解釈の違いと気持ちの違い
ラーラは嫉妬の種に付いて話しているけれど、それが少しもバルに伝わっていない様に感じてしまい、だんだんと不安が募って来る。少なくともバルは、ラーラの話に共感をしている様にはラーラには見えなかった。
「それで?」
バルが先を促して来るけれど、話し続けてもバルに理解される感じがラーラにはしない。
しかしそれなら却ってバルが望む様に、言いたい事を口にし続けても構わないのかも知れない、とラーラは考える事にした。
「諦められない男の話をしていたのは覚えている?」
ラーラに問われ、バルは首を傾げる。
「リリ殿が?」
「うん。諦められない男を好きになるなんて、頭が弱いか心が幼い女だって」
「ああ、言っていたな」
「諦められない男って、バルの事でしょう?」
「え?俺?」
「それはそうでしょう?」
「つまりラーラの事を馬鹿にしていたのか?」
バルが顔を蹙めるのを感じて、ラーラは少し呆れた。
「それはそうでしょう?そう思わなかったの?」
「いや、でも、ラーラは賢いし、気持ちも強いから、まさかラーラの事を言っているとは思わないじゃないか?的外れだろう?他の人の事なのでは?」
「そんな事はないと思うけれど、あるいは自分は違うって言いたかったのかもね?」
「自分はってリリ殿が違うって言う事?」
「ええ。バルに何度もアプローチされても、リリ・コーカデス殿はバルを好きにならなかったと言いたかったのではない?」
「・・・何故?」
「え?何故?」
「ああ。何故わざわざその様な事を言ったとラーラは思うんだ?」
「何故って・・・」
「確かに子供の時にはリリ殿に毎日交際を求めていたけれど、リリ殿が俺を好きにならなかったのは周知の事実だから、今になってわざわざ言葉にする必要はないだろう?」
ラーラはリリがバルからアプローチを受ける事に付いて、満更でもなかった様子だと聞いていたけれど、それに気付いていなそうなバルに対して、わざわざその事を伝える積もりはラーラにはない。
「そうね。もしかしたら、他の誰かの事のたとえだったのかもね」
「ああ。そうとしか思えないよ」
そのバルの判断が、リリに対する好意から生まれている様にも考えられて、ラーラの胸がチクリと痛む。そして少し意地悪な気持ちが浮かんだ。
「そうすると、お金に目の眩んだ女とか、回りに流されて自分では判断できない女とかも、私を指していないって事ね?」
「それはそうだろう?ラーラはお金に困ってなんかいないし、投資にしろなんにしろ、自分の意見をきっちりと持っているじゃないか」
どうやらバルの判断基準が、リリへの好意ではなくラーラへの高い評価が原因に思えなくもなくて、ラーラは自分がバルに意地悪を自覚しながら言ってしまった事に怯む。
その為、ラーラの意地悪の向きがリリに向いて、バルの口からリリは悪者であると言わせたくなってしまった。
「レント殿がプロポーズをしているミリを貶める女って、覚えている?」
「その様な事をリリ殿は言っていたな」
「あれは私の事ではない?」
「え?ラーラの?」
「バルはリリ・コーカデス殿にアプローチしていたのに、そのバルと結婚した私を当て擦っているのでしょう?」
「違うだろう?ラーラには俺からプロポーズしたのだし」
「だからそのプロポーズをバルがする様に、私が仕向けたって言いたいのではない?」
「俺はラーラに一目惚れで、会う度にラーラへの好意を強めて行ったんだよ?プロポーズしたのはラーラを失う事への怖れからだったし、それらが俺の意思ではなく、ラーラの謀だったと言うのか?」
バルが小首を傾げる。
「ええ、そう言う指摘よね?」
「まあ、実際にラーラが俺を自分のものにしようと何かをしたとしても、しなかったとしても、結果は変わらなかったのだから、どっちでも良いんじゃないか?」
ラーラは顔を蹙めた。
「どっちでも良いは、ないんじゃない?」
