど好きではなかった?」
「いいえ、機会がなかっただけです。今日の事もとても楽しみにしていたんですよ?」
「そうなのか。それは良かった」
「バルは良く劇を見に来るのですか?」
「最近は全然だな」
「コーカデス様を誘ったりはしないのですか?」
「以前は良く一緒に行ったな。子供向けのコメディとかだったけれど。最近はリリが見たがるのが乙女オトメした舞台だからな」
「乙女オトメ」
「ああ。俺は内容に興味を持てないし、リリも感想とかを語り合うのは女子同士が良いみたいだし」
「それはありますね」
「ラーラもそう言うのが良かったか?」
「私はそうでもないですけれど」
「今はそう言っていても、あと数年したらどうだろうな」
「もしかして子供扱いされている?」
「そんな事はないさ。今日の劇だって大人向きだろ?」
「確かに前半の伏線の多さは、大人向けかも知れません。あとオマージュも子供には分からないかも」
「え?そう?」
「そうじゃないですか?この劇の元になった実話では、傍観者役の人が有名な時計職人ですよね?」
「え?それだからモノローグにカチコチと音が入るのか?」
「それもありますが、場面展開の時にボーンと時計が鳴る時がありますよね?きっとあれが後半の話に繋がるんだと思うんです」
「なるほどな」
「それでカチコチと鳴る音やボーンと鳴る音は、その時計職人の残した有名な時計の音を使っているのではないかと、私は睨んでいるんですよ」
「え?本人の作った時計が話に絡んで来るのか?」
「シナリオ次第とは思いますが、どうでしょう?実話に沿って進むなら、この話の時にはまだ傍観者は時計職人ではありませんから」
「え?それならなんで有名な時計を使うんだ?」
「だからオマージュなんじゃないですか。きっと時計職人が作った時計や職人自身をとても好きな人が、劇の関係者にいるんですよ」
「それは考え過ぎなんじゃ?」
「そうかも知れません。たまたま同じ様な音を出す時計を使っているのかも知れません。でもわざわざ本物を用意して使っていたら、凄いじゃないですか?わくわくします」
「そう言う見方もあるんだな」
「あ、ごめんなさい。妄想を長々と語ってしまって」
「いいや、新鮮な意見で面白かった。時計職人の話なんて、どこで知ったんだ?」
「それは本で読んで知っていたんです」
「有名な時計って言うのも?」
「旅に付いて行った時にとても綺麗な音の時計があって、訊いたら有名な時計なのだと持ち主の方が説明してくれて知りました」
「旅に付いて行く?」
「はい。ソウサ商会で商品を運ぶ時に付いて行って、国内を色々と回りました」
「それは楽しそうだな」
「はい。時計の話の様に、本で知った人や物に所縁のある話を偶然旅先で聞いたり、逆に訪れた事がある場所が話の舞台になっていたり、それらに気が付いた時はとても驚きますし感動します」
「そうなのか。俺も本を読んで見ようかな」
「全然読まないのでしたよね?」
「自分からは全然。お薦めってある?」
「どうでしょう?バルの事をまだ何も知らないから、難しいです」
「でも知り合いに勧められたのは、中々最後まで読み切れなかったぞ?俺の事、良く知っている筈なのに」
「それなら私はなおさらじゃないですか。今日見ているこの劇はどうですか?」
「うん。面白いと思ったよ」
「この系統なら良い感じなんですね」
「どうだろう?実は前半、余り面白く感じなくて、ラーラも退屈なら劇場を出ようかと思ってたんだ」
「え?スミマセン。私が面白がったからですね。それなら出ましょうよ」
「え?なんで?」
「興味がないのにここにいても、バルの時間の無駄じゃないですか?」
「いや、だから面白いって。ラーラの話を聞いて、後半にも興味が湧いたんだ」
「本当ですか?」
「ホントホント」
「こう言う事って無理して気を使われると後が辛いんですけれど?」
「そうだな。分かるよ。だからホントだよ。でも出来たら劇の最中に話し掛けても良いかな?分からない所を解説して欲しいんだ」
「それはもう、喜んで」
「そう。嬉しいよ」
「でもそれなら何故、デートにこの劇を選んだんですか?興味があった劇の席が取れなかったとか?」
「姉に勧められたんだ」
「お姉様はバルがこの劇を好きになりそうだって気付いていたって事ですね?」
「いや、どうだろう?相手の事を良く知らない内は観劇がお薦めだと言われたけれど、俺は劇の最中は相手と話さなくても時間が過ぎてくれるからだと思っていたし」
「それは酷くありません?お相手に失礼な気がします。今日の私は良いですけれど」
「仲良くなるまでは、話す事がなくなる時があるじゃないか」
「う~ん、逆に、相手が興味のなかった話を長々としてしまう事ならあります。仲良くなれば相手が興味を持っているものも分かりますけれど、さっきもバルに対してその流れでしたし」
「もしかしたら、今日の観劇とか先日の港町のそぞろ歩きとか、相手の事を理解するのには良いのかもな」
「確かにそうですね。相手が何に注目するのかとか、何を好むのかとか、割と簡単に情報が手に入りますね」
「言い方」
「え?なんか変ですか?」
「相手の情報が手に入るなんて、いかにも商人って感じの言い方で、はは、おかしかった」
「そうですか?う~ん、少し伏せて、相手を知りたい時に助かる、くらいにしましょうか?」
「その方が印象が柔らかいな」
「では、今日の観劇でバルの事を少し知れた気がします。これでどうですか?」
「良いね。俺もその言い回し、使わせて貰おう。俺もラーラの事を少し知れた気がするから」
「やっぱり、この交際練習って当たりだったかも知れません」
「俺もそう思うし、ラーラにそう思って貰えるのも嬉しいや」
「私も嬉しいです」
二人は作ったのではない微笑みを見せ合った。
「さあ、ケーキを放置してしまっているから、食べてしまおうか」
「はい」
「その後まだ時間があったら後半が始まる前に、劇の内容に付いていくつか教えてくれ」
「分かりました。味わいながらさっさと食べますね」
「出来るのか?さっさと味わうなんて」
「もちろん。バルもさっさと味わって下さい」
「分かったよ。挑戦してみるよ」
二人は笑顔を交わすと、視線を落としてケーキの残りに集中した。
コードナ侯爵家の護衛女性はさすがにバルとラーラの遣り取りに慣れて、しっかりと周囲の警戒を行っている。
ソウサ家のメイドはボックス席での会話の中から、甘酸っぱい部分を拾い集めるのに集中していた。