ヤキモチとスウィーツ
バルの反応がないので、ラーラは目を閉じて、バルの呼吸と脈拍を確かめた。分かったのは、バルが生きている事と興奮気味な事。
目を開けたラーラはバルの胸から顔を上げてバルを見上げ、バルの様子から、バルが懸命に考えている事を知る。
この状況に、ラーラはバルが愛おしくなる。そしてそれは、少しの淋しさを伴った。
「ごめんなさい」
ラーラにそう言わせたのは、その淋しさだった。
「え?何が?」
バルは顔を下げてラーラと目を合わせる。
「う~ん。なんとなく」
そう言うとラーラは、またバルの喉元に頬を付けた。
ラーラが謝ったのは、リリ・コーカデスがバルの幼馴染みだと思ったからだ。
今のバルとリリとの関係がどうあれ、過去のバルの友人関係を批判したりする事は、自分はすべきではないとラーラは考えた。
しかしそれを口にすれば、バルにリリとの思い出を思い出させてしまうだろう。それはラーラは嫌だった。
「ラーラ?」
「・・・なに?」
「もしかして、ヤキモチを焼いていた?」
「・・・なんで?」
「あ、いや、あれだよ?責めてる訳じゃない・・・」
そこまで言って、ラーラに全く違う様に受け取られる可能性に、バルは気付く。
「いや!あの!ラーラに対して後ろめたいところは俺にはないからね?先ずね?」
「え?どう言う事?」
バルの「後ろめたい」の言葉を不穏に感じたラーラは上半身を逸らし、眉を顰めた顔をバルに向けた。
「だから、ヤキモチを焼かれる根拠は思い付かないけれど」
「根拠?」
「そう、根拠。根拠は思い付かないけれど、根拠のない事で俺を疑うなって言いたい訳じゃないんだからね?」
バルが焦って早口になるけれど、その理由がピント外れの様に思えて、ラーラはクスクスと笑い始める。
体を少し上にずらして頭を持ち上げ、今度はラーラはバルの顔を正面から見下ろした。
「それ、私の事、責めてるじゃない」
「え?」
バルの驚いた顔でまたクスクスと笑いながら、ラーラは顔を下ろして、バルの頬に自分の頬を付けた。
「冗談よ。分かっているから」
バルはラーラの言葉にホッとしたけれど、でもそんな場合ではない。
バルはラーラに嫉妬された事がないと思っていた。
しかしそれは単に、ラーラが自分に嫉妬を見せなかっただけなのではないか?とバルは今初めてそう考えた。
ラーラの心の中に、嫉妬がなかった訳ではなかったのだとバルは思った。それはただ、ラーラが嫉妬に蓋をして、自分に見せなかっただけなのではないか?そしてさっきはその蓋が少し開いたのだ。
バルに取っては、ラーラが嫉妬を感じている事は問題だ。自分の気持ちが疑われているのかも知れないし、自分が信じ切られていないのかも知れないのだから。
けれど、ラーラの気持ちに蓋がある事の方が、バルにはもっと重要な問題だった。
なにせ、さっきは開いている様に思えたその蓋は、今はもう閉じてしまっているのだ。そしてその中には、ラーラの気持ちが閉じ込められている筈なのだ。
そこに何が閉じ込められているのか、嫉妬だけなのか他にもあるのか、それはバルには分からない。なにせラーラの蓋の存在を今日初めて意識したのだから。
「ラーラ?」
「・・・なあに?」
「話が少しずれるけれど、俺はラーラに嫉妬されたのだとしたら、少し嬉しい」
「え?なに?」
ラーラはまた頭を持ち上げて、バルの目を合わせた。
「ずれてないじゃない?嫉妬の話でしょう?」
「いや、そうだけど、そうではなくて、嫉妬して欲しいんじゃないんだ」
「え?でも、嬉しいんでしょう?」
ラーラは首を傾げながら少し体を下げる。そしてバルの胸に頬を付けた。
バルは言葉を伝えるのに、もう一度ラーラと目を合わせたいと思う。そしてラーラの体を持ち上げようかなどと悩んで、しかし代わりにラーラの背中を撫でた。
「ラーラに嫉妬なんてさせたくない。それは本心だ。ラーラに不安を感じさせるなんて、俺は望んでない。でもね?ラーラがヤキモチを焼いてくれたら、それは嬉しいと思ってしまう」
「・・・良く分からないのだけれど?」
バルの言葉がラーラには、上手く噛み砕けないし飲み込めない。
「上手く言えないけれど、こう、俺の中には嫉妬の周りに、こう、二つのスイッチがあって・・・いや・・・違う・・・そう!俺が作ったスウィーツをラーラに食べて貰うとして」
「スウィーツ?」
ラーラには桃のパイが浮かび、そこからリリ・コーカデスの顔をラーラは思い浮かべてしまう。
「ああ。俺はラーラを喜ばせたくてスウィーツを作るし、美味しいと言って貰えるともちろん嬉しいのだけれど、今度はもう少し甘さを抑えてとか、クリームはもっと軽い方が良いとか、ラーラに率直な意見を言って貰うのも嬉しいんだ」
バルは、自分が伝えたいのはまさにこれだと思った。
「え~と?それは?」
上半身を逸らして頭を上げたラーラの顔には、困惑の表情が浮かんでいた。
「それは分かるし、バルはまさにそうだなって思うけれど、でも、それとヤキモチと、なんの関係があるの?」
バルのヤキモチの話の後にリリの顔を挟んでしまったラーラには、バルのスウィーツ評価に例えた例の、どこがヤキモチと繋がるのかが少しもピンと来なかった。




