不測で想定外
あれ?おかしいぞ?とバルは体を少し仰け反らせ、ラーラの表情を窺おうとする。
今のミリの結婚相手の候補にはレントしかいない。サニン王子は対象外だし、他の貴族子弟とは交流がないから、今時点では候補には挙がらない。いるとすればミリの従弟のジゴだけれど、年齢的には合うけれど、コードナ家同士での結婚は貴族として育ったバルの頭には浮かばなかった。
それなので、ミリの結婚を考えるバルに取っては、レントが仮想敵として浮かぶのは自然だった。
今日の日中の遣り取りとか、あるいはこの場の話の流れとかでも、ラーラはレントを気に入っているのかとバルは思っていた。だからバルは、コーカデス家の反対がなく、ミリとレントが結婚するのならラーラは応援するのだろうし、二人の結婚に向けてバルを説得に回る立場をラーラは取るのだろうと思っていた。
それなので、今見せているラーラの反応は、バルの想定外だ。
「ラーラ?」
「うん?」
「どうした?俺、変な事を言った?」
「・・・ううん」
いや、これは、蓋をされてしまったのではないか?でもまだ、硬くはないかも知れない。バルは自分を鼓舞する。希望を捨てたらそこで終わりだ。
「俺は今もラーラの事を知りたい。ラーラ?」
「・・・うん?」
「ラーラ?」
「なに?」
ラーラが顔を上げた。
「ラーラはミリがレント殿と結婚するとしたら、反対なのか?」
ラーラはバルの問いに返さずに目を伏せる。
「反対なんだね?」
「でもそれ、ミリが幸せになる前提よね?」
「ああ。ミリが望んで、ね?」
「・・・それなら・・・」
「ラーラはレント殿と結婚しても、ミリは幸せにならないって思っているんだね?」
「え?・・・」
「あれ?違うのか?」
他に思い付かないバルは、少し慌てる。
「そうでは、ないのだけれど・・・」
「ラーラ?何が気になるの?・・・何を気にしているんだい?」
バルの手に背中を押されて視線を上げて、ラーラはバルと見詰め合った。
ラーラがごくりと喉を鳴らす。
「あの・・・」
そのラーラの小さい声に、先を促す為にバルは小さく肯いて返した。
「ミリと、レント殿が、結婚したら・・・」
またバルは小さく肯く。
「リリ・コーカデス殿と、親戚になるんだなって」
そっちか!
バルは叫びそうになったけれど、不測の事態に備えて顔に目一杯力を入れて固めていたので堪えられた。
何故こうもラーラがリリを気にするのか、バルには全く分からなかった。
確かにバルは日に何回もリリにアプローチをしていた。しかしそれはラーラと付き合う前だ。ラーラと交際を受け入れて貰えたあの時から、バルはラーラ以外には誰一人として、アプローチをした事はない。
確かに今日は久し振りにラーラに会った。覚えていないけれどラーラが言うなら、もしかしたらリリと気易く遣り取りをしたのかも知れない。しかし今日の今日までバルは、リリの事を忘れていたのだ。
もちろんだからと言って、ヤキモチを焼くなとラーラに言いたい訳ではない。蓋の下に隠れているラーラの気持ちを知る為に、何故ラーラがリリを気にするのか、バルは知りたいだけなのだ。
「ラーラはリリ殿が嫌いなのか?」
口にしてからバルはしまったと思う。これは自分が好きなものを相手が嫌いかも知れない時の、相手を非難する気持ちで言っている様に聞こえる。
「ごめん、取り消す」
「え?」
「俺はリリ殿を好きでも嫌いでもないが、ラーラの誘拐事件の捜査に対して協力的でなかった事とか、コーカデス家を恨んではいる」
「え?恨んでいるのに、嫌いではないの?」
「それが、なんと言うか・・・正直に言うよ?」
「え?・・・うん」
ラーラの体にまた力が入った事をバルは感じた。
「俺は正直に言うから、ラーラもヤキモチ焼いたりなんだりしたら、正直に教えて欲しい」
「え?・・・うん。分かったわ」
ラーラが体の力を少し抜く。バルは、これでラーラの蓋が緩めば良いな、と思った。
「レント殿と知り合って、今日の話とかも通して、コーカデス家の人間だからって一纏めにして、恨んだり憎んだりは違うと感じる様になったんだ」
「そう」
「それにはラーラの対応も大きく影響している」
「私の?」
「ああ。俺はラーラはレント殿を気に入っているのかと思っている。ラーラが気に入っていると思うから、俺もレント殿に好意を持てる気がしているんだ」
「そうなの?」
「ああ。もちろん、ミリと結婚させるとかは別だし、レント殿がまだ子供だからラーラが気に入っても俺はヤキモチを焼かないで済んでいるだけだけど」
「レント殿にもヤキモチ焼くの?バルが?」
「それはそうだよ。俺はラーラを独り占めしたいんだから」
そう言って微笑むバルに、ラーラは少し苦味の入った笑みを返す。
「それで、リリ殿はレント殿の母親代わりだったみたいだろう?」
「・・・そうね」
「そうだよね?それなので、リリ殿への恨み辛みも的外れの様な気がしているんだ。ただし、リリ殿が嫌いではなくなったとしても、では好きかと言うとそんな事はないよ?」
「そう言う意味なのね」
「ああ。ラーラがヤキモチを焼いても仕方がないけれど、でも俺はリリ殿が嫌いではないだけだから」
「うん」
「コーカデス家がラーラに取った対応も、三代前がやり始めたのを先々代が引き継いでいたのだし、形だけとは言え先代が謝罪を述べたんだ。レント殿はもちろん、リリ殿も恨んでも意味がない気がしているんだよ」
「・・・そう」
ラーラは小さく返してまた視線を下げた。
またここに来て、ラーラの反応が弱くなった事にバルは戸惑う。
やはりリリに対して、ラーラが不安を感じているなら、それを少しでも早く取り除きたい。
「ラーラ?」
バルはラーラの後頭部を押さえて自分の顔を近付けて、自分の額をラーラの額に触れさせた。




