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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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理解の応酬

 ミリに嫌われても良いと思ったレントは、嫌われた方が却って自分には有益なのではないかとまで思い至る。

 将来自分が結婚する相手が、自分を好きになってくれるとは思えない。家は落ちぶれているし、領地はともかくコーカデス家にはお金がない。そんなところに喜んで嫁いでくる人がいるとは思えない。そんなレントと結婚しなければならない状況にある女性なら、レントの事を恨むだろうし嫌うだろう。

 それならレントを嫌うミリと交際練習をする事で、将来に役に立つ経験を積める事になる。


 だがそうすると、ミリに嫌われたのなら、ミリがレントとの交際練習を受け入れるとは思えない。

 ミリも将来政略結婚をするのなら、嫌いな相手と付き合う経験を自分と同じ様に利点として挙げられる。しかしバルはミリを結婚させないと言っているし、ラーラもバルの意向を尊重すると言っていたし、なによりミリ自身が結婚しないと言っている。ミリを結婚させる様にするのは、とてもではないけれど無理なので、レントはその利点をミリに訴求する案は直ぐに捨てた。


 嫌いな相手との交際練習をミリに受け入れさせるには、どこから攻めれば良いのだろう?

 レントはその思考に、昏い心地良さを感じた。


 レントはミリに敬意を持っていた。知識も所作も自分より上で、思考も早いし隙もない。それは偏にミリの努力の賜物だと思っている。いくら環境が整っていても、本人が努力もせずに身に付けられるものとはレントには思えなかった。崇拝とまではいかないけれど、ミリの事を尊敬しているとは言っても良い。

 だからこそ、ミリの将来を楽しみにしていると言うか、推していると言うか、そのレントだからこそ、ミリには全力を出して欲しいし、手抜きをしながら生きては欲しくなかった。

 ただしそれをレントは自覚してはいない。

 レントの今の心情の半分は単に、男の子が好きな女の子にちょっかいを出すのとほぼ同じものを原因としていた。そしてレントの心情のもう半分は、自分より上と見做しているミリに挑戦したいと言う向上心が原因だった。

 それらには無自覚のままに、ミリの意に添わない結論を目指す事を意識する事が、レント自身のミリに対する認識を昏く染める。そしてそれは少し冷たくて、気持ち良い感覚だった。



 レントは今日のゴールを再考する。

 取り敢えずバルとラーラには、ミリに交際練習を申し込む権利を貰えた。大成功だ。

 ミリとの交際練習を開始するのには、かなりの時間が掛かるだろう。けれどレントを嫌うミリを説得する為の道筋を考える為にはレントにも時間が必要だ。

 それに断られる度にまた改めて、コードナ邸を訪ねる事は出来る。今日のバルとラーラとの会話も、レントには新鮮で楽しくもあった。コードナ邸を訪ねる度に二人との会話のチャンスもあるだろう事に、レントは嬉しく思う。しかし交際練習を行う事が決まれば、レントの自由時間は交際練習が優先になる。そうなればコードナ邸にはミリを送り迎えする為に立ち寄るくらいで、バルとラーラとの会話をするチャンスは減る筈だ。

 つまりミリとの交際練習開始は急がなくても、バルとラーラとの会話から交際練習では得られない経験を積む事で、レントにとっては有意義になる。

 それはつまり、今日はここでミリの説得を打ち切っても、レントとしては良いと言う事になる。

 今後もミリに交際練習を申し込む時には、バルとラーラも同席する筈だ。ミリを説得するのにはミリに取ってのメリットを挙げる事になるけれど、それをバルとラーラが気に入って、ミリに交際練習を命令したりしたのならば、それはレントの望む状況ではない。レントは飽くまでもミリ自身に交際練習を受け入れさせたいし、これ以上バルやラーラにはミリに命令して欲しくない。なのでバルとラーラには余り盛り上がって欲しくはないし、その為にならミリの説得には間隔を開けて、クールタイムを挟んだ方が良い筈だ。

 色々と加味して考えて、レントは今日はもうこれで終わりで良いと判断した。

 ただもう少しだけ、ミリにちょっかいを出したい気分なだけだ。



 ミリはレントに嫌悪を感じている自分に驚いていた。ただし自分の感情には納得をしている。

 意地悪されて嬉しい訳がない。今日のレントは意地悪だ。もしかしたらバルとラーラに何かをされて、その八つ当たりをレントがミリにしているのかも知れない。たとえそれが理由だとしても、自分がレントを嫌うのは仕方がないではないか。

 そうは思うけれど、ミリの気に障る様な事をわざわざ口にするレントの狙いが、ミリには分からなかったし気になった。ミリの知っているレントなら、なんの狙いもなくこう言う事をする筈がなかった。きっと何かある筈。

 しかしその何かが分からない事がミリを苛立たせたし、その苛立ちがレントへの悪感情へと繋がっていた。

 つまりはレントへの八つ当たりだとミリは結論を付けようとするけれど、気持ちは納得がいかない。八つ当たりする様な事を仕掛けているのはレントなのだ。いやこれも八つ当たり?

