言及
レントの叔母リリ・コーカデスの言葉に、バルは反論できなかった。
バルが言葉に詰まった様子を見て、ミリがリリに呼び掛ける。
「リリ殿?」
「はい。なんでしょうか?ミリ様?」
「リリ殿はプロポーズだけではなく、レント殿がわたくしに交際練習を申し込む事も反対なのですね?」
リリはそれに付いて、自分の中でははっきりとは結論を出せていなかった。
感情的には交際練習には反対だ。あり得ない。しかし、交際練習を断れば、ミリは一切コーカデス領に関わらなくなるかも知れない。領地の為には、ミリに協力して欲しい。だがさすがに、領地の再開発だけ助けて欲しいなどとの本音を口には出来ない。
その躊躇いが、リリに断言を避けさせた。
「その、先程も申しました通り、わたくしはミリ様を素晴らしい方だと思っております。しかし、レントと交際練習をして頂くのはあり得ないと思いますし、ミリ様にもよろしくない影響があると考えているのです」
歯切れの悪いリリの言葉に、ミリは「そうですか」と言いながらも小首を傾げる。
「つまりは、反対なのですよね?」
「あの、はい。賛成は致しかねます」
「レント殿の祖父君、リート・コーカデス殿も、祖母君セリ・コーカデス殿も、父君スルト・コーカデス殿も、反対なさいますよね?」
「あの、はい」
コーカデス家から離籍したスルトの名が挙げられて、リリはまた少し言い淀んだ。
しかしミリは、リリが言い難そうにしているのは、別の理由だと考えて肯いた。そしてミリはレントに顔を向ける。
「レント殿」
「はい、ミリ様」
「御家族全員に反対されているのに、わたくしとの交際練習など、無理ではありませんか?」
「いいえ。その様な事はありません」
「それはレント殿が、コーカデス家の当主でありコーカデス子爵本人だから、と言う事ですか?」
「はい」
レントはミリに強い目を向けて肯いた。
ミリの眉尻と口角が僅かに下がる。
「コーカデス領を訪れた際に、わたくしはリート・コーカデス殿ともセリ・コーカデス殿ともスルト・コーカデス殿とも挨拶致しませんでした」
ミリの言葉にレントの顎が少し下がる。
「リリ殿と言葉を交わしたのも、今日が初めてです」
ミリは微笑みを作ってリリに向け、再びレントに顔を戻す。
「無理ではないかとは言いましたけれど、コーカデス邸を訪ねる事も出来ないわたくしとの交際練習など、実際には不可能ですよね?」
「いえ、しかし、あの時と違い、今はわたくしがコーカデス家の当主です。次の機会には、ミリ様を邸に招待させて頂きたいと考えています」
「そしてやはり、リート・コーカデス殿ともセリ・コーカデス殿ともスルト・コーカデス殿とも、顔は合わせられないのですよね?」
「それは、あの、いいえ。皆にもミリ様に挨拶させて頂きます」
スルトの名にレントも言い淀む。スルトが離籍した事を隠す積もりはないけれど、この場で話題に出す事にはレントは躊躇った。伝えるのなら、話が一段落してからだ。
しかしミリにはその様子が、レントに迷いがある様に受け取れた。
「当主権限でですか?」
「え?ええ」
「無理矢理にと言う事ですか?」
「あ、いえ」
「その様な場で、わたくしはどの様な顔をして、皆様に挨拶をすればよろしいのですか?」
レントは直ぐには答えられず、替わりに唾を飲み込んだ。
ミリは表情を消してレントを見詰める。
「わたくしも嫌な思いを致しますけれど、レント殿の御家族に嫌な思いをさせる事自体も、わたくしは嫌なのです」
「いえ、嫌などと、そんな」
「いいえ。嫌ですよね?リリ殿?」
ミリに顔を向けられて、リリは慌てた。
「あの、わたくしは、ミリ様を嫌などとは思いません」
「そうですか?」
「それは先程も申し上げました通り、ミリ様との会話を通して、ミリ様の素晴らしさをわたくしは理解致しました。その事に付いては、ミリ様にも受け入れて頂けていると思っておりましたが、違いましたでしょうか?」
「リリ殿に好意を示して頂けた事は感じております」
ミリの言葉にリリは「良かった」と呟いて、体の力を少し抜く。
仲良くはなれない迄も、上位の人間を嫌っているなどと思われては、どんなトラブルが起こるか分からない。今のコーカデス家には後ろ盾がないのだ。レントの為にも、ミリを嫌ってはいないと伝わっている様子に、リリは安堵した。
「ですが、わたくしとレント殿が交流する事さえも、リリ殿は反対でしょう?」
「え?いえ、決してその様な事は」
出来たらミリにはコーカデス領の発展に寄与して欲しいけれど、そう正直にはリリは言えない。
「それはソロン王太子殿下との三者での交流があるからですね?」
「え?あ、いえいえ、決してその様な訳では」
「いいえ。わたくしの出自の問題がある限り」
「ミリ!」
「ミリ!いけません!」
バルとラーラに言葉を遮られ、ミリは二人に視線を向けた。
「ですがお父様、お母様」
「いいえ。その様な事をこの場に出しても、レント殿にもリリ殿にも迷惑になるわ」
「その通りだ。この場で話題にする事ではない」
「ですがお父様、お母様。今日の話が長引いているのは、偏にわたくしの出自を口にしていないからではありませんか?」
「その様な事はない」
「そうよ」
ミリは「いいえ」と首を小さく左右に振る。
「口にしない、あるいは口に出来ないからこそ、話がわたくしの出自の回りで堂々巡りになるのです」
「そんな訳はないだろう?」
バルは情けない表情をミリに向けた。
一方でラーラは黙る。今日の会話を振り返ってみると、確かにミリの言う通りにもラーラには思えた。




