新規事業の提案
パノが医師になる為の留学を決意した話を聞いた翌朝、ミリは朝食の席でその話をバルとラーラにした。
「パノが女医になる為に留学してしまうの?」
「ミリはパノが留学をする事を知っていたのかい?」
「そうよね?一昨日ミリの留学が話題になった時にも、パノに付いて行くのかとか言っていたものね」
「そうか。そう言えばそうだ。確かに言っていたね」
「もしかしてミリも、医者になりたいの?」
「パノと一緒に留学をしたいのかい?」
「いいえ。やってみたくも思いますが、それではなくて、その話に絡んで事業を思いつきました」
「事業?」
「留学に関しての?」
「はい。資料を作りましたので、お父様とお母様に見て頂きたいのです」
ミリはパノの話を聞いて直ぐに、バルとラーラへの説明資料を作り出していた。
「今日の夕方とか、お時間を頂けませんか?」
「私は構わないけれど、バルは?」
「ああ、私も構わないが、ミリ?その資料はもう出来ているんだね?」
「はい。持って来ています」
「それなら今から話を聞こうか。どうだいラーラ?」
「私は構わないけれど、バル?仕事は?」
「遅れていくよ。このまま行ってもミリの話が気になって、仕事に集中出来そうにないからね」
「ごめんなさい、お父様」
「いいや、気になるのは私だから、ミリの所為ではないよ。それより今からでもミリも良いかい?」
「はい、大丈夫です」
「それでは、居室で話を聞こうか」
「そうね」
「はい。よろしくお願いします」
居室に移ってバルとラーラに資料を渡し、ミリは事業案を説明する。
「医者になる為の留学をサポートするのか」
「はい」
「留学だけでもお金はかなり掛かるわよね」
「そうですね。何年も掛かる事になりますので、ホテルに宿泊などではなく、留学先に家を買おうと思います」
「それで使用人も住まわせるのか」
「はい」
「でも、女医になりたいって人、そんなに続くかしら?これって何人も継続する事を前提とした案よね?」
「医師になりたい女性を優先しますが、男性でも良いと思っています」
「いや、男性なら、わざわざ留学をしなくても、国内で医者になれるじゃないか」
「そうですが、この事業のポイントは、医者になる為に掛かった費用を立て替えておいて、晴れて医者になれたら返済して貰うところです。優秀だけれど経済的理由で医者になる事を目指せない人を対象にするのです」
「それは分かるけれど、でもバルが言う通り、それも国内でも良いのではないの?」
「この国では、医師に弟子入り出来るのは、それなりの良家の子供だけです。まずそこが狭き門になっています」
「まあ確かに、誰でも弟子入りさせたりは出来ないけれど」
「でもそれって、よその国でも同じなのではないの?」
「いいえ。医師になる為の学校がある国があるではないですか」
「そうなのか?」
「そうね。聞いた事はあるわ。でも、入学するのには試験があって、とても難しいと聞いているけれど?」
「はい。ですのでその試験に合格するレベルの人を集めて、送り出すのです」
「言葉も違うわよ?」
「留学先の言語や文化も、予め覚えて貰う必要はありますね」
「それって、もの凄くハードルが高いのではないかい?」
「正直なところは分かりませんが、お父様とお母様の許可を頂けたなら、実際に過去に出題された入試問題を取り寄せて、どの程度の学力が必要なのか、確認しようとは思っています」
「その確認くらいなら構わないよ。ねえ?」
「ええ。でも、気になる事が二点。一つは送った人が医師になれなかった場合、費用はどうやって回収するの?」
「医師になれなくても医療の知識が身に付いているのなら、治療院で働いて返して貰います」
「その治療院と言うのは、これ?」
ラーラが資料の中の一枚を指差した。
「はい。医師女性を揃えた女性向けの治療院です」
「男の場合はどうするんだい?」
「診察以外にも治療院には仕事がありますから。医師資格を取った男性向けとして、別の治療院を建てても良いですし」
「なるほどね」
「もう一つは既存の治療院と競合する事ね」
「はい。そこは協力してくれる治療院を予め探します」
「どうやって?」
「留学先に用意する家や雇う使用人は、学ぶ人が居なくても費用が掛かり続けます。それですので空いている期間には、この国の治療院から医学の研修を受ける為にその国に人を派遣して、その家に住んで貰おうと思います」
「研修?よその国で?」
「はい」
「わざわざ、よその国に行くかな?」
「国によって治療方法などが違いますし、新たな治療法が開発される事があります。治療院の資料の中には、他国の書物も少なくありません。取り寄せているのだそうです」
「そうなの?」
「はい。そして新たな治療法はこの国でも開発されています。この国からの研修者を受け入れて貰い、その国からの研修者をこの国でも受け入れられれば、お互いの国の為になると思います」
「う~ん、なるほどね」
「問題は、それらを含めて費用がちゃんと回収出来るのかどうかね」
「いや、だけど、ミリの考えは立派じゃないか」
「立派ではあるとは思うけれど、ミリはこれを事業として提案しているのよ?利益を出せると思っているのよね?」
「はい。女性は具合が悪くても、医者に罹る事を敬遠しがちです」
「貴族の女性は特によね」
「はい。ですが女性の医師が診察する治療院で診て貰えば、病気が長引いたり悪化したりする事なく直ぐに治ると知れ渡れば、今まで治療院を利用しなかった人も利用すると思うのです」
「顧客を開拓する訳ね」
「はい。需要はある筈ですので」
「しかし、今まで利用していなかった人が、治療費を出すかい?」
「ベッドに臥せっている期間は収入が得られないならば、早く病気を治して働きたいと考える人もいる筈です」
「そうね。体調が悪いまま非効率に働くより、私なら調子を戻して効率良く働く事を選ぶわ」
「そうか。なるほどね。貴族の場合は不調は人に知られると弱味になるから、人知れず直せるなら医師を喚ぶか」
「はい。貴族の男性は今でもそうだと思いますが、貴族の女性はそうではありません。しかし女性の医師がいるのでしたら、変わると思うのです」
「そうね」
「そうだな」
バルとラーラはミリに向けて肯いた後、お互いを見て肯く。
「分かったよ。事業化に向けて、調査や検討を進めてご覧」
「ちゃんと利益が出せるなら、私とお父様も出資をするから」
「ありがとうございます」
ミリは一旦頭を下げて、顔を上げてバルとラーラに笑みを向けた。




