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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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体に感じる恐怖

 ラーラの言葉に衝撃を受け、バルの思考が澱む。

 確かに自分は集中していると、周りの事が分からなくなる事がある。しかしラーラの声に気付かないなんて、あり得るのだろうか?気付かなかった事にも気付いてないなんて。


 そのバルの様子を見てラーラは眉尻を下げる。


「ごめんね」


 そしてラーラが何を謝ったのか、理解できなかったバルは胃が冷たくなった。バルの心に恐怖が生まれる。


「もう寝ようか」


 そう言って立ち上がったラーラの手をバルは掴んだ。それは無意識だったけれど、手を掴んでからバルは、手を離してはいけないと感じる。


「なに?」

「ラーラ」


 見上げて来るバルと目が合って、ラーラはスッと視線を逸らした。


「なに?」


 手を引かれてラーラはバランスを崩し、バルの膝の上に腰を下ろした。


「ごめんね?危ないじゃない。なに?どうしたの?」


 バルはラーラの肩に手を掛けて抱き寄せた。


「なに?どうしたの?」


 バルは自分の中の恐怖の理由を考えていた。

 恐怖は、剣で危険を感じた時の危機感に似ていた。それは自分もだけれど、ラーラが危険な状況にいる様にバルには感じられた。

 ただしその理由が掴めない。


 ラーラは急にリリの事を口にした。

 リリとは今日会っていたのだから、リリの事が話題が上がってもおかしくはない。

 しかしラーラは唐突にリリの名を出し、断ち切る様に会話を終わらせようとした。

 ヤキモチだろうかとの考えが浮かぶけれど、今更ラーラがリリに嫉妬をするとは、バルには思えなかった。


 どうしたのかとラーラに訊かれているけれど、バルには返事を思い付かない。

 ヤキモチ焼いたの?とか軽い口調で訊けば良いのか?でもそこからでは、ラーラの気持ちを探ってはいけないだろう。

 愛してると告げたいし、それを受け入れて欲しいけれど、唐突だし、誤魔化している様に思われるかも知れないし、自分でもそう思う。それは傷や汚れを塗り潰すだけだ。傷も汚れも見えなくなるけれど、なくなる訳ではない。失敗したスポンジをクリームで隠しても、食べる時には求める味や食感が得られないのと一緒だ。

 でも愛しているんだ。


「バル?」


 この感覚は覚えがある。

 馬車の中で、港町で、劇場で、ダンスレッスンの後で、馬を並べて、草原で、そして、ラーラが見付からなくて。


 ラーラを失うかも知れない恐怖を思い出して、バルの顔から血の気が引く。

 肩を抱き寄せられて近すぎて、灯り一つの室内ではバルの顔色は分からなかったけれど、バルの体温の変化が感じ取れたラーラは慌てた。


「バル?大丈夫?」


 バルから体を離して、ラーラはバルの表情を確認しようとする。バルの胸に当てた手が、しっとりと冷たい。


「え?汗掻いてるの?熱いの?」


 ラーラはもう一方の手でバルの脇に触れる。


「冷や汗なの?大丈夫?」


 バルの額に手を当てるとやはり冷たくて、ラーラはその手を滑らせてバルの頬に触れた。


「横になる?具合悪い?横になった方が良いわ」


 膝から降りようとするラーラの腰をバルは抱き寄せた。


「ちょっとバル?」


 バルに両腕を回されて腰を抱かれたラーラは、バルの顔を見ようとして体を捻り、両足はベッドの上に上げた。片手をバルの胸に、片手をバルの頬に当てる。


「横になって。バル?ほら?医者を呼ぶ?」

「いや」


 バルはラーラの膝裏に手を差し入れて、ラーラを抱き上げた。


「バル?」


 ラーラをベッドに下ろすと、バルは上掛けを捲り、もう一度ラーラを抱き上げて上掛けを捲った部分にラーラを下ろして横にならせ、ラーラの体に上掛けを掛けると、バルはその横に、上掛けの上に体を横たえて、片腕をラーラの上に被せた。


「え?自分は布団に入らないの?バル?」


 バルはラーラと一緒に寝ようと思って失敗していたけれど、思わず上掛けでラーラを捕らえた様な形になった事で、少し気持ちが落ち着いた。


「少しこのままで」

「・・・そう?」


 ラーラは上掛けから腕を出して、バルの髪に触れる。


「そのまま寝ては駄目よ?」


 ふいにまた、ラーラを失う恐怖がバルを襲う。

 そしてバルは、自分が死んでしまう事でも、ラーラを失ってしまう事に気付いた。

 それまで抽象的だった死への恐怖が、直ぐ傍にあるものの様に、肌に触れているものの様にバルは初めて感じた。


 バルは体を起こすと上掛けを捲り、ラーラの隣に潜り込む。そしてラーラの首の下に腕を入れてラーラを抱き寄せると、もう片手もラーラの背中に回してラーラを抱き締めた。


「バル?」


 ラーラは片脚をバルの体の上に乗せ、もう一方の足を突っ張ってベッドを蹴る様にして、体重を掛けてバルを仰向けにして、その上に自分の体を乗せる。バルはラーラの首に当てていた腕を下げて、手のひらをラーラの腰に当てた。これでラーラは一晩でも大丈夫な体勢になった。


「大丈夫?」

「ラーラ」

「うん?なあに?」


 薄明かりの中、間近にラーラの顔を見て、やっとバルは言葉を見付けた。


「不安にさせてしまったね」


 しかしラーラの眉根は寄る。

 どう見ても、バルの様子の方が、不安を抱いている様に見える。


「何それ?」


 反射的にラーラの口から言葉が漏れる。

 そう口にしてから、バルの言い方が全然気持ちを分かってくれていない様に、ラーラには感じられて来た。

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