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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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留学の対価

 レントの叔母リリ・コーカデスは、バルの言葉とそれを肯定する態度のラーラが信じられなかった。

 バルは貴族として育てられた筈だ。それが簡単に貴族籍を抜けるなどと発言するなんて、リリには理解できなかった。

 リリがバルを見る目が細まる。

 その上バルの様子からは、バルは口にするだけではなく、ミリを留学させる為なら本当に平民になるのも辞さなそうに思えて、リリは憤りを感じた。貴族の地位は、その様に軽いものではない筈だ。

 リリの知っているバルは、貴族である事に誇りを持っていた。少なくとも、平民になるなんて、簡単に口にする様な人間ではなかった。

 そう思ってバルを変えてしまったであろう人間にリリが視線を向けると、ラーラもリリを見ていて二人の目が合う。

 リリは咄嗟に目を伏せた。

 そして目を伏せてしまってからリリは、バルがラーラとの結婚の為に、一度貴族籍を抜けて平民になっていた事を思い出す。

 リリはそっと目を瞑り、握った片手を胸に当ててぎゅっと押さえた。


 ミリは両親が平民になる影響を考えてみる。しかしそれ程暮らしは変わらない様に思えた。

 勘当される訳ではないから、コードナ侯爵家ともこれまで通りのつきあいだろうし、変わらずに庇護もして貰えるだろう。

 変わるのは、他の貴族家への接し方が平民としてのものになるくらいに思える。しかしそれも、平民になれば貴族との交流がそもそも減るのだろうから、特筆する程ではない。

 しかし平民となる事が、レントに言われてそうする様に思える事は、ミリには癪に障った。



「あの」


 レントが控え目に声を上げる。


「ミリ・コードナ様は、どの様な目的で留学しようと考えていらっしゃるのでしょうか?」


 皆の視線がミリに集まる。

 バルもラーラもミリの留学には反対してはいないけれど、ミリとは話し合ってもいないから、目的を確認した事はなかった。


「安全の問題も、国が引き留める可能性もある上で、バル・コードナ様とラーラ・コードナ様が平民となって迄も留学に同行なさるとして、男性とも関わらず、ミリ・コードナ様は一体何を学ぶのですか?」


 並べられると、確かに大層な話になっていた。


「そこまでして学ぶ価値のあるものとは、何なのでしょうか?」


 確かに掛かるコストやリスクを考えると、見合うリターンはかなりのものにならなければならない筈である。

 レントには関係ないと言いたいけれど、ミリがそう答える事をレントが期待していると思えて、ミリは口に出来ない。


「留学先を決めていらっしゃらないのですから、この様な問いは無意味でしょうか?」


 この問いに対してミリが頭に思い浮かべられる答えも、レントには関係ない、だけだった。

 留学先どころか、目的も決めていないのだから、答えられる筈がない。


「わたくしにはミリ・コードナ様に提供できるものがございます」


 そう言われたらミリにも、レントが言いそうな事がいくつか頭に浮かぶ。

 だけど、その様な事は分かっている、とは言えない。


「子爵領となってはしまいましたが、コーカデス領の地勢はその広さも多様さも、侯爵領だった頃とは変わっておりません」


 それも知っている。

 あちらこちらが老朽化してはいたけれど、コーカデス領は農産物が不作になった訳ではないし、天災に見舞われた訳でもない。ただ単に人手が足りない為、農耕に適した土地が放置されているだけだ。雑草の伸び具合を見れば、もともと地味豊かな土地だった事が分かる。


「その様な土地の再開発に携わるチャンスは、それほどないのではないでしょうか?」


 コードナ侯爵領もコーハナル侯爵領も、未だに人が増え続けているが、耕作地を増やすのは難しくなっている。ミリは両家に増収のアドバイスをしたけれど、いずれも小手先での改善ではあった。


「わたくしにはコーカデス領主として、ミリ・コードナ様を領地経営のアドバイザーにお迎えする用意がございます」


 これまでもミリは、レントの相談に乗ってはいた。しかしミリと素晴らしい案を産み出しても、まだ領主ではなかったレントには実現できなかったものが多い。実現できなかった事に対して、レントはミリに詫びる時にとても悔しそうだったのだが、それはミリも同じ気持ちだった。

 あの時の二人は、出来る事しか出来なかった。それは今も同じと言えば同じではあるけれど、レントには出来る事が増えている。それはミリも承知はしている。


「もちろん、ミリ・コードナ様に投資をして頂くだけでも構いません。それがどの様な事業でも、領主としてわたくしが出来ます限り、優遇をさせて頂きます」


 許認可が速くなるだけでも、投資をする側にはメリットがある。手続きに時間が掛かる為などで、資産を寝かせておかなくてはならない時間はどうしても発生する。その時間が短くなれば短くなった分だけ、利益を産む為の時間を長くする事が出来るのだ。


「これらについては、留学先でもなかなか経験出来ないのではないでしょうか?」


 伝手のある国でも、いきなり領地経営に口を出させてくれたり、投資で優遇して貰えたりする筈はない。


「ミリ・コードナ様が留学だけではなく移住もなさるのでしたら、その国での交流を通して、その国でもわたくしと同じ様なものを提供する方も現れるでしょう。もしそうだとしても、わたくしはその方が現れる迄の時間でも、ミリ・コードナ様に提供が出来ます。ミリ・コードナ様が留学に出発する迄の準備期間だけでも、わたくしはその方に先行して、ミリ・コードナ様に経験の場を提供出来るのです。いま直ぐにでも」


 それは事実だろう、とミリは思った。

 レントがレントの父スルト・コーカデスから、どの様な引き継ぎを受けているのかミリは知らなかったけれど、今回の密造と脱税に絡んだ話だけでも、レントが領地を良く把握している事がミリにも分かっていた。

 それなので、ミリがその気になりさえすれば、領地経営の経験も投資での優遇も、レントは即座にミリに提供出来る筈だ。

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