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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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パノが目指すもの

 ディリオの部屋で、寝ているディリオを眺めながら、ミリとパノはお茶を飲んでいた。

 今日のディリオの可愛らしさに付いてのミリの言葉が一段落したところで、パノが口を開く。


「昨日、リリ・コーカデス殿に会ったのでしょう?」

「はい」

「・・・元気だった?」


 パノに問われてミリは、リリの様子を思い浮かべる。

 少し痩せ気味ではあったし、血色もあまり良くはない。髪も毛先が少しパサついていた様に思える。

 しかし立ったり座ったりに貧血の様な様子は見られなかったから、もしかして緊張が血行に影響していたのかも知れない。バルとラーラに最後に会った時はコーカデス家は侯爵家だったけれど、再開した昨日のリリは子爵令嬢だ。少なからず緊張はしていただろう。

 立ったり座ったりもそうだけれど、歩く事にも何ら異常は感じられなかった。立った姿も座った姿勢もしっかりしていて、体に不具合を抱えているとは思えない。

 呼気も体臭も不調を感じさせるものはなかったので、少なくとも大きな病気には罹っていないだろう。

 しかし、とミリは思う。元気だったかを聞く時に、パノの頭の中ではパノのイメージするリリとの比較で、元気かどうかを尋ねている筈だ。けれどもミリはリリとは初対面だった。昔話でリリの事が誰かの口に上る事もあったけれど、健康面を細かく推測できる様なエピソードは聞いた覚えがミリにはない。

 もっともコーカデス領から王都まで馬車で旅をして来たのだ。問題があればそもそも旅をしないだろうし、その疲れも感じさせないのなら健康だと言っても構わないかも知れない。


「はい」


 色々と考えたけれど、ミリはただそう答えた。


「そう」


 パノは小さくてそう返してミリに微笑みを見せ、カップに手を伸ばす。そしてカップの柄に触れながらカップは持ち上げずに、微笑みを消して中に残っているお茶をしばらく眺めていた。



「ミリ?」

「はい、パノ姉様」


 パノは顔を上げてミリを見る。


「遊学しようと思っている話をしたじゃない?」

「・・・はい」


 ミリは、あれ?と思いながら肯いた。リリの話しが続くのかと思っていたので、ミリはそれへの繋がりを考える。


「あの話をした時は、ただ他の国を回って、色々と見聞きをして来る積もりだったの」

「え?」


 パノの言葉の「来る」と「だった」からミリは、パノが帰って来ない可能性を思い付く。

 ミリが少し驚いた顔をしている理由が分からなくて、パノは小首を傾げたけれど、そのまま話を続けた。


「でもね、そんな漫然とした旅をするのではなくて、目標を立てて留学をしようと思って」

「そうなのですね」


 パノがちゃんと帰国しそうな事に安心して、ミリは笑みを浮かべる。


「どの様な目標なのですか?」

「私、医者になろうと思うの」


 この国の医師は男性だけだ。

 医師になるのに試験はないし資格もいらない。医師を名乗り、治療を行えば医師になれる。

 しかし病気の人達を騙して金を奪う詐欺師もいる為、病に罹った人達が頼るのは実績や名のある医師か、それらがある医師の元で修行をして一人前と認められた医師だ。

 徒弟制に基づいた信用が職業としての医師には必要なのだが、女性を弟子にとる医師はこの国にはいなかった。


「この国には女性の医師がいないでしょう?ミリも治療院では下働きで、見習いの立場ではないわよね?」

「はい」

「でも、女性の医師が禁止されている訳ではないし、それに相手が医者だとしても、男性に肌を見せるのは抵抗がある女性は多いでしょう?」

「そうですね。貴族の女性達は、治療を受けずに我慢していると思います」

「それか効果の分からない、まじないの様なものに頼るかよね?」

「中には理に適ったものもありますが万能ではありませんし、診断自体を素人が行いますから誤診に拠って悪化する事もあります」

「そうよね。それにミリもラーラも馬に乗るでしょう?」

「え?はい」


 唐突な問い掛けに、ミリの思考は一瞬だけ止まった。肯定して肯いたのは脊髄反射に近い。


「木登りしたりも私は出来ない。体を動かすのはダンスか散歩。ミリは剣も水泳もするわよね?」

「あ、はい」

「それ、私にはとても羨ましいの」

「そう、ですか」


 話しがどこに進むのか、ミリには全く見えなかった。


「剣を振るのはともかく、貴族の女性が乗馬さえしないのは、怪我をしない様にでしょう?」

「はしたないとかではなく?」


 町娘のミリの時に、貴族のミリが乗馬をするなんてはしたない、との声を聞いた事がある。その時は、自分は将来平民になるから構わないのだと思い、ミリは気にしていなかった。


「どれもはしたないとは言われるかも知れないけれど、そもそもは怪我をしたら男性の医者に肌を見せる事になるし、体に傷が残れば嫁ぐ時に問題視されるからだと思うのよ」


 パノにそう言われれば、ミリもその様な気がして来る。


「怪我をする危険を避ける為に、それらをはしたないと言う事にしたと言う事ですか」

「ええ。だって、ミリが馬に乗ったり剣を振ったりするのは格好いいし、見ていると私もやりたくなるわ。でも、いざ怪我をしたりしたらと考えると、やはり諦めるしかないの」

「・・・そうですね」


 他の方法も思い付いたけれど、実現は難しいと思ってミリはパノの言葉に肯いた。


「もちろん、健康に関わらない怪我なんて、気にしない風潮に出来れば良いとは思うけれどね?」

「そうですね」


 パノが同じ様な事を考えていたので、ミリは微笑みをパノに向ける。けれどパノも無理だと思っている事が分かって、ミリの表情には少し陰が差していた。


「女性の医師がいる国もあるでしょう?」

「はい」

「私が医師としての修行を終えて帰って来て、チリンさんやコーハナル侯爵家が後ろ盾になってくれれば信用面も問題がないし、女性の弟子を取る事で医師女性も増やせると思うの」

「そうですね」

「それにソウサ商会の護衛女性みたいに、結婚や出産で職を離れても、また戻っても来られそうでしょう?」

「本当ですね。確かにそうです」


 ミリの表情が明るくなったのを見て、パノはまた微笑む。


「もしかしたらミリが留学して、医師として戻って来る未来もあったかも知れないけれど、それを待たずに私が自分でやってみようと思って」


 そう告げるパノの姿に、自分の中に何か熱いものが込み上げる事をミリは感じていた。

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