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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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悲劇の出演者

 レントの叔母リリ・コーカデスは半歩近寄り、レントの二の腕に手を当てた。


「だれからも祝福されない相手との結婚が、理想的な訳はないでしょう?」

「なんだと?」


 リリのレントへの言葉に、バルは立ち上がってリリを睨む。

 リリはちらりとバルを見たが、レントに視線を戻した。


「頭を冷やすのです、レント殿」

「それはレント殿がのぼせているから、ミリへのプロポーズをしたと言いたいのか?」

「そうです」


 リリはバルに顔を向けて肯く。


「なに?正気ならミリを選ぶ筈などないと言っているのか?」


 バルが立ち上がった時から、バルが言いたいのはそれだろうとリリには分かっていたけれど、予め分かっていてもリリはゲンナリとした。

 リリはミリが選ばれるか選ばれないかなど、重視してはいない。


「ですが、そうではありませんか?違いますか?ミリ様とレントが結婚するなど、一体誰が祝えるのです?バル様は祝えるのですか?」

「いや、それは、そうだが」

「当たり前です」


 リリは少し顎を上げながらバルにそう言うと、顔をレントに戻した。


「よろしいですか、レント殿。誰からも祝福されない結婚など、誰も幸せには出来ないのです。例え恋愛の果ての結婚でもです。間違えでしかありません」

「いいえ、叔母上、違います」

「いいえレント殿。間違いありません」

「結婚ではありません。違うのです。プロポーズをするだけなのです」

「プロポーズするだけも何もありません。駄目です」

「ですがミリ様もコードナ家の皆様も、ミリ様は結婚しないと、結婚させないと決めていらっしゃるのです。プロポーズするだけですから」

「そのプロポーズだって恥になるではありませんか」

「なぜミリへのプロポーズが恥になるのだ?」


 またバルがリリを睨む。


「当たり前ではないですか」


 リリはまた顔だけバルに向けた。


「結婚出来ない事は明らかなのに、それに付いての判断も出来ずにプロポーズをしていると見做されて、レントを侮る者達が出て来るではありませんか」

「味方になって応援する者だって出て来る筈だ」


 バルはその様な状況なら応援する側の人間だった。

 リリはその様な事を言ってはいない。今ここでそんな事を論じる積もりなどはなかった。しかしバルに言い返されてイラッとして、思わずうっかり論点をずらしてしまう。 


「そんなのは一部の物好きな男性だけです」

「なんだと?」


 応援する人を物好きとするリリの評価に、バルは自分が言われた様に感じてムッとするけれど、リリはまさにバルが応援する様子を想像しながら、物好きだとの言葉を使っていた。


「それにその人だって、表向きだけです」

「そんな訳がないだろう?」

「いいえ」


 リリは体もバルに向ける。


「裏ではレントの事を笑いものにするのに決まっているではありませんか」


 リリに自分が誤解された様に感じたバルの眉尻が下がった。


「確かにそんな奴もいるが」

「そんな人ばかりではないですか」

「だが、例え不可能に思えても、そこで諦めたら終わりじゃないか?」


 バルの身振りは徐々に大きくなる。


「いいえ。不可能だと分かっているのに、無駄な努力をする事こそ、周囲に笑われるのではないですか」

「だが諦めてはならない事はあるのだ。そこで諦めないからこそ、力の限りを尽くせるのではないか」

「それは見極めが出来ないからではないですか」


 リリの手振りも大きくなった。


「いいや見極めが出来てもだ!たとえ見極めが出来ても、恋々と諦められない事はあるだろう?」


 バルの語調が強くなると、リリの声もきつくなっていく。


「応援する方も見極めが出来ていると言うのですね?」

「もちろんだ!当然じゃないか!」

「それはつまり、不可能だと分かっていながら味方の振りをして煽って、無駄に消耗させようとしていると言う事ではないですか!」

「はあ?違う!違うんだリリ!そうじゃないだろう!」

「何が違うの?!そうじゃない!」

「いいや違う!不可能に思える事に挑むからこそ!応援したいんじゃないか!」

「それが分からないと言っているの!不可能なのよ?みんなに笑われるのよ?レントを世間の笑いものになど出来ないわ!」

「違う!俺は笑ったりなどしない!不可能に向かって努力する姿は美しいじゃないか!」

「じゃあバルはミリ様とレントの結婚を応援するって言うの?!」

「え?・・・それは・・・」


 バルの声は途端に小さくなった。


「ほうら、出来ないじゃない」

「いや、それは出来ないが・・・」


 リリは小さく息を吐くと、体ごとレントに向き直る。


「分かりましたね?レント殿。笑いものにされる事が領地や我が家の利益に繋がる事など、あり得ないのはお分かりですよね?」

「いいや、やり方はある」


 バルが低い声を出す。リリは目だけをバルに向けた。


「ございません」

「いいや、ある。人は悲恋が好きだ」


 そのバルの言葉にリリは、バルとラーラの恋物語の劇が流行っていた事を思い出す。


「一途なレント殿の思いを俺が認めない事で、レント殿には同情が集まる。そうすればレント殿を応援する人間が増える筈だ」


 リリは思わず「馬鹿みたい」と呟いた。


「なんだと?」

「いいえ。それで?そうするのはつまり、レントの縁談を邪魔する為ですか?」

「え?いいや、違うだろう?レント殿の人気が高まればレント殿への縁談の打診は増えるし、コーカデス領への投資も集め易くなるし、コーカデス領が盛り上がれば更にレント殿への縁談は増えるじゃないか」

「それで花嫁は家の都合で、いやいやレントに嫁ぐと言うのね?」

「え?いやいや?そんな訳ないだろう?レント殿が人気者になれば、レント殿と結婚したいと思う令嬢だって増えるじゃないか」

「そんな訳ないでしょう?」

「え?そんな訳あるだろう?レント殿が領地を再興したり出来れば尚更だし」

「無理なものをいつまでも諦められない愚か者をレントに演じさせるのよ?そんな男を好きになるなんて、頭が弱いか心が幼い女だけよ」

「え?・・・だけど、領地も復興するのだし」

「そうね。お金に目の眩んだ女も来るかもね。後は回りに流されて自分では判断できない女とか」

「そんな、全員がそうじゃないだろう?」

「ええ。他にあるとすれば、まともな心と頭と感性を持った御令嬢が、お金に目の眩んだ家族に強制されて、泣く泣くレントに近付けさせられるのよ」

「いや、しかし」

「確かに悲劇が好きな人は多いわ。でもそれはしょせん他人事だからよ。今の自分の幸せを確かめる為に、自分より不幸な話を求めるの。実らない恋をしている男性が女性に人気を博すとしても、自分もあれほど求められたいと考えるからで、その男性を慰めたいからではないわ。誰も悲劇の出演者になんて、慰めても男性に振り向いても貰えない、男性の変わらぬ思いを見ている人に伝える為の引き立て役になんて、なりたい訳はないじゃない」


 ミリはリリの言葉に小さく肯く。

 リリの意見は、ミリが書籍などから学んで導き出した恋愛観と、一部が合致していた。

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