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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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無駄な経験

「交流しなくても良い相手の為に、経験を積むなど、掛ける時間の無駄でしかないではありませんか」


 断言するミリの言葉に肯くバルを手で制し、ラーラはミリに「いいえ」と小さく首を左右に振って返しな。


「その経験はミリが平民になってからも活きるわ」


 ラーラがミリに返した言葉に、レントもレントの叔母リリ・コーカデスも驚く。まるでミリが平民になる事が、決定しているかの様に受け取れたからだ。

 ミリが事ある毎に将来は貴族籍を抜ける事を言い訳に使っていると感じているレントは、ミリが平民になる事なんて許せないと思っているし、ミリを貴族社会に引き留めたいと考えている。

 そしてレントもリリも、ミリに貴族としての高度な教育を施していたミリの周辺の人々は、表に出さずとも内心ではレントの意見と同じ様に感じているだろうと思っていた。

 しかしラーラの発言は、ミリが平民になる事を認めているとしか思えない。

 レントとリリはバルはどう思っているのかと様子を窺うけれど、バルはただ難しい顔をしているだけだった。


 ミリが生涯を通して貴族として暮らすのには、三つの道があるとバルは思っている。

 その内の一つは貴族籍を持つ相手との結婚で、貴族令嬢に取っては当たり前の未来だけれど、こちらはバルが通行止めにしている。

 別の一つは他家の養女になる事だ。今のままだとミリは、バルの長兄ラゴ・コードナが侯爵位を嗣いだら、貴族籍を抜ける事になる。それなので、爵位を持つ人間の養女にならなければ、いずれはミリの身分は平民となってしまう。

 最後の一つはミリ自身が爵位を受ける事だけれど、女性が授爵した事はこの国のこれまでの歴史では一度もない。そもそも国の領地が増えなければ新たな貴族家が興る事もないので、ミリが他国に出向いて領地を奪って来たりしない限りは、あり得ない未来だ。

 つまりバルの常識的に一番あり得るのは養女となる道だけれど、養女となれば養家の方針でミリは結婚させられるに違いない。そんなところにバルがミリを養女に出す訳がなかった。

