壊れた愛
「だって、今は妻の役割が出来ない事を承知でバルは私と結婚してくれたけど、普通の夫婦だったのに妻の役割を務められなくなるのよ?それも他の男の所為で」
「ラーラ?ラーラは俺にどう答えて欲しいんだ?」
「バルの気持ちが知りたいだけ。多分、どう言われても良いの。どう思われても正解なの」
「どうって」
「殺すのでも別れるのでも、今と同じ様にしてくれるのでも、なんでも」
「ラーラの気持ちが俺から離れての事でなければ、別れたりはしない。ほら、プロポーズの時にも言っていたろう?ラーラが帰って来た時に結婚していたら、ラーラがその相手と別れるまで待つって。俺の中では答えは出てるんだよ」
「でもそうではなくて、あの時と同じで、妊娠しているかも知れないのよ?」
「あの時と同じと言う事は、それでラーラは子供を産む事にするのか?」
「・・・ええ」
「それは、ラーラが俺に愛想を尽かしたとかではなく、ラーラが俺を愛してくれている上で子供を産むのなら、それは俺に取ってミリと一緒じゃないか」
「バル以外が私を傷付けたのに?」
「そこはあの時と同じだよ。ラーラが傷付いたのは、ラーラが俺を思ってくれていたからだ」
「・・・バル」
「だけど、もうラーラと夫婦なのにあの時と同じなら、俺は俺を怖がるラーラを赦せなくて、無理矢理ラーラを抱き締めてしまうかも知れない」
「バル」
「そしてラーラが抱く恐怖を俺への恐怖で上書きさせ様としてしまう気がする」
「バル」
「だって俺とラーラはもう夫婦なんだろう?そうしたら俺達が二人きりになるのを誰も止められないから、あの時みたいにラーラと俺が落ち着くまで、何日も離されたりは出来ないものな」
「・・・私の恐怖を上書いてくれるの?」
「そうだな。まさに今、俺がラーラを傷付けているんだって、歓びを感じながらラーラを抱き締めると思う」
「・・・うん」
ラーラはバルを抱き締める。
「そうなったら、バルの事しか考えられなくして」
「・・・ああ」
それはあり得ない話ではあるのだけれど、バルにはラーラの心の底にあるものに触れる事が出来た様に思えた。
「私、ミリを産んで後悔した事があるの」
「え?」
「バルに再会した時、バルの事も恐かったけれど、でもね?あの時、バルに体を許せば良かったと思う事が何度もあったわ」
「・・・そうか」
「うん。無理だったのは分かっているし、なんてバルを誘えば良いのかも分からないけれど、汚れた女を抱かせる事になるしね」
「ラーラ」
「あ、違うの。それが言いたいのではなくて、バルに抱いて貰っていれば、ミリがバルの子かも知れないって思えたでしょう?」
「ミリは俺の子だよ」
「うん。でも、ミリはバルとは血が繋がっていない」
「それでもミリは、俺とラーラの子だ」
「うん。私ね?ミリに嫉妬しているの」
「え?」
「正直なところ、リリ・コーカデス殿にも護衛の女性達にも嫉妬はしているけれど、でもね?ミリには一番嫉妬を感じる」
「だが、ミリはラーラの娘じゃないか?それなのに?」
「うん。嫉妬って、自分と相手を比べるから感じるでしょう?ミリは私にそっくりって言われているじゃない?」
「そうだね。確かにそっくりだけれど」
「だからこそ。私はバルの妻なのに、貴族としての振る舞いは今一つだけれど、ミリはまだ子供なのに、どこに出しても恥ずかしくない所作を身に付けているわよね?」
「それは、まあ、ピナ様が仕込んで下さったから」
「ええ。それに貴族としての知識もデドラお義祖母様に習って、他家からも一目置かれる程だし」
「そうだな」
「辛うじて行商関連で勝てるだけだったけれど、それもミリ商会を立ち上げてからは、私がやった事のない様な商売をしているし、投資だってもう、ミリが一人で判断しているし」
「そうだな」
「木登りや乗馬だって私と並ぶし、その上、護身術も習って剣も扱える。私がミリに敵う事なんて、何もないでしょう?」
「そう一つ一つ並べていくとあれだけれど」
「もちろん、嫉妬はしているけれど、ミリが優秀なのは母親としては嬉しいのよ?」
「ああ、そうか」
「でもね?バルとミリの噂があるでしょう?」
「・・・それって、あの唾棄すべき噂の事か?」
