主役と脇役
レントの叔母リリ・コーカデスはバルの表情を見て、自分が言い過ぎたかも知れないと思った。
後悔はしていない。レントと領地の未来を守る為なのだ。たとえ相手が格上でも、譲れない事は譲ってはならない。
だか、バルの情けなさそうな表情に、リリは罪悪感も抱いてしまう。
「それにそもそもミリ様と比べられるのは可哀想だわ」
それなので気持ちの落ち着かないリリは、無意識にミリを少し持ち上げる事で、無意識にバルの機嫌を取ろうとしてしまった。
「今日ミリ様と、ほんの僅かな時間ですが御一緒に過ごさせて頂いただけで、ミリ様が本当に優秀な方だと言う事が、わたくしにも良く分かりました」
リリの言葉にバルは僅かに顔の角度を上げる。
リリはレントに顔を向けた。
「他の方にプロポーズしている御令息に近付かなければならないなど、ただでも御令嬢にとってはかなりのストレスになるのです」
リリはレントに言い聞かせる様に、小さく一つ肯いてみせる。そしてまた、顔をバルに向けた。
「ミリ様はソロン王太子殿下にも気に入られていると伺いました」
リリにそう言われて、バルは少し眉根を寄せる。バルに取っては、ミリがソロン王太子に気に入られているのは、あまり喜べない事の様に思えていた。
「コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家はもちろんの事、他の侯爵各家にも与する貴族家にも、ミリ様の優秀さは知られているのだとわたくしは思っております」
こちらにはバルは、小さくだけれど肯く。
「そのミリ様にレントがプロポーズをしたりしていましたら、一体誰がミリ様とレントの間に割って入りたいと思うのでしょう」
そのリリの意見にはバルも賛成だった。ミリに敵う令嬢などいない。
しかしリリの意見に素直に賛成する事は、どうにも負けの様な気がして、こちらはバルは肯かなかった。
リリはレントに顔を向ける。
「それにもし、レント殿がミリ様にプロポーズをしているのに、二人の間に割って入ろうとする御令嬢が現れたら、ミリ様に取っては望ましくない状況になるでしょう」
「望ましくない?」
バルの声にリリはまたバルを向いた。
「ええ。ミリ様が素晴らしい事は、バル様にも御同意頂けますよね?」
「もちろんだ」
バルの答えにミリの眉根が寄る。
バルに自慢の娘と思われているのは嬉しいが、今のバルの様子はどう見ても、ミリの目にはただの親バカに映っていたからだ。
「そしてミリ様に並び立つのは、至難の業だと言うのも御同意頂けますね?」
バルは「いいや」と首を左右に振った。リリへの反論のチャンスだ。
「私はこれまでのミリの努力を傍で見てきた。至難ではなく不可能だろう」
バルの答えにレントの眉尻は下がり、口角は上がった。
バルを親バカ認定しているのはレントも同じだが、そのバルとミリの関係が、レントには好ましく思えている。レントはバルに対しての好感度を上げていたけれど、それはバルのミリへの思いを感じているからでもあった。
「そうしますとミリ様とレントの間に割って入る為には、その御令嬢は、ミリ様を貶める為の手段を取る事になるでしょう」
「いや、何故だ?ミリを貶める暇があるなら、敵わない迄も、自分を磨く事に努力すべきではないか?」
「その様な理性が働く御令嬢なら、そもそも二人の間に割って入ろうなどとは考えません」
リリの言葉にバルは数度肯きながら、「それもそうか」と返した。
「もちろん、家に命じられたので仕方ないのだとして、二人の間に割って入る御令嬢もいるでしょう」
「ああ、いるだろうな。可哀想だが」
「その場合にその御令嬢は、何かとミリ様に加害者役を押し付けます」
「え?何故だ?」
「それはその御令嬢が、自分の事を悲劇のヒロインだと思っているからです」
「悲劇のヒロイン?」
「ええ。家に言われて仕方なく、嫌々二人の間に割り込むのです。自分の意思ではないと言う事を強調するでしょう。そしてミリ様が道理を弁えない事を周囲に認知させようとする筈です」
「え?道理を弁えないのは、その令嬢の家の方だろう?」
「家の理不尽な要求を自分は飲み込んだのだから、ミリ様も飲み込まないのはおかしいと考えるのです」
「何を馬鹿な。おかしいのはそう考える本人ではないか」
「家からの要求を撥ね除ける事は出来ず、アプローチをしてもレントが少しも靡かないのでしたら、ミリ様が悪いとなるでしょう?」
「いや、そう言う状況設定なら、悪いのはミリではなく、靡かないレント殿ではないか」
「レントを悪いと決め付けても、その御令嬢に取って、事態は少しも良くはなりません」
「それはミリを悪いとしても同じではないか」
「いいえ。その御令嬢に取って、主役は自分自身。そしてレントももう一方の主役ですが、ミリ様は脇役に過ぎません。その御令嬢が思い描くレントと御令嬢が結ばれる未来には、ミリ様は存在しなくなるのです。その未来ではレントは改心をして、その御令嬢の事だけを愛します。そのレントを悪とするのではなく、いなくなるミリ様を悪とするのは当然ではありませんか」
「そんな勝手な考えがあるか」
「ええ、まったく」
リリはゆっくりと肯くと、バルに微笑みを向ける。
「ですがその様な御令嬢達に囲まれて、ミリ様は彼女達への対応をする事を強いられる事になるのです」
そのリリの表情には、僅かに淋しさが滲んでいる様にバルは感じた。