 だが、それで良いのかと、今のバルの心は揺れる。


 しかしラーラとミリは、バルの心に広がる波紋など気にせずに、レントとリリの動揺も気にする事なく、ミリが平民になる前提で会話を進めた。



「貴族としての交際練習の経験が、平民となってからの役に立つとは思えません」


 ミリの言葉にラーラは「いいえ」と首を左右に振る。


「私は平民だったけれど、貴族になってからも平民時代の経験が全然役に立たなかった訳ではないわ」

「お母様がそうだったので、逆のパターンのわたくしもそうだと仰るのですね?」


 小首を傾げてそう尋ねるミリに、ラーラは「ええ、そうよ」と肯いた。

 それにミリも肯き返す。


「ですのでその部分の経験に付いては、王妃陛下主催の社交で充分ではありませんか」


 ラーラはミリに小さく左右に首を振る。


「王妃陛下主催の社交って、女性中心のお茶会などでしょう?」

「はい」


 ラーラはもう一度小さく左右に首を振った。


「ですからそれだけでは、男性との関わりを覚えるのに、それこそ非効率ではないの」

「その異性としての男性との関わりは、わたくしの将来にはありませんので、それへの対処を身に付ける必要はないではありませんか」


 ラーラは「何を言っているの」と小首を傾げる。


「平民になったからって、男性と関わらないで生きていける訳ではないでしょう?」

「ですけれど、お母様?わたくしは結婚しないのですよ?」

「え?ええ」


 ラーラは少し目を見開いた。その表情にミリは小さく肯く。


「仕事もしないのですし、人との関わりなんて、将来のわたくしの日常にはほとんどありません」


 ラーラの眉間が狭まった。


「え?そんな事ないでしょう?」

「いいえ。わたくしには、女性との関わりも思い浮かびませんから、男性相手ならなおさらです」


 ミリがどの様な想像をしているのか、ラーラには思い浮かばない。


「でも、外に出ない訳ではないでしょう?出て歩けば、男性にしろ女性にしろ、何かしら関わりを持つものじゃない」

「お母様?」

「え?なに?」


 ミリの表情から、自分に対して心配をしている様に感じて、ラーラは不安になった。


「平民は、働かなくては生きていけない事をお忘れになったのですか?」

「え?忘れてなどいないけれど?」


 経済的に余裕のあるソウサ家の人々も、皆毎日働いている。行商先で出会った人々も、毎日毎日働いていた。収入を得る為には働かなくてはならないのは当然だ。


「そうですか。わたくしが生まれた時には既に貴族夫人であったお母様しかわたくしは知りませんので、もう平民の暮らしを覚えていらっしゃらないのかと思いました」

「私はバルと出会うまでは、平民としての暮らししか知らなかったのよ?忘れる訳がないでしょう?」

「それではお母様?もしお母様がまだ平民だったとして、御自分が働いている時にふらふらと遊んでいる人間がいたら、お母様はどう思いますか?」


 ラーラは言葉に詰まった。

 羨ましいと思うかも知れない。妬ましいと思うかも知れない。あるいはカモにして何かを売り付けようと思うかも知れない。


「その様な人間と、ちゃんとした関わりを持ちたいと思いますか?」


 言葉を返せないラーラに、ミリは問いを重ねる。


「お母様とわたくしが平民のままだったとして、その様な人物がいたら、その様な人物と交流を持つ事をお母様はわたくしに勧めますか?」


 ラーラは少し俯いて、ミリから視線を外した。そしてここからどの様に、話を進めたら良いのかを考える。

 けれどラーラが言葉を思い付く前に、ミリは結論を付けた。


「平民となったわたくしに近付いて来る人がいたら、その人は下心があるのだと思います。そしてわたくしが誰かに興味を持って近付いたとしたら、その相手の方は仕事もしないでぶらぶらしているわたくしを警戒するでしょう。もしそこで相手の方がわたくしを受け入れるのなら、その人にもやはり下心がある筈です」


 ラーラが顔を上げたので、ミリはそこで一旦言葉を切る。

 しかしラーラは口を開かなかった。


「ですのでわたくしに取っては、どなたとも交流しないのが正解なのです。そして交流しないのであれば、わたくしに取って必要な対人経験も、(ごく)限定的で構わないのです」


 バルは、ミリを結婚させない、仕事もさせないとしていた自分の考えが、間違いかも知れないと感じる理由はこれかも知れないと思った。

 レントの叔母リリ・コーカデスは、心の中でバルを非難していた。ミリへの好感度が上がっていた為、リリはミリに好きな様に将来を選ばせてあげたくなっている。バルはそのミリの将来に立ちはだかる壁の様にリリは感じ始めていた。

 ラーラは、結婚も仕事もしない女性として、目の前のリリの意見を聞いてみたかった。しかしさすがにそれは躊躇う。それなので、ラーラを助けると言う仕事はしているけれど、やはり結婚はしていないパノに、後で尋ねてみようとラーラは思った。そう考える事でラーラは、ミリに言い返せていない事から気持ちを少し逸らせた。


 レントはラーラが反論を口にするのを待っていた。しかしラーラは口を開かない。バルを見ればバルも、なんだか険しい顔をしてはいるけれど、ミリに反論をしそうにはレントには思えない。念の為にリリを見ると、何故かバルに視線を向けている。リリがバルを見ている理由は思い付かないけれど、リリがもしミリに反論を持っていても、この場で口を出したりはする筈がないだろうとレントは考える。

 仕方ありません。


「わたくしが口を挟んでもよろしいでしょうか?」


 レントはバルとラーラに向かって、そう尋ねた。

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