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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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頭痛と眩暈

 レントの叔母リリ・コーカデスは言葉を失くし、思考も止まっていた。

 幼い頃のレントは頭の回転が速かった分、勘違いや思い違いをした時には、とんでもないところまで勝手に転がって進んで行ってしまう事があった。それなのでそうなった時にはリリは、なるべく早く間違えた起点までレントを連れ戻して、考え直させる必要があった。

 そして今もまさにその時だ。

 そう思うと共にリリの頭が回り始めるけれど、どこまで?どこまで戻れば当主様は正しい答えに辿り着けるの?


「あの、当主様?」

「なんでしょうか?叔母上?あ、貶め方の指示ですね?」

「違います」

「失礼しました。なんでしょうか?叔母上?」

「コードナ侯爵家やコーハナル侯爵家を貶めるなど、本当に出来ると思うのですか?」

「難しいとは思いますが、領地の再興より優先してよろしいのでしたら」

「その様な訳、ないではありませんか」

「あ、いえいえ、もちろん領地の再興も手掛けます。コーカデス領が力を付けた方がコードナ侯爵家にもコーハナル侯爵家にも対抗し易いでしょうから」

「たとえどの様な事をしても、その様な事は無理に決まっているではないですか」

「・・・その様な、とは?領地の再興ですか?」

「違います。他家を貶める事です」

「わたくしには無理だと?」

「・・・え?」

「確かにわたくしにはなんの経験もありませんので、頼りないと思うかも知れませんが、叔母上が何よりも優先しろと仰るのでしたら、両家もハクマーバ伯爵家もハクレン伯爵家も、一生を掛けてコーカデス家より下にさせてみせます」


 リリにはレントが間違った方に進んでいる様に感じるし、その感覚は間違えていないと思える。ただし馬車に乗っている時の様な感覚もある。

 目の前のレントが自分とは違う方向を見ているのは分かるけれど、二人は同じ馬車に乗っていて、その馬車がどこに向かっているのか分からないのと同じ様な危機感をリリは抱いていた。馬車の外に速い流れを感じるけれど、馬車が速いのか景色が速いのか分からない。

 二人で同じ向きを見れば、馬車を正しい道に進められる?分からない。馬車の方向を変えられるかも、正しい道が見付けられるかも、レントと同じ向きを向けるのかも、そうする事が良い事なのかも、リリには分からない。けれどどこかの何かが誤っていると感じるこの感覚は合っている筈。


「当主様の一生を掛けさせる事など、その様な事は望んではいません。何故その様に極端なのですか?」

「極端と仰いますが、片手間に出来るものではないとわたくしは思うですが、なるほど。叔母上はそれらの家を零落れさせる案をお持ちなのですね?」

「違います。何故、コードナ侯爵家やコーハナル侯爵家を貶めるとか零落れさせるとかの話になるのですか?」

「え?え~と?貶めるのはミリ様だけですか?」

「ですから何故、ミリ様を貶めるのですか?」

「叔母上の生理的嫌悪に基づいた選択の為ですが?」

「ミリ様が零落れても、コードナ侯爵家が零落れても、わたくしの生理的嫌悪はなくなりません」


 リリは頭が痛くなった。どうしてこんな話になっているのか、分からない。


「え?まさか、ミリ様を経済的に貶めるのではなく、人間的に貶めるのです?」

「違います!」

「いえ、そうですか」


 レントがホッとして見えるのがリリには腹立たしい。その様な事など思っていないから自分は否定したのに、その様な事を口に出したレントが安堵するのは違うだろうとリリは思った。


「ミリ様から離れて下さい」

「え?」


 当然の事を言った積もりなのに、レントが驚いた表情を浮かべる。その事にリリは嫌な予感がする。先程から嫌な予感に包まれているけれど、その中にも新たな嫌な予感が生まれて来る。


