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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ブレーキ

 レントの叔母リリ・コーカデスは、隣に立つレントに体を向ける。


「プロポーズと言うのは神聖なものです。遊びや試しでするものではありません」


 そのリリの口調は、幼かったレントに物事を教えた時のものだった。

 幼いレントは頭の回転が速かったけれど、その分、勘違いや思い違いをした時には、とんでもないところまで勝手に転がって進んで行ってしまった。それなのでそうなった時にはリリは、なるべく早く間違えた起点までレントを連れ戻して、考え直させる必要があった。

 リリはそれを思い出していた。少し懐かしい。


 そしてレントも叔母リリに、よく諭されていた事は覚えてはいたのだけれど、今のレントはもうとっくに、なかなか引き返せないところまで進んでいた。


「いいえ、叔母上。もちろん遊んでいるのでも試しているのでもありません。わたくしからミリ様へのプロポーズは、コーカデス領の未来を切り開く為に必要な手段の一つなのです」

「他の目的の為に戯れにプロポーズをするなど、あってはならないと言っているのです」

「決して戯れではありませんが、それを言うのでしたら政略結婚も、結婚を政略の手段として利用しているではありませんか」

「そう言う事を言っているのではありません。たとえ政略結婚でも、結婚はお互いに誠実でなければならないのです」


 レントにはリリへの様々な反論が頭に浮かぶ。しかしどれもリリに対して口にする事は憚れるものだった。ましてや今はこの場にバルもラーラもミリもいる。


「叔母上。ミリ様は結婚なさらないと仰っていますし、バル様もラーラ様もミリ様を結婚させないと仰っているのです。結婚しない前提をお持ちなのですから、わたくしはそれを利用させて頂くだけなのです」

「その様な事は分かっています。分かった上でその様な事はしてはならないと言っているのです」

「いいえ。これはコーカデス領に取って必要な施策の一つなのです」

「言葉を変えてなんとかしようとしても駄目なものは駄目です。その様な事は後見人として認めません。駄目です」

「叔母上」


 レントは一瞬眉尻を下げたけれど、ゆっくりと瞬きをして目を少し細めに()けて、眉根を寄せた顔をリリに向ける。


「叔母上はわたくしが未成年である事に対しての後見人です。わたくしが領主であるとか当主であるとかの後見人ではありません」


 リリは一瞬見開いた目をすぐに細めた。


「・・・なんですって」


 レントは表情を消して、リリに向けて口を開く。


「そうではありませんか。叔母上は当主の経験も領主の経験もないのですし、その上」

「レント殿。言い過ぎではないか?」


 レントの言葉を遮って、バルが口を挟んだ。

 レントはバルに顔を向ける。


「しかしバル様。わたくしには縁談になどにかまけている時間はないのです」


 バルは小さく一つ肯いた。


「レント殿が忙しいのは分からなくもない。だが、リリ殿は後見人。まだ未成年で何事にも経験の浅いレント殿は、リリ殿の意見にはしっかりと向き合う必要があるのではないか?」


 レントの頭にはリリの経歴が浮かび、バルへの反論が次々に頭に浮かぶ。しかしやはり、この場では口には出来ない。


「何せレント殿は、学院への入学もまだではないか」


 バルとしては、レントからミリへの交際練習の申し込みをコーカデス家が取り下げてくれるなら、問題がシンプルになると考えていた。ラーラがミリに交際練習をさせようとするのでも、バルとしてはミリの相手には問題が少ない範囲から選びたい。

 バルが学院の話を出したので、レントは子供や経験、試行錯誤と失敗と成功などを頭に浮かべた。


「バル様の仰る事はもちろんですが、例えばバル様はお菓子を作る時に、リリのアドバイスを受け入れますか?」


 ミリは結構お菓子に詳しいと思うし、それで言うとラーラも詳しいに違いない。レントはそうも考えて、喩えにリリを出す。


「材料や作り方に詳しくはなくとも、リリ殿にはセンスがある。スイーツの見栄えや仕上げ方に付いては、意見を貰う事はあるだろうな」


 レントはバルの答えを想定していなかった。叔母上のセンス?

 思考が止まって話を繋げられないレントは、無意識に唾を飲む。

 そのレントの様子にバルは、満足そうに肯いた。


「それに時間がないとは言っても、レント殿はミリと交際練習をする余裕はあるのだろう?」

「それは、そうですが・・・」


 言葉に詰まるレントにリリが「そうですよ」と、優しい声で諭す様に言葉を掛ける。


「ミリ様と結婚する訳ではないのですから、他の方との縁談を進めて、レント殿はそのお相手と交際をすれば良いではないですか」


 レントは「それはそうですが」とリリを振り向いた。


「ミリ様との交際練習や領地経営の相談よりも、わたくしに経験を与えて下さるお相手など、この国にいるとはわたくしには思えません」

「確かにミリほどの相手は他国にもいないだろう」

「バル様!」


 味方だと思っていたバルがレントに同意を示したので、リリは思わず険しい声でバルの名を呼ぶ。


「いいや、リリ殿。いないとは思うがレント殿。その相手とは生涯寄り添って行く事になるのだ」

「そうですよ、レント殿。まだどなたか分からないのに、ミリ様と比較する事なんて出来ないではありませんか」

「それもそうだし、相手の良いところを見付けて行くのもまた、レント殿の経験になると私は思うぞ」


 バルは、良い事を言った、と自分で思った。

 リリは、バルの頭にあるのがラーラの事だと思ったし、ラーラの良いところを見付けたのは交際練習でだったのだろうと考えてしまうと、バルの言葉には肯く事さえも出来なかった。

 そしてレントは反論する。


「その、どなたかも分からないお相手を待っていても、現れたお相手に合わせていても、領地の復興が遅くなります」

「ミリ様との交際練習をしないのですから、その時間は領地復興に宛がえるではありませんか」

「それにミリが一時(いっとき)コーカデス領に関わるより、将来の伴侶に手伝わせる事から始めた方が、相手の為にもやがては領地の為にもなるし、結局はレント殿の利に跳ね返って来るのではないか?」

「バル様、叔母上。領地の為にもわたくしの為にも、ミリ様以上にわたくしに利を齎して下さる存在がいるとは、わたくしには思えません」

「ミリを高く評価してくれるのは嬉しいが、その様な姿勢では生涯の伴侶に申し訳ない事になるぞ?」

「そうですよ。それではまるで結婚相手としても、ミリ様が最高であるかの様に聞こえてしまいます」


 リリの言葉にバルは反射的に、ミリが最高に決まっているだろう、と口にしそうになる。しかし寸前で、ミリを結婚させないのだからそれを証明出来ない、とバルの理性がブレーキを掛けた。

 しかしレントは「ええ」と肯く。


「わたくしの結婚相手としてはミリ様は理想的ですし、結婚するならミリ様以上の方などいないとわたくしは思っております」


 ラーラもミリも、レントが本当にそう思っているかどうかはともかく、それはこの場では言っては駄目でしょう、と思った。

 レントのブレーキは壊れていた。


「ミリ様との結婚なんて!許せる訳ないでしょう!」


 リリのブレーキも壊れた。

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