傷の深さと瘡蓋
「ラーラ」
「・・・うん」
「つまりラーラは俺の妻である事に、罪悪感を感じているんだな?」
「罪悪感って言うか・・・」
「劣等感?」
「・・・劣等感って言うか」
「でも、俺の妻の座を誰にも譲らないでいてくれるのだろう?」
「・・・うん」
「それは何故?」
「え?・・・何故?」
「ああ。何故?」
「それは、私がバルから離れられないから」
「ああ。それは何故?」
「え?何故?」
「ああ。何故ラーラは俺から離れられないのだと思う?」
「それは、だって・・・私にはバルしかいないし」
「今はね」
「今はって、言うか・・・」
「ラーラには俺しかいないって思ってくれているのは知っているけれど、最初はそうではなかったよね?」
「え?・・・最初?」
「ああ。出会う前なら、ラーラには俺以外の選択肢もあったって事だろう?」
「それは、でも」
「さっき、自分でも言っていたよな?二人が出会わなかったら、別の誰かと夫婦になっていたって」
「それはバルが言ったのでしょう?バルは私じゃない別の誰かを奥さんに迎えたとは思うけれど」
「でも俺は、ラーラと出会ってからはラーラしか選べなかった」
「でも、他の誰かと出会ったかも知れないし」
「俺はラーラと出会ってから、他の女の子に声を掛けた事はないけれど、それはラーラと付き合った義務感から声を掛けなかったのではなくて、他の女の子が目に入らなくなっていたんだ。ラーラへの気持ちを自覚する前からね?」
「でも、それって単に、私が物珍しかったからかも知れないし」
「そんな訳はないだろう?俺はラーラに一目惚れだったけれど、ラーラも俺に一目惚れだったって言ってくれていたじゃないか?」
「え?私は、そうだけれど」
「そんな二人なのに、俺がラーラに向ける気持ちが、単に物珍しいだけなんてあり得ない。今のこの時までラーラに向けるこの気持ちはずっと続いていて、それはラーラと出会った時にまで遡れるんだ。それは信じて貰えるだろう?」
「それは・・・うん」
「それを信じてくれるのって、ラーラも同じだからなのではないのか?」
「・・・確かにいつからバルに好意を持ったのか、振り返ると出会った時まで遡っちゃうけれど」
「そうだよね?そうだと思った」
バルは笑みを零す。その表情はラーラに、交際練習をしていた頃のバルを思い出させた。
「俺はラーラが見付かったと聞いた時、本当に嬉しかったんだ。ラーラが誘拐された事も、俺にラーラがどれだけ大切なのか、自分の気持ちを理解する切っ掛けになっている。ラーラが帰って来てくれて、俺は本当に嬉しかった。キロとミリが亡くなっていて、二人がラーラに取って大切な人だって分かっていたけれど、それでも俺はラーラが帰って来てくれただけで、喜んでしまったんだ。本当に嬉しかった」
その時を思い出して、バルの声が微かに震える。
「・・・バル」
ラーラの心配そうな声に、暗い室内でバルはまた笑みを浮かべた。
「ラーラが誘拐されて、俺は壊れてしまったのかも知れないと自分で思うけれど」
「え?」
「ラーラとの結婚は誘拐のお陰で早まったと思えているんだ」
「え?バル?」
「ラーラが深く傷付いた事は知っている。キロとミリが亡くなったのも、それにラーラの心が傷付いているのも分かっている。それでも俺は、誘拐のお陰で、予定より早くラーラと結婚できて、ラーラを独り占めする事が出来た」
「・・・バル」
「ラーラの傷に触れるからと思って、こんな事は言えなかったけれど、もちろん犯人達は今も赦せないけれど、でも、ラーラと結婚できたあの瞬間、俺はラーラの誘拐にも感謝していた。俺の目の前で傷付いて、泣くのを堪えているラーラを見ていた時でさえ、俺は喜んでいたんだ」
「・・・バル」
「誘拐の所為で、ラーラには俺しか選択肢が失くなった事、俺は本当に喜んでいた」
「・・・バル」
「だから今も、こんな話を俺が蒸し返して、ラーラは辛い記憶を思い出して傷付いているだろうけれど、その傷は犯人達の所為じゃない」
「え?」
「ラーラにその傷を付けているのは、俺だよ?ラーラ」
「バル」
「辱めを受けたラーラの心が傷付いたのは、俺がいたからだ。俺がいなければラーラの心は傷付かなかった」
「え?」
「そうだろう?俺の事を思っていたから、ラーラは傷付いたんだ」
「・・・バル」
「ラーラを傷付けられるのは俺だけだ。俺がいなければ、ラーラはそもそも誘拐されなかったんだ。ラーラが傷付けられるのは俺だけなんだよ」
「バル」
「俺はラーラを守りたい。誰にも傷付けさせない。それは本当だけれど、いいかい?ラーラを傷付けて良いのは俺だけだし、ラーラを傷付けられるのも俺だけだ」
「バル」
「俺はラーラにヤキモチを焼かれて嬉しいって言っただろう?」
「え?・・・うん」
「ラーラにヤキモチを焼かせたくなんてないし、それは望まないけれど、でも、ラーラにヤキモチを焼かれて嬉しいんだ。それと同じで、ラーラを傷付けたくはないけれど、ラーラが俺の所為で傷付くのが嬉しいんだ」
「え?・・・バル?」
「でもね?ラーラは俺のものなのだから、他の誰かに傷付けられては駄目だ。良いね?」
ラーラは誘拐された時の自分を振り返った。
誘拐の主犯が死んでいるので、誘拐された理由は分かっていない。しかし確かにバルと交際練習をしていなければ、ラーラが誘拐される事はなかったと思われる。
それをバルの所為として良いのか?しかし確かに、バルの所為なのだと、バルとこうやって暮らす為には必要だったのだとする事が出来るのならば、傷痕は残るものの、ラーラの傷の瘡蓋は剥がれる気がした。