「確かに、ラーラが俺を自分のものにしようとして、色々と画策していたなんて、嬉しいけれど」
「え?・・・あ、うん」
ラーラはバルが自分と結婚する為に、バルの祖父の当時のコードナ侯爵と相談を進めていた事を思い出して、バルの言葉に少し照れた。
「けれど、俺はラーラが好きだったのだから、貶めるって言う表現は当てはまらないよ」
ラーラが訴えたい事が、どうにもバルには上手く伝わらない。
「悲劇のヒロインを気取っていると言うのも、私の事を指していたでしょう?」
「悲劇は事実じゃないか。俺はラーラを救い出すヒーローになりたいと、今もいつも思っている」
バルの言葉は嬉しいけれど、ラーラが言いたいのはそこではない。
「バルとリリ・コーカデス殿は、お茶を飲むのも息ぴったりだったし、表情も良くシンクロしていたわ」
「え?そうか?」
「ええ。それって幼馴染みとして、長い時間を共に過ごして来たからじゃないの?」
「それはあるかも知れないけれど、でも、一緒に過ごした時間はラーラの方が断然長いし」
「知り合ってからの期間は、リリ・コーカデス殿との方が長いじゃない」
「それは、先に知り合ったから、そうなるけれど、こうやって一緒にいる様な時間はリリ殿とはそれほど長くはない。他の誰と比べても、ラーラと過ごす時間が圧倒的に長いよ。密度の濃さもね?」
ラーラはバルを疑っている訳ではない。ただ意地悪な気持ちから、リリを否定する言葉をバルの口から聞きたいだけだ。
「リリ・コーカデス殿は私の誘拐と無関係ってミリが言った時、バルはホッとした顔をしていたわ」
「え?それはリリ殿の前で?」
「いいえ。二人が帰ってからミリが言っていたじゃない?」
「あの時か・・・いや、駄目だ。ミリが言ったのは覚えているけれど、その時自分が何を思ったのかは思い出せない」
「それにリリ・コーカデス殿が受け入れればバルと婚約をさせたと言う話」
「いや、あれは知らなかったよ?初耳だったし」
「でもそれにリート・コーカデス殿が反対していたと聞いて、バルは驚いていたじゃない?」
「驚いた?」
「ええ」
「・・・何に驚いたんだろう?」
反対された事に驚く以外、何があるのかとラーラは思った。
「リート・コーカデス殿とセリ・コーカデス殿が、リリ・コーカデス殿の交際練習相手を探していたと聞いた時も、バルは驚いていたわよね?」
「ああ」
ラーラからすると、バルとリリとの交際をコーカデス家は賛成していたと、バルは思っていたと受け取っていた。だからリリにバル以外の交際練習相手を探した事に、バルは驚いたのだとラーラは考えていたのだ。
それなのでバルが肯くと、ラーラの考えが肯定されたと思えて、またラーラの胸がチクリと痛む。
自分が誘導してバルに突き付けたのだけれど、ラーラはバルに否定して欲しかった。
「リリ殿は交際練習を否定していたかと思っていたから」
「え?そうなの?」
「ああ。後から聞いた話で詳しくはないのだけれど、リリ殿の姉のチェチェ殿は交際練習をしていたらしくて、それが切っ掛けでハクマーバ伯爵家に嫁いだ筈だから、チェチェ殿にさせてリリ殿にさせないのは、リリ殿は否定的だったんだろうと思っていたんだ」
「それって、バルの事があったから?」
「そうだな」
ラーラの胸がきゅうっと痛む。
「俺があまりにもしつこく付き合って欲しいと迫ったから、交際自体に嫌悪感を抱かせたのだろう」
「え?」
バルのピント外れとも思える言葉に、ラーラは目を見開いた。
「その所為でリリ殿の人生を変えてしまっていたのなら、申し訳なくは思うけれど、コーカデス家がリリ殿の交際練習相手を探していたと言うのなら、それは余計な心配だったと言うことだよな?」
バルの答えはラーラの想定とは全く違ったけれど、そう言うバルの声の調子と目元の表情で、バルが本心で言っている様にラーラには感じられた。