 八つ当たりなのかどうかにも結論が付けられない事にも、ミリは苛立ちを募らせる。

 そして今日はもうレントとの会話は止めるべきだと考えるけれど、このまま終わるのは悔しいとも思う。ただミリには何故自分が悔しいと思うのかの原因が分からなかったし、それなのでレントとの話の結論をどう付ければ良いのか分からず、当然どう話を進めれば良いのかも思い付かなかった。



 何も思い付かなくても、このまま何も言い返せないのも悔しい。

 ミリは何も思い付かない思考ではなく、八つ当たりでも何でも良いから何かを言い返したい感情に、自分の言葉を委ねてみる事にした。


「コーカデス卿がわたくしを御存知なのと同程度には、わたくしもコーカデス卿を存じております」


 自分で考え出したのではなく、レントの言葉を利用した様で、ミリは少し悔しかった。けれど言い返せた事で少しは気が晴れたし、口にしてみたら案外良い反論になりそうで、ここからの話の進め方をミリは探る。


「コーカデス卿に取ってはわたくしとの交際練習では、良い経験など得られないでしょう」


 交際練習でミリが良い経験をすると言う事に、レントは理由を示してはいない。レントがミリを知っているから、などでは理由にはなっていない。

 それもミリは利用して、レントが良い経験を得られない理由は考え付かないけれど、そう断言してみる。

 もしレントが、レントでもミリでもどちらに取っての利点でも良いから説明をしたのなら、それに反論して行けば良いと思い付いて、今自分が口にした言葉も中々良いのではないかとミリは思った。

 普段のミリならこの様な、自分の中に根拠のない言葉は口にしないけれど、それをした事でミリには、レントも大した根拠を持たずに意見を口にしているのではないかとの考えが思い浮かぶ。


 レントはここで、バルとラーラを肯かせた様に意見を述べる事も出来たけれど、今はもう、今日の会話はお終いで良いと思っていた。

 それなので、ミリの意見に肯いてみせる。


「そうですね」

「え?・・・良い経験などないと認めるのですか?」


 レントの表情は晴れ晴れとしていて、ミリにはとてもそう認めている様には見えない。


「少なくとも、この場でミリ・コードナ様を説得出来る程の材料が、今のわたくしにはございません」

「つまりは良い経験などないと?」


 ミリの困惑を感じて、レントのミリにちょっかいを掛けたい気持ちの部分が前に出る。


「ミリ・コードナ様は、わたくしにはないと考えていらっしゃる様ですけれど、御自分にはあると言う事でよろしいのですよね?」

「え?その様な事は言っていないではありませんか」

「そうでしたか?御自身がわたくしの事を理解して下さっているのとは同程度には、わたくしがミリ・コードナ様の事を理解している事を認めて下さいましたよね?」


 ミリは「違うから!」と叫びそうになるのを抑えた。なぜこうも感情が波立てられるのか。その事にミリの好奇心が起動して、好奇心がミリの思考を再開させる。

 そして思考が再開すると、やはり自分には感情に任せて言葉を口にするのは向かないのかも知れないと、ミリは考えた。

 取り敢えずレントが目の前に作ってくれた足掛かりに、ミリは足を載せてみる。


「つまりは、わたくしがコーカデス卿を理解している事は、認めて下さったのですね?」

「わたくしがミリ・コードナ様を理解させて頂いているのと同程度にでしたら」

「そうですか」

「はい」

「それでしたらわたくしが、コーカデス卿がわたくしを理解していないと考えている事も、コーカデス卿は理解なさっているのですね?」

「あ・・・」


 レントは失敗を自覚した。ミリに論理を口にする隙を与えてしまっていた。


 もしかしたら今日の話し合いはまだまだ続くかも知れない。そう思ったら今日一日の疲れがどっと実体化した様に、レントには感じられた。

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