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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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無意識の避け癖

 ラーラが褒めてくれた言葉、バルは夫として完璧だし男性としても素敵だ、と言うのは、バルと他の男性比べたのではなく、バルとラーラを比較していたのだと気付いて、バルは切なくなった。そしてその様なラーラの気持ちに気付かずにいた自分が情けないけれど、自省は後だ。


「言いたくない事を言わせてしまって、ごめん」


 この様な言葉は違うとは思いながら、もしかしたらラーラの蓋が閉まるかも知れないと思いながらも、ラーラに向けてそう言って、バルは少し顔を伏せる。

 そしてラーラが口を開く前に、顔を上げてラーラと目を合わせた。


「でも、教えてくれて、ありがとう」


 それはバルの本当の気持ちだった。

 もしかしたらまだ、ラーラの蓋の下には他の気持ちも隠れているのかも知れない。けれど傷を見せて貰えただけで、傷を見せたラーラの勇気にバルは心から感謝をしていた。


 バルは腕に少しだけ力を込めて、ラーラの頭をそっと抱き寄せる。ラーラは力を抜いてバルにされるまま、バルの胸に額を付けた。


「ううん・・・違うの」


 ラーラが呟く。ラーラを包む腕の中から、その声がバルの耳に届く。


「何が、違うの?」


 ラーラはバルの声と息を頭に感じる。毛髪を潜って頭皮に届くそれは、ラーラの心を静かに揺らす。

 ラーラはバルの胸に手のひらを付けた。そこから感じる拍動が、既に自分の体を包んでいる事が分かる。

 そのリズムに、自分の中の塊が(ほぐ)れる様に感じた。


「バルは私に生きる力を与えてくれる」


 塊の解れた僅かな隙間から、中にてらりとしたものが覗く。


「バルと結婚できなかったら、私は死んでいたかも知れない」


 しかし塊の隙間が閉じていく。


「一人でミリを産んでいたら、ミリも殺していたかも知れない」


 外の灯りが届かなくなり、中の存在があやふやになる。


 ラーラを抱き締めるバルの力が僅かに強まる。

 バルの腕の中の僅かな隙間がなくなり、ラーラの視界は閉じる。

 バルの吐息がラーラの頭に掛かる。

 強まった接触から鼓動を感じる。手のひらと脚とで感じる脈動のタイミングの違いに、全身が埋もれていく感覚が強まる。


 塊がまた解れる。脈動に合わせててらりてらりと中が揺れる。


「バルにはとても感謝しているの」


 その言葉が感謝を示すためではない事が、胸をしんとさせる。


「でも、バルに貰っているばかりで、少しも返せていない事が、苦しくなる時があるの」


 大きく息を吸い込んで止める。そしてゆっくりと吐くと、鼻の奥はつんと痛いし、目の奥はぐうっと痛い。


「それは俺の方だよ」

「そんな事、ない」

「いいや」


 吸う度に吐く度に、胸の奥がぎゅっと痛い。


「ラーラが帰って来てくれたあの日から、俺は奇跡の中に生きているんだ。ラーラが生きていてくれるだけで喜びが溢れるし、こうやって触れる事が出来る事に心から感謝をしているんだ」

「でもそれは、私は何もしていないって事よ」

「いいや、違うよ」


 バルは腕を緩め、ラーラの後頭部に手をやって、ラーラに顔を上げさせた。

 視界にはお互いの事しか映らない。


「嫉妬や劣等感には結び付けられなかったけれど、ラーラが俺を気遣ってくれているのは知っていたんだ。当たり前だよね?毎日、ラーラの気持ちをしっかりと受け止めている積もりで、それがラーラの心の全てだと思っていた。ラーラは俺の事を愛してくれているって」

「バル?もちろん愛しているわよ?」

「うん。分かっている。俺も愛しているよ、ラーラ。でも俺はラーラの覚悟に気付いていなかった。ラーラがどれだけの思いで俺を愛してくれているのか、理解できていなかったんだ」

「それって・・・」


 ラーラの瞳がまた滲む。


「私はバルを愛しているわ。本当よ?」

「うん。分かっているよ。ラーラの事は信じている。でもね?俺はラーラの事が分かっていなかったんだ」


 バルはラーラの後頭部を押さえて、お互いの額を付けた。


「プロポーズの時に俺は、その、ラーラとは一生男女の関係にならなくても構わないと言ったよね?」

「・・・うん」

「俺はあれで、解決できた気になってしまっていたんだ」

「でも、あれで私の心は、軽くなったのは確かよ?」

「でも、ラーラの心に傷は残ったままだったろう?その後、ラーラに触れる事を我慢する事で、俺はラーラの傷に対応している様な気になっていた。思い返すと、ラーラの傷を治していると勘違いしていた事さえあった」

「ううん。バルは私の事を一所懸命考えてくれていたわ。それは分かっているの」

「でも足りなかったよ」

「ううん。真剣に考えてくれてたわ」

「でも、もっと深く考えなくてはならなかった」

「でも」

「だって、俺はラーラの夫なんだから。ラーラは俺に取って、ただ一人の女性なんだから」

「バル・・・」


 バルは深く溜め息を吐いた。


「・・・バル?」

「俺はこんな時にさえ、自分で言ったラーラは俺のただ一人の女性だって言葉に、その表面上の意味に引き摺られてしまって、ラーラと二人だけで暮らす事をイメージしてしまうんだ」

「二人だけで?」

「ああ。そうすればラーラは俺しか見ないし、ラーラを独り占め出来る。ラーラがただ一人の女性って言葉を叶える為に、誰もいない島でも買って、二人きりで暮らす事に気持ちを持って行かれてしまっている」


 ラーラがクスッと息を漏らす。


「バルが私しか見ないでくれるのね?」

「それはいつもなのだけれど、二人きりで暮らせば、俺がラーラしか見ていないって事をラーラに証明する必要がなくなるって事だよね?」

「なにそれ?」

「言葉も愛しているしかいらなくなるし」


 ラーラはクスクスと笑った。


「二人っきりって、ミリとも会えなくなるわよ?」

「ヤキモチ焼かなくて済むだろう?」


 ラーラの体に少し力が入る。


「・・・私が?」

「俺が」

「バルが?」

「俺はミリにもヤキモチを焼いているよ?だってミリが生まれる前は、俺がラーラの愛を独り占め出来ていたのだから」


 ラーラは力を抜いて、またクスクスと笑った。


「なにそれ」


 バルはラーラが緊張を緩めていると感じているけれど、それがいつものラーラに戻っている様に思えて、どうやら蓋が閉まっていっているのではないかと考える。

 バルはここまでのラーラの様子を思い返して、島を買う(くだり)は余計だった事に気付いた。

 そしてなぜその様な話をしてしまったのかの理由に付いて、自分が実はラーラの傷に敏感なのではないかとバルは考える。ラーラの傷に気付くと直ぐに無意識に、触れない様に避ける癖が付いているのではないかと、バルには思えた。

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