灯りの当たらない表情
「バル」
ラーラの眉尻が下がる。それは間近で見ていたバルの顔にも移った。
「うん?」
「私、バルが護衛の人達に訓練を付けるのも嫌なの」
そう言うとラーラは視線を下げる。バルの眉根が寄った。
「護衛達って、あれは仕事だけど」
「うん」
ラーラは小さく肯く。
「相手が女性だったりするから?」
「・・・うん」
ラーラは囁くような声で、もっと小さく肯いた。
「分かった。俺はその担当から外れるよ」
「違うのよ」
ラーラは視線を上げて、はっきりと返す。
「そうではないのだってば」
「いや、もう他の人に任せても問題ないし、俺が担当する必要はもうなかったから、大丈夫」
「そうではなくて」
ラーラは目を閉じて、首を大きく左右に振った。
「例え誰でも、誰かがバルに近付く事が嫌なの」
そしてラーラは目を開けると、バルを見詰める。
「そんなの、駄目でしょう?」
「え?・・・もしかしてパノも?」
「ううん。パノは違うわ」
ラーラは首を小さく数度左右に振った。
「パノはバルに近付かないじゃない」
「うん?そうか?」
「パノからバルに話し掛ける時とかも、ちゃんと距離を保ってるでしょう?バルもそうだけど」
ラーラは少しだけ首を傾げて、バルに同意を促す。しかしバルにはピンと来ない。
「他の女性はもっと近いって事か?」
ラーラの指摘が思い当たらないバルは疑問を顔に浮かべた。その表情を見て、ラーラの眉根が寄る。
「訓練とか、触れ合うじゃない」
ラーラの声が思わず責めた口調になった。バルは少し早口になって返す。
「触れ合うって言い方、あれは俺は打つかり合っているって言う認識なのだけれど」
「うん。分かってるわ」
自分の口調がきつく感じたラーラは、今度は低めの声でゆっくりめに声を出した。
「でも、私は前は、バルに触れられるのも怖がったでしょう?だから、私が触れないのに他の女性がバルに触るのなんて、嫌だったの」
「・・・そうか」
ラーラのその気持ちに気付いていなかったバルの返しは、低く弱い声になる。
ラーラは、今は触れる事をバルに再認識させる為に、バルの頬に片手を当てた。
「その感覚はバルに触れられる様になった今も残ってて、でもそれって悪いのはバルではなくて、私が悪い訳でしょう?」
バルは「いや」と首を左右に振る。
「ラーラが悪かった訳ではないし、それにそのラーラの気持ちには、俺が気付かなければ駄目だったんだよ」
「違うの。それは嫉妬する私が悪いのだから」
そう言うラーラと見詰め合ってから、バルは「う~ん?」とゆっくり首を傾げた。
「リリ殿にヤキモチを焼いたのも、昔、俺が幼馴染みのリリ殿に触れたかも知れないからか?」
「昔って言うか・・・」
「え?今日は触れても触れられてもないよ?」
そんな事は絶対ないけれど、ラーラから見たら触れている様に見えたのかと思い、バルの体に力が入る。
「うん」
ラーラの返事にバルはホッと息を吐いて、体の力を抜いた。
「それで言ったら、子供の頃もリリ殿に触れた覚えなんて・・・いや、エスコートをした事はあったな」
「ダンスもしたのでしょう?」
「そうだな。ダンスもした事がある・・・ごめん」
「それは、確かにヤキモチが焼けるけれど、それはいいのよ」
「それはって、他にもあるの?」
ラーラはまた目を伏せた。バルはラーラの体を抱き寄せて、自分の額をラーラの額に付ける。
「何?教えて」
「・・・今日、リリ・コーカデス殿がバルに言い募った時とか」
「え?言い募った時?」
「うん。近過ぎて、バルが仰け反った時、二人はかなり近かったから」
「それは・・・ごめん」
ラーラは目を上げてバルを見詰めた。暗いし近過ぎて何も見えなくて、ラーラはバルの胸をまた押して、バルから少し顔を離す。
「どの時か、覚えてないの?」
「いや・・・」
「覚えてないのね?」
「・・・ああ」
「もしかして、私がでたらめを言ってると思っている?」
「いや、そんな事はないよ?俺に取っては大した事ではなかったから忘れてしまったのだと思うし、大した事ではないと思っていたからそう言う事をしてしまったのだと思うから」
「やっぱり、バルには大した事ではないのよね」
「あ、いや、ごめん。違うんだ」
「ううん。私の方こそごめんね?そんな事でこんなヤキモチ焼いて」
「いいや。ラーラのヤキモチが知れて、と言うか、ラーラの気持ちが知れたのは嬉しい。でもヤキモチを焼かせてしまったのはごめん」
バルがそう言うと、ラーラはまた目を伏せた。
ラーラが頭を小さく数度、左右に振る。
「違うの。私の方が間違えているの」
「いいや。俺が不注意過ぎた」
「違うの」
ラーラは目を上げてバルを見た。
「例えば、バルがリリ・コーカデス殿に笑顔を向けたりすると、それがどんな理由でも嫌なの」
「え?俺がリリ殿に笑顔を?それって、挨拶の時?」
ラーラはまた目を伏せて、「ううん」と言いながら首を小さく数度左右に振る。
バルの眉根がまた寄る。
「挨拶以外で?・・・だめだ。思い浮かばない。思い出すと俺、挨拶さえ、それほど愛想が良くなかった気がするのだけれど?」
「バルがリリ・コーカデス殿に笑顔を向けたのは、リリ・コーカデス殿がミリの事を褒めた時なの」
「え?それって、ミリが褒められて喜んだって事だろう?リリ殿に笑顔を向けたって言えるのか?」
「笑顔の向け先はリリ・コーカデス殿だったのは確かだもの」
「いや・・・言えると言えば言えるのか」
ラーラは顔を伏せて、額をバルの胸に付けた。
「ミリが褒められたから、バルが笑顔になったのは分かっている。それは私も理解しているの。でも、バルの笑顔がリリ・コーカデス殿に向けられたのを見て、私は凄く嫌だったの」
「・・・ラーラ」
バルがラーラの髪に触れようと手を動かすと、ラーラがスッと顔を上げる。
室内は暗くて灯りはバルの背中側だけれど、ラーラの瞳が潤んでいる様にバルには見えた。
「自分でも駄目だと思っているし、バルは悪くないのは分かっている。でも駄目。どんな理由でも駄目なの」
灯りの当たらないラーラの眉尻に、涙が零れ落ちるのをバルには見て取れた。




