留学可否
レントはバルとラーラにミリの留学を取り消させる事を目指す。今日この場でその結論が出るとは思えないけれど、その為の種を蒔く事を今日のゴールにレントは設定した。
ミリの留学を取り消せるのなら、ミリに交際練習を受け入れる様に説得する為の時間的猶予を作り出す事が出来る。取り消せない迄も、ミリの留学時期を遅らせられるだけでも、レントから見たら成果になる。
「他国で馬車クラブを組織化するのは、かなりの時間が掛かるのではありませんか?」
ソウサ商会が馬車を使って行商を行っていたので、各地の馬車工房とはもともと繋がりがあった。そして行商相手となる顧客の情報として、どこの誰が馬車好きなのかに付いても、ソウサ商会では把握していた。
その基盤があったからこそ、馬車クラブが早急に発足出来たと言う面はある。ただ資金を投じれば出来るものではない事に付いて、ミリは理解していた。
レントには馬車クラブの立ち上げ方など想像が出来なかったけれど、ミリが留学している間に組織化できる様な簡単なものではないとは感じていた。移住するのなら予め作るかも知れないけれど、それならそれでミリがこの国を離れる迄に、数年単位で時間が必要になるだろう。
「もちろん留学に際してコーカデス家が派遣する、ミリ・コードナ様の護衛達が素晴らしいであろう事は想像が出来ます。ミリ・コードナ様に我がコーカデス領を訪れて頂いた時に、コードナ家の護衛達がどれ程優秀であるのか、わたくしなりに理解した積もりです」
バルはレントの言葉に肯いたが、直ぐさま不安になる。確かにこの国を基準に安全を考えていては、他国で思わぬ危険を招いてしまうかも知れない。
ラーラも不安になった。ミリが護衛達と逸れたら自分の事を守らないかも知れないとの、レントの指摘を思い出したからだ。
「たとえ我が国以上の治安を誇る地域への留学だとしても、先程申し上げました通り、お相手から見たハードルが下がっているのでしたら、思わぬトラブルに巻き込まれるかも知れません」
レントの意見に対して、その様な事はないと、断言できる者はこの場にはいなかった。
「ですのでいくら護衛が同行するからと言って、ミリ様一人で他国に渡るのは、留学ではなくてたとえ旅行であっても、危険なのではありませんか?」
「いや、一人ではない」
その声に、レントもミリもバルを向く。レントの叔母リリ・コーカデスもバルを見た。
一人ではないとのバルの言葉に、もしかしたらパノの遊学に同行する事になったのかとミリは思った。
ミリはパノに付いて行く積もりはなかったけれど、バルとラーラがそう判断したのならミリはそれに従うだけだ。
しかし自分が付いて行ったのなら、パノの邪魔になるのではないかとミリは思う。パノが遊学するのは、自分の将来を考え直す切っ掛けにしたかった筈だ。それなのに生まれた時からずっとパノに世話をして貰って来た自分が付いて行ったなら、パノは遊学先でも自分の世話を優先しそうだとミリは思う。たとえパノがミリに余り構わないでいてくれたとしても、その陰でパノは常にミリの事に気配りをしていてくれそうにミリには思えた。
「それは護衛達の他に、ミリ・コードナ様に同行する方がいらっしゃると言う意味ですか?」
レントの問いにバルが「ああ」と肯く。
「その方も留学を?」
「いや、そうではないが」
バルの答えにミリは小首を傾げる。
「お父様?」
「うん?なんだい?」
「わたくしの同行者とは、パノ姉様ではないのですか?」
ミリの言葉にリリは体を硬くした。
かつての親友で、現在は同じく未婚のパノ・コーハナルが、この国を離れる?これから王妃と王太子妃を中心として、社交が再開されようとしているのに?
「いいや?パノがどうして?」
「あ、いえ。何でもありません」
ミリはさっとラーラの表情も目に入れて、そうバルに返した。
別に口止めされていた訳ではないけれど、バルもラーラもまだ知らないのならば、この場で自分から説明する必要はない。
しかしそうなると誰が同行するの?ニダさんじゃないわよね?とミリは小首を反対方向にもう一度傾げる。
「ではどなたがわたくしに同行、いえ、わたくしが同行させて頂くのですか?」
もしかしてワール伯父ちゃんの海外事業が決まったのかな?と思いながら、ミリは再度バルに尋ねた。
「ミリの留学には私とお母様が付いて行くよ」
「え?」
ミリは目を大きく見開く。
リリは目を細めた。
社交が再開されるのに、ラーラは他国に渡ると言う。
リリは、国外追放は罰にはならないと言っていた、ラーラの言葉を思い出していた。
ミリの表情を見て、バルは苦笑した。
「私とお母様が、ミリの留学先に同行するんだ」
バルは言い方を変えて、同じ事をもう一度口にする。
「あの、お仕事とかはどうなさるのですか?」
「渡航先で何かをするかも知れないけれど、それは行ってみてだね」
「あの、私、まだどこに留学するのか、決めてないのですけれど?」
「ああ、分かっている」
「事業を始めるのなら、留学よりも準備が必要ではありませんか?」
ミリの頭には、バルがどの様な事業を始めるにしても、この国との貿易を絡めるイメージしか浮かばなかった。それは相手国の実情の調査にしても両国への申請や根回しにしても、どれを取っても時間が掛かる筈だ。ミリが留学する先なら、少なくとも国交はある筈だけれど。
「事業を始める積もりはないよ。成り行きで何かをするかも知れないけれど、投資の配当だけでも充分に暮らして行けるし」
「そうですけれど、そうなると何の為に、お父様とお母様は私に同行して下さるの?」
「ミリが心配だからだよ」
ミリはラーラをチラリと見ると、ラーラはミリに苦笑いを見せた。
確かにバルが担当しているソウサ商会の護衛派遣業務は順調で、バルは責任者ではあるけれど、バルの出番はなくなっている。職務を他の人に渡しても問題はないだろう。
心配があるとすれば、最近はミリが意識して開ける様にしていたバルとラーラに対しての距離が、留学先では近くなってしまいそうな事くらいだ。
「この話は、後で詳しく聞かせて頂けますか?」
「もちろんだ。お母様と三人で、色々と話そう」
肯くバルにミリが肯き返すと、ラーラも肯いた。
三人は納得している様だけれど、レントには大変都合が悪い状況だ。バルとラーラも同行するのなら、ミリの留学先が決まるのもあっという間だろうとレントには感じられた。
「バル・コードナ様、ラーラ・コードナ様。ミリ・コードナ様の留学にお二人が同行するのは、非常に難しいのではありませんか?」
レントの言葉にバルは顔を蹙め、ラーラとミリは小首を傾げる。
レントはまた適当な事を言った訳ではない。難しいと言ったけれど、無理だろうとレントは考えていた。