「あの、どうしました?当主様?」

「あの・・・」

「はい?」

「叔母上の生理的嫌悪の対象はミリ様ではなくて、もしかしてラーラ様ですか?」


 リリは衝撃を受けた。とんでもない誤解だ。


「あの、違いますから」

「ですが、叔母上とラーラ様とは因縁がありますし」

「確かに多少の経緯はありましたが、その様な事はありません」

「ですが本日も、お二人の間での会話はありませんでしたし」

「その様な事はありません」

「ですがそもそもコーカデス家の勢いが衰えたのは、曾お祖父様とラーラ様の遣り取りで、曾お祖父様が王冠を傷付けた事を発端とするではありませんか?」

「それは、そうですけれど」

「曾お祖父様がラーラ様を貴族とは認めないと言っていたのに、先代がラーラ様を貴族と認めた事も、我が家の誰も納得はしていなかったのですよね?」


 リリは言葉を返せなかった。確かに自分も納得はしていなかった。しかしそれをレントの前で、口に出した覚えはリリにはなかった。


「曾お祖父様が王冠を傷付けた時も、コーカデス家は曾お祖父様ではなく、ラーラ様が原因だと主張したのですよね?」


 確かにその通りだった。しかしリリは肯けない。


「叔母上?叔母上はその場にいらっしゃったのですよね?ラーラ様と争って、曾お祖父様が王冠に傷を付けてしまったとされた現場に、立ち会っていたのですよね?」


 リリはまた肯けない。声も出なかった。


「その叔母上がラーラ様を生理的に嫌悪すると言う事は、その場ではやはり、ラーラ様が曾お祖父様に罪を(なす)り付けていたのですか?」


 リリはその瞬間を見てはいなかった。廊下を国王が通り掛かったので道を譲り、会釈をして頭を少し下げていたから目にはしていない。

 だがレントの曾祖父ガット・コーカデスがラーラに激高したのは確かだ。

 その後の事はリリは鮮明に覚えている。ガットは瞬時に兵士達に押し倒され、気を失ってしまっていた。



 レントの脳裏には、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家が窮地に陥れば、ミリものんびり平民になどなってはいられないだろうとの考えがあった。ミリがたとえ留学していても、慌てて帰国をする筈だとレントは思う。

 そして、ミリが留学で国内にいない期間は絶好のチャンスだと思うし、ミリが帰国するまでに大勢を決めて、帰国したミリが様々な防衛策を打ち出しても間に合わない様にしなければならない。

 その様な事が実際に出来るかは分からないし、具体的な案も今は思い浮かばないけれど、その状況を想像するだけでレントの心は熱くなる。

 そして、自分とミリが一緒にコーカデス領を再興させるよりも、二人が対立して()つかり合う方が、自分もミリも全力を尽くす事が出来るのではないかとレントは思った。

 ミリの全力を引き出す自分を思い浮かべて、レントの心は更に熱くなる。


 しかし、その対決の理由を与えてくれるはずのリリは、どうも態度がはっきりしない。

 そこでもしかしたらと思ったら、やはりリリはミリよりラーラの方に嫌悪を向けている様だ。だが、コーカデス家の低迷の原因となった王冠事件を持ち出しても、どうにも反応が悪い。

 ラーラへの嫌悪も確かにあって、それがミリへの嫌悪より強いと言うのは合っている様だけれど、リリの一番大切なものは別にありそうだ。

 そうすると?


「あの、叔母上?」

「はい」


 先程から言葉が出なかったリリの返事は小さく、そして擦れていた。


「叔母上の一番大切なものって、なんですか?」

「え?」


 リリは何故ここでまたレントがそれを訊いてきたのか分からず、また思考が停まってしまう。


「もしかして叔母上に取って一番大切なのは、バル様ですか?」


 リリはレントが何を言ったのか、直ぐには理解出来なかった。

 そして理解してしまうと今度は、体を支えていられない程の眩暈を感じ、リリはテーブルに手を突いて、倒れない様になんとか体を支えた。

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