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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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高く見えるハードル

 レントの申し出にバルが「いや」と反射的に反応する。


「これは我が家の話だ。コーカデス卿は口出ししないでくれ」


 レントが口を開く前に、バルは顔の向きをレントから外した。


「ラーラ、ミリ。後で話そう」

「ちょっと待ってバル」


 肯くのを僅かに躊躇っていたミリは、ラーラの声にバルへの返事を保留する。

 バルはラーラに止められた事に驚いた。バルはラーラの意向を汲みたいと思っているから、ラーラがミリに言い負かされる状況からラーラを救った積もりだったのだ。

 しかしラーラは、ミリなら後からいくらでも言い(くる)められると思っている。それなのでこの場ではレントから情報を引き出す事の方が、ラーラに取っては優先だった。


「コーカデス卿の話を聞かせて貰いましょう」

「いや、しかし、これは我が家の話で、コーカデス卿には関係ないではないか?」

「コーカデス卿はミリに交際練習を申し込んでいるのよ?関係なくはないでしょう?それに我が家の話は後で改めて三人ですれば良いのよ」


 ラーラの言葉から、ミリが少なくともこの場では交際練習を受け入れないとラーラは思っている事に付いて、バルもレントもレントの叔母リリ・コーカデスも理解する。それが分かったのはミリもだけれど、ミリにはそれなら何故ラーラがレントの話を聞きたがるのかは分からなかった。


「ね?バル?」

「ラーラがそう言うのなら、構わないが」

「ありがとう、バル」


 ラーラはバルに微笑んでから、顔をレントに向けた。


「発言をどうぞ、コーカデス卿」

「ありがとうございます」


 レントはラーラとバルに頭を下げる。そして顔を上げるとミリを見た。

 折角ラーラを説得出来るところだったのに、口を挟んで来たレントにミリは嫌悪感を高める。レントと視線を合わせるのもイヤで、ミリは顔を少し伏せた。


「ミリ・コードナ様」


 レントの呼び掛けにミリは、頭を僅かにだけ上げる。そしてレントを視界には入れたけれど、顔も目も向けないまま、レントに応えた。


「何でしょうか?コーカデス卿?」


 リリはミリの態度にムッとした。格下相手とは言え、レントに対して失礼だとリリは思った。先程までリリと二人で話していた時のミリと、余りにも態度が違う。

 バルはミリの様子に、やはりレントに発言を許さずに話を打ち切っておけば良かったと思った。ミリの様子は不貞腐れている様にしかバルには見えない。ミリはレントと話す事を嫌がっているのだから、それを許した自分もミリの中で好感度を下げてしまいそうに思えて、バルの気持ちはそわそわとしてしてしまう。ラーラに望まれて続行を許したけれど、機会を見て話を打ち切ろう、とバルは決心する。その為にはラーラが話を終わらせる気になっている必要があるから、ラーラの様子を良く確認しておかなければ、とバルは思った。


「ミリ・コードナ様は留学をなさるのですよね?」


 レントの言葉にバルもラーラもリリも、眉根を寄せる。レントが何を言う積もりなのか分からない為、三人は少し戸惑った。

 レントが何を言いたいのか分からないのはミリも同じだけれど、どうせまたイヤな事を言う事は分かっている、とミリは思う。


「ええ」


 ミリはレントに議論の足場を与えない為に、必要最低限の言葉で返す事にした。

 レントはミリの様子から、ミリがかなり不機嫌なのは理解している。今日一番の不機嫌さだ。それなので先程と同じ様にYES/NOではないと、ミリには答えて貰えないとレントは考えた。


「その留学先では、現地の方達との交流を行うのではありませんか?」

「・・・そうですね」


 レントの狙いが読めたミリは、しかし否定は出来ない。否定をしたらレントが、留学自体の意義を消しに来そうにミリは感じた。

 レントはミリの返しに真剣な表情で小さく肯く。


「現地を見るだけでも留学の価値はあると思いますが、それでは視察と変わりません。現地の方達の生活を経験する事こそが留学の意義の多くを占めるのだと、他国で生活をした経験を持つ人の話からわたくしは感じました」


