別れに際し
使用人が五人にお茶を淹れ、茶菓子を出す。
それに手を付けながら、バルもレントの叔母リリ・コーカデスも、どの様な話題が会話に上がるのかと緊張をしていた。その為その緊張で喉が渇き、二人のカップには早めにお代わりが注がれる。
しかし難しい話題も特に上がらずに進み、二人の緊張が解れ始めた頃に、レントが話を出した。
「バル様、ラーラ様、ミリ様。一つ、お伝えすべき事柄がございます」
レントの言葉に、バルはまた喉の渇きを覚える。リリも、レントがまた何かを言い出すのかと思って、バルと同じく喉に渇きを感じた。
ラーラとミリはカップをソーサーに置いて、レントの話を聞く体勢になる。
バルがカップに口を付けると、釣られた様にリリもカップに口を付けた。そして二人揃ってソーサーにカップを載せてレントに視線を向ける。
一拍おいて、バルが「何だろうか?」とレントに尋ねた。
「わたくしの父でしたスルトですが、この度、我がコーカデス家から離籍致しました」
バルは眉を顰めた。リリはその話でしたかと、ホッと肩の力を抜く。ラーラとミリは、眉を僅かに上げた。
「なに?離籍だと?」
首を傾げるバルに、レントは「はい」と肯いて返す。
「離籍です。スルトは貴族籍からも抜け、平民となりました」
レントの言葉にバルは首を戻し、眉を更に蹙めた。ラーラとリリは今度は目を僅かに細める。
レントは視線をミリに移した。
「それですので、ミリ様」
「はい」
「わたくしからミリ様へのプロポーズに」
レントのプロポーズとの言葉に、バルとリリの口角が下がる。
「賛成させる必要があるのは、祖父母と叔母の三人となります」
「そうですか」
「ミリ様に挨拶させて頂くのも、祖父母の二人ですね」
「分かりました」
ミリは肯いた。どうせ賛成などさせられないのだから、三人でも四人でも、二人でも三人でも同じだとミリは思う。
「父君の離籍の話は公表されるのか?」
バルの問いにレントは「いいえ」と返した。
「隠す積もりはございませんので、尋ねられれば答えますが、そうでなければ積極的な公表は致しません」
「なるほど。そうなのか」
「はい。ですが秘密にする訳ではございませんので、何かの折に話題にして頂いても、問題はございません」
「そうか」
「はい」
ミリは今日の会話の中で、コーカデス領に何らかの秘密があるのかと感じていたけれど、それはこれの事だったのかと、心の中で納得する。
バルはバルの父ガダ・コードナ侯爵に、この件に付いて何かを知っているのか、問い合わせてみようと思った。ラーラはバルが問い合わせるだろうと考えて、返事を教えて貰う事にする。
リリは、誰も追加の質問などをして来ないので、もしかして既にバル達が知っていたのかと思い、遅ればせながらの警戒と改めての緊張をした。
その後は恙なくお茶の席は終わり、レントとリリをミリが玄関まで送る。
リリの乗る馬車の前に来た時に、使用人がリリに向けて箱を差し出した。
「リリ殿。よろしければこちらをお受け取り下さい」
ミリにそう言われるけれど、リリが手に持つには大きいし、重そうだ。
しかし上位者からの贈り物を断る訳にもいかない。リリの眉尻が僅かに下がる。
「そちらは、何でしょうか?」
「本日お目に掛けた、ミニチュアの調度品です」
リリが目を見開く。
「よろしいのですか?」
「はい」
「しかし貴重な品なのではありませんでしたか?」
「同じ物は他にないと言う意味でしたら、貴重とも言えますけれど、要は試作品ですので、差し上げるのも失礼に当たるかと思いましたが、かなり気に入って頂けた様ですので、よろしければどうぞお受け取り頂きたいと思います」
「ありがとうございます。喜んで頂きます」
リリが使用人に手を差し出したので、ミリは少し慌てた。
「重たいですので、馬車に積ませて頂きます」
そのミリの言葉に、リリの護衛達が緊張する。中身の分からない物をリリと同じ馬車に乗せる事に警戒をしたのだ。それをミリも察する。
「それとも、宿に届けましょうか?」
「あ、ですが」
「馬車の中では、箱から出したりすると壊れるかも知れませんし、宿にお届けした方が安全かも知れませんね」
宿に届けられるのなら、それから時間を掛けて慎重に、中身の安全性を確認出来る。リリの護衛達の緊張が少し緩んだ。
リリも護衛達の様子に気付く。
「そうですね。申し訳ございませんが、宿までお届け頂けますか?」
「はい。ではその様に手配致します」
そうリリに答えてミリが使用人を振り向くと、使用人は会釈をして箱を持ったまま後ろに下がった。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
笑みを見せるリリにミリも微笑みを返す。
「喜んで頂けて、わたくしも嬉しいです」
「わたくし、領地に戻りましたら、ミリ様に教えて頂いた野草を探してみます」
リリの言葉にレントは、心の中で「野草?」と呟きながら小首を傾げた。
ミリはリリに向けて肯く。
「そうですか」
「そして見付けましたら、頂いた花瓶に挿して飾らせて頂きます」
「そうして頂けたら、嬉しいです」
「わたくしも嬉しいです。本当に、ありがとうございました」
「はい」
ミリはリリの笑顔にもう一度微笑みを向けた。
ミリが馬車に乗ったリリと馬に乗ったレントに会釈をすると、見送りの使用人達が腰を折る。
それにリリとレントは礼で返し、二人はコードナ邸を後にした。