「ええ。あれを一番恐れているのは私なの」
「え?恐れている?」
「ええ。バルはミリを可愛がっているし、ミリももちろんバルを慕っているし、私はミリに敵わないし」
「いや、だが、ミリは俺の娘だぞ?」
「でも血が繋がっていないし」
「いや、そうだからと言って」
「それにミリは純潔だし」
「・・・ラーラ」
「ミリなら私よりバルの役に立つわ」
「役に立つ立たないではないし、俺はラーラもミリもそう言う視点で見てはいないからな?」
「分かっているわ。これがバルを侮辱している事になるのも分かっている」
「いいや、それは良い。俺はその積もりなんてないって言いたかっただけで、ラーラがこの話をしてくれた事は嬉しいよ」
「でもミリは見た目が私にそっくりだし、私より若いし」
「まあ、子供だから、母親より若いのは当たり前だろう?」
「だからもし、私がいなくなれば、バルとミリは島を買って、二人きりで暮らすのかなって」
「ラーラがいなくなれば俺はラーラを探すに決まっているだろう?」
「そうだけれど」
「もしそうなっても、ミリはしっかりしているし、コードナ侯爵家やソウサ家のみんなもいるから、俺はミリを置いてラーラを探しに行くだけだ」
「私が死んでいたら?」
「そうしたら後を追うよ」
「でも、ミリは生きているのよ?」
「ミリはラーラの代わりにならない。俺が死んだからって俺の兄上達が替わりになったりしないだろう?」
「そうだけれど」
「俺はミリを結婚させないって言っているけれど、ラーラの代わりにする為に手元に置きたい訳じゃない。ミリは俺の娘だよ」
「・・・うん」
「ラーラ」
「・・・うん」
「俺はそれなりの覚悟を持って、ラーラを選んだんだ」
「・・・うん」
「確かにミリは可愛いけれど、俺に取ってはミリは娘だし、悪く言えばラーラのおまけだ」
「え?おまけ?」
「ああ。ミリが生まれなくても構わなかった。ラーラとミリのどちらかしか助からない時には、ラーラの命を救う積もりだったけれど、それは今もだ。もし二人のうち一人しか助からないなら、俺はラーラを助ける」
「それって」
「ミリと血が繋がっていないからじゃないぞ?」
「・・・うん」
「・・・そう考えると、ミリにはミリを一番に思ってくれる人間が必要かと思ってしまったけれど、それに付いて考えるのはまた今度だ」
「・・・私も、ミリには私のバルみたいな存在が必要だって思ったわ」
「・・・そうか」
「うん」
「だが、それを考えるのは後だ。ラーラ?」
「うん」
「ミリにヤキモチを焼いても良いからな?」
「え?」
「それは結局、俺がラーラを傷付けているって事だろう?」
「・・・そう?」
「ああ。そうだよ。だから、ラーラ。嫉妬も劣等感も罪悪感も、感じ続けて貰って良いか?」
「え?」
「俺の為に感じて。それで俺の為に傷付いて」
「バル」
「俺の愛は壊れているのかも知れない。でもラーラ。俺はラーラを手放さないし、俺はラーラから離れないし、俺はラーラを逃がさない。だから諦めて、俺に傷付けられてくれ」
「・・・バル?」
「うん?」
「私はバルしか知らないから、バルの愛が壊れてるなんて思えない。だからもしかしたら、私の愛も壊れているのかも知れない」
「ラーラ」
「バル?私がバルしか見えない様にしてくれる?」
「ああ、もちろん。それは俺の望む所だよ」
「私の心に傷が残っているなら、全部バルが上塗りしてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「私にバルの事しか考えられなくしてくれる?」
「ああ」
バルはラーラの体の上に覆い被さり、抱き抱えたラーラの頭の隣に自分の頭を置いて、自分の耳をラーラの耳に付ける。
「ラーラ」
ラーラはバルの背中に両腕を回す。
「バル」
こめかみとこめかみを付ける。
頬と頬を付ける。
眉と眉が付く。
小鼻と小鼻が触れる。
額と額が付き、鼻先同士が突く。
相手の呼気が甘く唇を抜け、甘く舌に触れ、甘く喉を通り、甘く肺を満たす。そしてそのまま自分の呼気となり、相手の唇を抜けていく。
「愛してる」
その日。
二人は初めて、くちづけを交わした。