 ミリの頭に、干物生産者のニダの顔が浮かんだ。それを読み取ってレントが小さく肯くけれど、それを読み取られたと感じてミリは、レントへの警戒を強める。


「そうしますとミリ・コードナ様は当然、現地の男性とも交流を持つ事になりますよね?」

「しかしそれは、異性としての男性との交流ではありません」

「交流を持ったお相手の性別が、たまたま男性だったと言う訳ですね?」

「ええ」

「しかしミリ・コードナ様にその積もりはなくとも、お相手はミリ・コードナ様に女性に対しての好意を抱くかも知れません」

「ですからその様な交流は、わたくしには不要だと言っているではありませんか」

「それは異性として好意を向けられたなら、そのお相手との交流を絶つと言う事ですか?」

「もちろんです」

「わたくしにはとても現実的とは思えないのですけれど、ミリ・コードナ様はそれが可能であると思われるのですね?」


 レントの問いに応える事に、ミリは躊躇した。

 NOとは言えない。可能であるから交流を絶つと言う解決方法を取るのだ。

 しかしYESとは言い切れない。YESとはならない状況は、ミリにも想定出来る。


 ミリが応えない事に、レントが小さく肯いた。

 それを見て、レントに好い様にされている様に感じて、ミリはムッとする。

 そのミリの様子も読み取って、レントは言葉を続けた。


「留学となりますと、この国を代表して交流をしなければならないでしょう。それはミリ・コードナ様もお分かりの御様子。ミリ・コードナ様が平民になる前に留学をなさる様でしたら、まさにこの国の代表としての責任を負わされるでしょう」


 その通りだし、その様な事はミリは分かっている。ミリが分かっている事はレントも分かっているのだろうに、わざわざそれを口にするレントがミリはイヤだった。


「ですので、お相手がミリ・コードナ様に女性に対しての好意を寄せたのなら、ミリ・コードナ様は逃げられないのではありませんか?」

「わたくしの事情を顧みない方とは、そもそも交流など致しません」


 ミリはレントを真っ直ぐと見て、そう返した。


「ミリ・コードナ様の事情を汲んでくれる相手なのかどうか、その判断をする為には、異性としての男性への理解が必要なのではありませんか?」

「そうとは限りません」

「ええ。必須とはならないかも知れませんけれど、ですが、異性としての男性を理解しておく事で、留学先でのミリ・コードナ様の安全を高められるのではありませんか?」


 これは指摘の通りだとミリは思った。しかし肯く事は出来ない。もちろん付け込む隙を与えてしまうから、否定も出来ない。


「この国では、ミリ・コードナ様に手を出そうとする貴族はいないかも知れません」


 バルもラーラもリリも、レントの言葉にミリの出自を思い浮かべる。


「コードナ侯爵家の御令嬢にして、ソロン王太子殿下のお気に入り。何よりバル・コードナ様の溺愛振りも周知されていますし、ミリ・コードナ様を嫁に出さないとのバル・コードナ様のお言葉に、異を唱える人はいないでしょう」


 溺愛の言葉に今度は、おぞましい噂がバルとラーラとリリの脳裏に浮かぶ。


「しかし留学先では、それらのハードルは下がるのではないでしょうか?」


 ミリが先程から言葉を返さない事に、レントは少し焦る。

 次の言葉を言って良いのか。迷うと言う事は言わない方が良いのでしょう、とレントは考えた。

 それなのでレントは、もう一押しの言葉の向きを少し変える。


「この国では一時期、かなり治安が乱れたそうです」


 バルもラーラもリリも、そしてミリも、王都の暴動の事を思い浮かべた。


「しかし今は回復し、多くの場所で以前より治安は良くなっています」


 リリは小首を傾げた。コーカデス領の治安は良くないと聞いているし、治安が良くなった実感はなかった。

 バルとラーラは小さく肯いた。バルが関わっているソウサ商会の護衛派遣業務も、治安維持の一翼を担っていると思っているからだ。

 しかし相変わらずミリには反応がない。


「それは、馬車クラブの存在が大きいのではないでしょうか?」


 そのレントの言葉にバルもラーラもリリも、ラーラ誘拐事件を思い浮かべた。


「馬車クラブは犯罪抑止に役に立っているのだと、ミリ・コードナ様に教えて頂き、わたくしもその通りだと思いました。しかしミリ・コードナ様がどちらの国に留学するとしても、その国には馬車クラブは存在しないのではありませんか?」


 ミリの眉間が僅かに狭まる。

 レントはバルとラーラの様子から、ミリが留学する事にかなり高いハードルを置く事が出来た事を確信していた。

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