血の後ろ盾
レントの叔母リリ・コーカデスに、レントは微笑む。
「と言う事で叔母上は、わたくしからミリ様へのプロポーズに、賛成と言う事でよろしいですよね?」
レントの言葉に、リリの眉根が寄った。
「何がどう言う事なのですか。駄目に決まっています」
「わたくしが領地を再興する事に付いて、叔母上には応援して頂けないのですか?」
リリは「いいえ」と首を左右に振る。
「もちろん応援しますし、何をおいても協力します。しかし、ミリ様へのプロポーズに賛成する事だけは出来ません」
「叔母上?それは何故ですか?」
「何故って・・・」
リリはゆっくりと長く息を吸い込み、覚悟を決めた。
「ミリ様も仰っていましたよね?当主様がプロポーズをして、もし、万が一、ミリ様がそれを受けたら、当主様?どうなさる積もりですか?」
「もちろん結婚させて」
「それが駄目です!」
リリはレントの言葉を途中で遮った。
「ミリ様は確かに素晴らしい御令嬢ですが、父親が誰なのか分からないのですよ?そして誰なのか分からないけれど、犯罪者の娘だと言う事だけは分かっているのです。その様な者をコーカデス家に迎えられる筈がないではありませんか」
「ですがコードナ侯爵家やバル様やラーラ様が、零落れたりする筈がないではありませんか」
「分からないではありませんか」
「いいえ、あり得ません。ミリ様にはソウサ商会も付いているのですよ?ミリ様が困窮する様な事態になるなら、この国の経済がおかしくなっている筈で、ミリ様やコードナ家だけではなく、この国の全員が困窮している筈です」
「経済的な没落とは限りません。社会的な立場に関して、立ち行かなくなる事だってあるではありませんか」
「コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家だけではなく、ミリ様は他の貴族家からも支持されています」
「いいえ。過去のコーカデス家も他家とは良好な関係を築いていました。しかしコーカデス家も子爵家まで落ちたのです。伯爵家に降爵した時にはハクマーバ伯爵家もハクレン伯爵家さえも、我が家の伸ばした手を振り解いたのです。コードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も、先がどうなるかなど、誰にも分かりません。王家の血に守られている公爵家とは違うのですから」
「それで言えばコーハナル侯爵家には、チリン様が嫁ぎましたし、コードナ侯爵家も数代遡れば」
「そう言う問題ではありません。それは我が家も同じではありませんか。王家は公爵家を絶対に見放さない。その事を言っているのです」
「絶対ではないとは思いますけれど、確かに公爵家に何かあるなら、王家は助けるでしょうね」
「ええ。その通りです」
「ですが、う~ん?ですが叔母上?ミリ様もいますし、コードナ家が窮地に陥るとは、どうしてもわたくしには想像出来ないのですけれど」
「ミリ様が優秀だからこそ、ミリ様を引き摺り下ろそうとする人が出るのではありませんか」
「それをコードナ侯爵家もコーハナル侯爵家も助けられないと、叔母上はお考えなのですか?」
「その様な状況は確かにわたくしにも思い浮かべられませんけれど、ですが当主様?ジゴ・コードナ様とミリ様。どちらか一人しか助けられないとしたなら、コードナ侯爵はどちらを助けると思いますか?ディリオ・コーハナル様とミリ様なら、コーハナル侯爵や、あるいはソロン王太子殿下ならいかがですか?」
「そうしたらわたくしがミリ様を」
「コーカデス家を危険に曝してですか?」
リリはまた、レントの言葉を途中で遮る。
「良いですか?ラーラ様は平民の出ですし、ソウサ家には貴族の血など一切流れ入っていません。ミリ様には貴族の血が一滴も流れてはいないのです。ですから当然、何かあった場合に、助けてくれる貴族が一人もいない事もあり得るのです」
「ソウサ家が付いていれば」
「いいえ。ソウサ家とは血縁があっても、広域事業者特別税の時の様に、ソウサ商会が狙い撃ちされる事だってあるのです」
「ですが、ソウサ商会に広域事業者特別税を掛けた領地は、軒並み景気を悪化させたのではありませんか?」
「そうは言っても、全ての領地がソウサ商会に課税をしたら、ソウサ商会には逃げ場がなくなります。廃業するか、甘んじて納税するか。国中の各地で納税をしたら、どちらにしても直ぐにソウサ商会は立ち行かなくなる事でしょう」
「それは分かりますけれど、そんな事は起こらないのではないですか?」
「起こってからでは遅いと言っているのです。その時に当主様がミリ様にプロポーズをしていたりして、それをミリ様が受け入れたなら、コーカデス家は逃げられません」
「いいえ。婚約の解消も出来ますし」
「それがコーカデス家の傷になるではありませんか。傍にいながら没落する事も予見できずにプロポーズをしたとか、婚約しているのに相手の窮地を助けずに縁を切ったとか」
「そこでミリ様を救えば」
「子爵家にまで落ちた我が家がどうやって救うのです。そう言う事が簡単に出来るのなら、ハクマーバ伯爵家もハクレン伯爵家も我が家を見捨てたりはしていません」
レントは小さく息を吐いて体の力を抜くと、「分かりました」と肯いた。
「その様な事態になりましたら、わたくしもミリ様を見捨てます」
リリの要望をレントが受け入れたのに、その事にリリは罪悪感を抱いてしまう。
レントとミリの仲が良い事は報告を受けていた。馬を並べて進む二人の姿を馬車から見ていれば、リリには報告の通りだと思えていた。今日の話し合いでは二人は対峙していたけれど、それでもお互いに思っている事をかなり言い合える程度の距離感に見えた。
その関係を自分が裂いてしまった様に、リリは感じる。
「それにプロポーズもしません」
「え?・・・ええ。当然です」
リリは苦い物を感じながら肯いた。




