親子の関係
バルは目を開いてラーラに顔を向けた。ラーラはバルを見詰め続けていたので、二人の視線は直ぐに合う。ラーラが待っていてくれて、チョロいバルは嬉しい。
「ラーラ?」
バルの声に嬉しさが滲み、優しく響く。
「うん」
バルの声が体に染みたラーラの返しも、穏やかにバルに届く。
たったそれだけで、二人は、いつもの距離感に戻れていた。
「俺はラーラの事が理解したい」
「・・・うん」
ここまで何度も繰り返していたバルの言葉に、自分の中に喜びを感じながらラーラは小さく肯く。
「確かに、ラーラのすべて理解するのは難しいと思っている」
たとえそうでも夫である自分がやらなければ、とバルは使命感を燃やす。けれどラーラの思考は、難しいから出来ない、と言う方向に流れていた。
しかしこれがある意味、普段通りの二人だ。
「・・・それ、父さんが言ってた話?」
「お義父さんが?」
「うん。違う?」
「それって、男女は分かり合えないとかってやつ?」
「うん。母さんの気持ちより、雄犬や雄馬の気持ちの方が分かるってやつ」
バルはラーラの父ダンの顔を思い浮かべて、苦々しく思った。なんでそんな例えをしてくれたんだ?お義父さん?
「お義父さんが言っていたのは、男性全般は女性全般を理解できないって話だろう?」
「・・・うん」
「だけど俺は、他の女性を理解したい訳じゃない。俺が理解したいと思うのはラーラだけだ」
「ミリは?」
ラーラのその切り返しに、バルの思考は一瞬飛ぶ。
男女に付いての話をしているこの場から、自分達の子供であるミリの事は、バルの頭から消えていた。
「あ・・・え~と?父親として俺がミリを理解したいかどうかって事?」
「ミリも女性よ?」
「あ・・・うん」
「まだ子供だけれど」
「う~ん?ミリを理解するのに、性別を基準にする必要ってあると思う?ラーラは?」
「だってミリは女の子だもの」
それはバルも知っている。だから嫁には出さないと思うのだし。
だけどミリを理解するのに、ミリの性別は考慮する必要があるのだろうか?
バルに取ってミリは、女の子と言う前に、既に色々な属性が付いている様にしか思えない。その中でバルに取って一番重要なのは、ミリがバルとラーラの娘であると言う事だ。
そしてその様な、バルに取っては当たり前で基本的な事さえも、ラーラの認識とは違っている事が、バルに取っては驚きであった。
「確かにミリは娘だから女の子だけれど、でも俺に取って、ミリは理解しなければならない相手ではないし」
「え?ミリが?」
「それはそうだよ。親と子の関係なんて、そんなものだろう?」
バルは自分の両親と自分の関係を思い出して、そう言っていた。ある程度は理解されている気はするけれど、両親がバルに向ける基本的な態度は放任だ。あまりあれこれ言われた事はない。しかしいざという時には味方になってくれる存在。それがバルに取っての両親だ。
ただし父親のガダは母親のリルデとは違って、ラーラとの結婚も賛成とは言い難かったし、ラーラがミリを産む事には反対していたけれど。
ラーラは育ての両親の事を思って、自分はガロンとマイの事をどれだけ理解しているのか、考えた事もない事に気付く。
実の父ダンはラーラに甘いけれど、それを知っている事がダンを理解している事になるのか、自信はない。実の母ユーレは自分との間に一定の距離を置いている気がするけれど、それに付いてもどう理解したらよいのかなんて、考えた事がなかった。
振り返って、じゃあ自分はミリを理解しているのかと考えると、そんな事は断言できない事にラーラは気付く。
「でも・・・」
「でも?」
「バルの言葉はなんだか、バルも私もミリを理解しなくても良いって聞こえる」
「いや、そう言ったし、その通りだろう?でも、理解してはならない訳じゃないし、勝手に理解してる積もりでも良いってくらいの意味だよ」
バルの言葉に自分の両親達や祖父母を思い出して、ラーラの気持ちは少し傾いた。
「そんなものなのかな?」
「そうだろう?子供は親との関わりが自己形成に影響するし、親も子供との関係を構築しながら子供の成長を間近に見てる。本当に子供の事を分かってるかなんて分からないけれど、たとえ勘違いをしていても、その勘違いを元に親子関係が出来上がっているのだから」
「え?それで良いの?それって勘違いで間違っているって事でしょう?」
「良いと思うよ?だって子供なんて、大人になったら独り立ちするのだし」
子供の話と言いながら、バルは自分とラーラの事を念頭に置いて話していた。けれどラーラはミリの事を思っている。
「バル?」
「うん?」
「ミリを独り立ちさせるの?」
「・・・え?」
「結婚させずに、ずっと一緒に住むのでしょう?」
「いや、そうだけれど、まあ、そうなのだけれど」
「留学させるのも、一緒に付いて行くのよね?」
「いや」
「付いて行かないの?」
「いや、留学の事は少し待って」
「え?うん。分かったわ」
「あ、いや、留学の事を考えるから、時間をくれって意味ではなくて、いや、それもあるけれどね?でも、今はミリの結婚の話を少し良い?」
「え?・・・うん」
「ミリは結婚させないって俺はこれまで言い張っていたけれど、ラーラは本当は結婚させたいんだよね?」
「それは、ミリが自分で選ぶならね?」
「ああ、分かっている。それだから俺も、ミリが自分で選ぶなら、結婚する事は反対しない様にしようかと、考えても良いかも知れないと思うのだけれどイヤだけれど」
ついバルの本音が語尾に付いた。
「それって、ミリが結婚しても良いって事?」
「良いって事に出来るかも、出来ないかもって事だけれど、嫁にはやらんって言うのは改められたら改めたいと思わなくもないんだ。改められる気はしないけれど」
「そう・・・レント殿と?」
「レント殿?」
バルにはなぜここでレント殿の名がラーラの口から出るのか、全く分からなかった。
「ミリをレント殿と結婚させて」
「駄目に決まってるじゃないか!」
そのバルの大きな声を正面から浴びて、ラーラの体に力が入る。
ミリの隣に立つレントの姿が具体的に頭に浮かんで、バルは反射的に強く否定をしてしまった。




