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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
596/652

喜んで

「父親の分からないミリに、縁談なんて・・・あり得ないでしょう?」

「その通りだ」

「ミリは貴族の血を引いていないのよ?」

「しかも犯罪者の血を引いているのだぞ?」


 絞り出す様に、レントの祖母セリ・コーカデスと祖父リート・コーカデスが口にする。


「そうよね?縁談など申し込んで、その気になられたらどうするの?あり得ないわ」

「ああ、あり得ない」


 首を左右に振るセリと、縦に振るリート。レントは「いいえ」と首を左右に振った。


「そこはバル様が、ミリ様を嫁には出さないと言っていますから」

「いや、だが、しかし」


 娘を嫁に出さないと言った覚えが自分にもあるリートは言い淀む。娘のリリが結婚していない事も頭を(よぎ)る。

 セリはそんなリートをちらりと見てから、レントに視線を戻した。


「婿を取るかも知れないじゃない?ミリには兄弟がいないのでしょう?」

「ああ、そうだな。確かに婿を取るかも知れん」

「今回、バル様とは直接話をして来ましたが、嫁に出さないだけではなく、ミリ様を結婚させない意思はとても固そうです」

「・・・それって」

「まさか・・・」


 セリとリートの脳裏に、バルとミリの悍ましい噂が浮かぶ。

 レントが「ええ」と肯くと、二人の肩には力が入った。


「バル様はとてもミリ様を可愛がっていると感じました。ミリ様が一人で生きていける様にとかなりの財産を残している様ですので、バル様は本気でミリ様を結婚させない積もりなのでしょう」


 レントの答えがいかがわしい話には触れなかったので、セリもリートも肩の力を少し抜く。


「そしてバル様の本気具合は、少し調べれば誰にでも分かる筈なのです」


 レントの話が逸れていく様な気がして、リートもセリも僅かに首を傾げた。


「つまり、ミリ様の力を必要とする貴族家があれば、ミリ様に縁談を持ち掛け、ミリ様を囲い込み、自領の開発にミリ様を巻き込むでしょう」


 レントはテーブルの上に両手を突いて、体を前に乗り出させる。


「そうしたら、その領が発展するのとは逆に、他領は発展の速度を落とすか、あるいは困窮に向かうかする筈です」

「いや、なぜそうなるのだ?」

「ミリが誰かと婚約しただけで、そうなる筈なんてないじゃないの?」

「いいえ、そうなります。何故ならミリ様との縁談を持ち掛ける様な貴族家は、ミリ様の出自の問題に目を瞑る必要があるほど、既に困窮している筈です」


 出自の問題があるとは言え、ミリは戸籍上はバルの実子であり、コーカデス侯爵家の一員である。建前上は、婚約者としては良い相手だと言えた。


「確かにそうだけれど」

「書類上でなら、何の瑕疵もないからな」

「その通りです」


 レントは深く肯いて、セリとリートの言葉を肯定する。レントが二人に言わせた言葉なのだからレントが同意するのは当たり前ではあるけれど、レントはそれを流さずに、しっかりと肯定してみせた。


「そしてこの国で、いま一番困窮しているのは、我がコーカデス領ではありませんか?」


 これもセリもリートも肯くしかない。


「そう、ね」

「そう、だろうな」


 実際にはレントはコーカデス領の現状に付いて、他領との比較をしたりはしていなかった。しかし短期間に侯爵家から子爵家に落ちたのだ。

 権勢を誇っていたコーカデス侯爵家の事をつい最近の事として覚えているリートとセリの心の中には、年々財政が縮小して行く中で育った自分が細かく説明するよりは、はっきりとした没落のイメージがある筈だとレントは思っている。


「そして他領にミリ様を囲われてしまえば、我が領の困窮は更に極まります」

「いや、だが」

「その様な事には」

「なります」

「でも、レント?」

「我が家にはレントがいるではないか?」

「そうよ。レントならミリにだって、負けたりはしないでしょう?」


 レントは正直なところ、領地開発ではミリに勝てる気がしていなかった。

 ミリとの対話を通してレントは、自分は社交を通しての派閥形成の様な駆け引きの方に向いていて、純粋な領地の開発や経営ではミリより劣ると感じていた。

 しかしミリには勝てないと素直に答えたら、多分リートとセリの説得は失敗するだろうとレントには思えた。ミリに勝てないと言った瞬間に、二人のプライドを傷付けて、ミリへの反発が強まる筈だ。


「同じ条件なら分かりませんが、ミリ様がコーカデス領よりマシな経済状態の領地のコンサルタントをするのなら、かなり汚い手を使わなければ勝てないかも知れません」

「汚い手?」

「汚職とかか?」


 セリもリートも眉を顰める。それに対してレントは「いいえ」と首を振った。贈賄する様なゆとりはコーカデス家にはない。


「ミリ様を貶める様な手です」

「待て!レント!」

「あなたがその様な事をしたら、ラーラの誘拐も蒸し返されるわ!」

「その通りだ!やっていない事まで我が家の所為にされるぞ?」

「攻撃して来るのは、ミリが手助けする家ではないのよ?」

「その通りだ。コードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も、ここぞとばかりに我が家を責めるぞ?」

「両陛下や王太子殿下に対しても、悪印象を与えるわ」

「そうですよね」


 レントは力なくそう返し、項垂れる様に顔を伏せた。それはレントの狙った通りのリートとセリの反応に、笑いそうになってしまったのを誤魔化す為だ。


「ですがこのままミリ様が他家に囲われれば、我が領が困窮するのは火を見るよりも明らかです」


 顔を伏せたままのレントが、笑わない様にそう言った声は少し震えていた。


「・・・レント」

「レント・・・」


 リートとセリの声に自分への心配を感じ取り、レントは胸に微かな痛みを覚える。

 わたくしを育ててくれたお祖父様とお祖母様、それに叔母上にも心配を掛けるのは心苦しいのですが、領地を確実に再興する為にはどうしても、ミリ様の手助けが欲しいのです。その為にはわたくしは喜んで、心を鬼にして、お祖父様とお祖母様と叔母上に、ミリ様を向かい入れて頂く為の策を練りましょう。

 その様に考えながら、リートとセリが間もなく説得出来そうな手応えに、レントはかなり喜んでいた。

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