いつもと少し違う朝の遣り取り
コードナ邸に着いてミリは、朝の鍛錬を熟した。
しかし少し寝不足気味なので、一緒に鍛錬する護衛達に動きに精彩がないと指摘されてしまう。
教官の指示もあって、ミリは護身術を軽めのメニューで訓練し、ストレッチを多目に行った。
汗を流して着替えたら、ミリは食堂に向かう。
するといつもならミリより先に食堂に来ているバルとラーラが、まだ来ていなかった。何でも二人とも寝坊をしたらしい。
大分待つとやっとバルが来て、バルの指示で、ラーラを待たずにミリとバルの二人で朝食を食べ始める。ラーラも起きてはいるけれど、まだ朝の支度が済んでいないとの事だった。
「お母様とは昨夜は遅くまで話をしてしまったんだ」
バルの言い訳にミリは肯いて返す。
「そうなのですね。私も昨夜はなかなか寝付けなかったですし、夜中にも何度か目を覚ましてしまったので、今も少し眠いです」
「そうか。昨日のリリ殿とレント殿との会話の所為で、ミリは興奮してしまったんだね」
興奮したと決め付けられて、ミリは反論しようとしたけれど、では何故寝付けなかったのか他の言い訳が思い浮かばなくて、バルに微笑みを向けて「はい」とは言わずに誤魔化した。
「お父様とお母様も昨日の話を元に、話し合いをなさっていたのですか?」
「半分は、そうだね」
あまりはっきりしない返事が、いつものバルとは違っている様にミリには思える。もしかしたらお父様も寝不足で、あまり頭が回ってないのかしら?
「もう半分は、何に付いてなのですか?」
「昔の事とか、これからの事とか、まあ、今の事とかもか」
バルの答えは要領を得ない。
本当の事を言っているのかも知れないけれど、内容が全く伝わって来ない事に、ミリは内心呆れてしまう。もちろんそれをバルに気付かれない様にと、表情に出したりはしていないけれど。
「お父様とお母様が色々と話し合われていらっしゃるのは、お二人の仲が良い証しの様で嬉しいです」
「うふんっふん」
ミリのその言葉にバルは咳き込んだ。
「大丈夫ですか?お父様?」
ミリが椅子から立ち上がろうとするけれど、バルは咳き込み続けながらそれを手で制す。
使用人が渡したハンドタオルを口に当てて思いっ切り咳をする事で、バルは喉の違和感を取り除けた。
「大丈夫だ。もう平気だよ」
「良かったです」
「私はそろそろ時間だから行くけれど」
「あ、はい」
バルがナプキンを外して食事を終えようとするのを見て、ミリも食事を終えようとする。それをバルはまた手で制した。
「いや、ミリはまだ食べていなさい。お母様ももう直ぐ来ると思うから」
「はい。分かりました」
そう応えてミリは手を止めて、バルが出掛けるのを見送ろうとする。
「見送りはいいよ?そのままで」
バルは席から立ち上がり、ミリの隣に立った。髪形が崩れない様に、バルはミリの頭にそっと手を置く。そのバルの手の動きに誘われる様に、ミリは顔を上げてバルを見上げた。
「では、行って来ます」
「行ってらっしゃいませ、お父様」
ミリに見送られて食堂を出ようとしたところで、バルはラーラと擦れ違う。
二人が手を取り合って、バルが出掛ける為の挨拶を交わす様子に、ミリは普段とは違う何かを感じた。でもそれが何なのかは、ミリには分からない。
「おはよう、ミリ」
そう挨拶するラーラは、いつもの様に思える。
「おはようございます、お母様」
「待っていてくれたの?」
「いえ、食べ始めていました」
「お父様のお相手をしてくれていたのね?ありがとう」
「いいえ」
ラーラも席に着いて、朝食を食べ始める。
食べ終わってミリがコーハナル侯爵邸に向かうのをラーラが見送るところまで、ミリには普段通りのラーラに思えた。バルに感じた違和感が、ラーラからは感じられなかった。
コーハナル侯爵邸に馬に乗って向かいながら、バルには何かあったのかも知れないけれど、ラーラが普段通りだったので、ミリは二人を心配する事は止めた。
コーハナル侯爵邸に着くと、ミリは早速ディリオの部屋に向かう。
朝、少しは補充が出来たけれど、ディリオ分はまだ足りない。
廊下を歩いていると、ミリが戻った事を聞いて、パノが自室から顔を出す。
「おはよう、ミリ」
「おはようございます、パノ姉様。ただいま戻りました」
「お帰りなさい。ねえ?今日、どこかで時間を貰える?」
「はい。今日はこの後は一日、コーハナル侯爵邸にいる積もりです」
「そうなのね。では、私はこれから朝食なのだけれど、その後に一緒にお茶をするのでも良い?」
「はい」
「じゃあ、お茶の用意が出来たら声を掛けるわね。ディリオのところよね?」
「はい」
ミリの表情を見て、お茶はディリオの部屋に用意するのでも良いかと思って、パノは微笑んだ。
「では後で」
そう言って食堂に向かうパノと別れ、ディリオの部屋に向かいながら、ミリはパノの用件を推測する。
考えられるのは、ミリが昨日会ったリリ・コーカデスの事か、パノの遊学の事か。
どちらにしても、予め用意しておく物がない事を確認して、他に何かないか考えようとしたけれど、ディリオの部屋に入った途端、ミリの思考はディリオ一色になっていた。




