ただ一人の人
「俺に取って女性はラーラただ一人だ」
「それは分かっているし、バルの気持ちを疑っている訳ではないのよ?」
「俺も分かって貰えている事は分かっているし、ラーラに疑われているなんて思っていない。妻だ夫だと言う前に、あるいは男だ女だと言う前に、俺に取ってはラーラが誰よりも何よりも大切なんだ」
「私もよ?私も誰よりもバルを愛している」
「ああ、俺もだよ。俺もラーラを愛している。俺はラーラを愛していて、ラーラは女で俺は男で、ラーラと俺は結婚しているから、ラーラは妻で俺は夫なんだよな?」
「え?・・・ええ、そうよね」
「だから妻だから夫だからって言うのはオマケみたいなもんだろう?」
「え?」
「この世界でラーラと出会ったから夫婦だけど、例えば国が出来る前に出会っていたら婚姻届とかなかった訳だけれど、それでも俺はラーラを愛した筈だ」
「それは、話が飛び過ぎじゃない?」
「いいや。絶対にそうだ。俺なんだから間違いない。あるいは言葉が生まれる前に出会っていても、俺はラーラに惹かれたし、ラーラしか愛さなかった筈だ」
「言葉が生まれる前なんて、想像出来ないけど」
バルはラーラが少し引いてしまったかと思ったけれど、取り敢えず蓋は閉じていなそうなので、言いたい事をそのまま続けた。
「いいや。俺なら絶対にラーラを見付けてラーラに惹かれてラーラと一緒に暮らしていた。なんならラーラに愛を伝える為に、俺が言葉を産み出していたかも知れない」
「でもそれって、番って事よね?」
「番って言うか、一緒には暮らすよ。ラーラの事を放さないから」
「言葉もないのなら、それこそ動物の様な雄と雌でしょう?」
「・・・俺が言いたいのはそこじゃないって、ラーラ?分かっているのだろう?」
「私が言いたいのもそこじゃないって、バルも分かっているのでしょう?」
バルはどう言ったら良いのか考え倦ねて、唇を強く引き結んだ。
ラーラの頑固さはフェリさんから引き継いでいるし、ミリに引き継がせているよな、なんて逃避気味の考えばかりがバルの頭に浮かぶ。
「俺はラーラとの結婚に後悔していない。俺と結婚してくれた事自体もラーラに感謝している」
「え?・・・うん。私もよ?私もバルと結婚できて嬉しいし、結婚した事に後悔なんてしていないし、私と結婚してくれたバルにはとても感謝している。でも・・・ううん。後悔はしてるかも」
「ラーラ」
「ううん。後悔って言うか、だって、私がいなくても」
「ラーラ」
「違うの。例えば私が学院に入学しなかったとして、バルが私に出会わなかったとしても、バルなら釣り合う人と結婚して、良い旦那さんになって、息子には少し厳しいけれど娘にはあまあまのお父さんで、やっぱり娘は嫁にやらんとか言って、奥さんと息子とかに呆れられたりしているもの」
ラーラは娘にも呆れられているだろうとは思ったけれど、それを言うとミリに飛び火して面倒な事になりそうだったので、娘に付いては言わなかった。
「釣り合う人ってなんだよ?俺とラーラが釣り合わないみたいじゃないか」
「そうではないけれど」
「それとも俺なら誰とでも釣り合うって事?」
「誰とでもなんて言わないけれど、でも、私より釣り合う人はいる筈よ」
「ラーラより俺に釣り合う人ってなんだよ?釣り合うも釣り合わないも、俺にはラーラしかいないんだから、釣り合うも釣り合わないもない。俺はラーラとたとえ釣り合わなくても、俺が選ぶのはラーラだ」
「でも、私に出会ってないなら」
「それを言うなら俺に出会ってなければ、ラーラは誘拐なんてされなかったし、俺以外の誰かと夫婦になっていた筈だよな?」
「それは、そうかも知れないけれど、それが言いたいのではなくて」
バルは、じゃあ何が言いたいんだ、と怒鳴ってしまいそうになって、慌てて自分を抑えた。そして、そう言う事をしてしまうところが、ラーラの心に蓋をさせるのだ、と自分に言い聞かせる。
「ああ」
バルは何とか肯定と取られる様に声を出した。
「バルは今を幸せって言ってくれるし、私を一番大切にしてくれるけれど・・・」
「ああ。その通りだよ」
「うん。でも、私に出会わなければ、一番は他の人だっただろうし・・・」
「あるいは誰かと仕方なく夫婦になっていたかもな」
「そうじゃなくて、私を諦めないでくれたバルなら、私と結婚してくれたバルだったなら、絶対に好きな人と結婚した筈だから」
「好きは好きでも、桃のパイより好きかは分からないけれどな」
「でも、私がいなければその人が一番でしょう?」
「まあ、そうかも知れないけれど」
「それで絶対に今よりも幸せになれる筈」
「・・・今より?」
「ええ」
「ラーラと暮らすより?」
「ええ」
「俺には今より幸せって言うのは想像出来ない」
「そんな事はないでしょう?普通の夫婦として普通の家族を作って暮らせるのだから」
「ラーラがいないのに、幸せなんてあり得ないだろう?」
「だって、出会ってないのだから」
「いいや。始めは出会っていなくて、俺もラーラもそれぞれ別の人と結婚していて、それぞれ子供がいたとしても、そこでラーラと出会ったら俺はラーラを選ぶよ」
「え?家族がいるのに?」
「ああ」
「不倫するって事?」
「いいや。離婚してラーラにも離婚させて、それでラーラと夫婦になる」
「子供はどうするの?」
「引き取って育てる。まあ、子供の意思を尊重するけれど、基本は一緒に住むし、頑張って俺とラーラの事を子供達に理解して貰える様に努力する」
「そんなの、無理じゃない」
「無理なもんか。ラーラと出会ったのに、ラーラが他の男の妻だって方が俺には無理だ」
「・・・そんなの・・・」
「ラーラ?」
「・・・うん」
「ラーラがこんな話をするのは、ラーラが別に俺から逃げたがっている訳ではないと俺は思っているけれど、それは合っているよな?」
「うん、もちろんよ。さっきだって、バルの妻の座は誰にも譲らないって言っていたでしょう?」
「ああ。それが分かっている上で敢えて言うけれど、俺はラーラを手放さないし、俺はラーラから離れないし、俺はラーラを逃がさない。絶対に」
「・・・バル」
「ああ。こんな話をラーラがするって言う事は、これまでラーラに辛い思いをさせていたと思うし、それを気付いていなかった俺だけれど、でも俺の気持ちは変わらない。愛しているんだ、ラーラ」
「バル」
「知ったからには、ラーラに辛い思いをさせたくなんてないけれど、もしラーラが辛い思いをし続ける事になっても、もしラーラが更に辛い思いをする事になると分かっても、それでも俺はラーラを放せない」
「バル」
「でも、ラーラに嫌われたら俺も、さすがに諦めると思うから、もし俺から逃げたければ、俺を嫌ってくれ」
「そんなの、出来ないよ」
「でももし、諦めなかったらごめん」
バルは言ってから、ラーラを諦める自分が想像出来ない事に気付いて、そう付け足した。




