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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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イヤから嫌いから

「ミリ・コードナ様に取っても、交際練習は良い経験になる筈です」


 レントのその言葉にレントの叔母リリ・コーカデスは、上位者に対して失礼な言い方だと思い、胃がキュッとなった。

 交際練習に付いてミリが何も分かっていないとでも言うかの様に、レントがそれを教えて上げるとでも言うかの様に聞こえる。その言葉にミリが反発する事をレントは狙っているのかも知れないけれど、その言葉にミリを馬鹿にするなとバルが怒るのではないかと、リリは気が気ではなかった。

 リリがチラチラとバルの様子を窺うと、バルは難しい顔はしているけれど、怒りを溜めている様子ではない。リリの目にはバルが、何かを躊躇っている様に映った。


 バルは、レントの言う通りなのかも知れないとの考えが心に浮かび、戸惑っていた。

 応接室に戻って来たミリは、普段より様子が落ち着かなかった。レントへの受け答えも、意地を張っている様な、虚勢を張っている様な、バルが知っている普段のミリには見られない表情や態度だ。

 これはやはり相手の歳が近いからなのだろうか、とバルは思う。レントが家格的に下なのも、ミリがこの様な態度を見せる原因かも知れないとバルは考えた。

 そう考えると確かにレントの言う通り、交際練習で得られる経験がミリには有益かも知れない、と思ったところでいやいやと、バルは心の中で自分の考えを否定する。レントがミリのメリットとして挙げたのは、試行錯誤と失敗をする経験が出来る事だった筈だ。だがしかし、ここでレントに言い(くる)められて交際練習をする事になれば、ミリには失敗の経験になるのでは?と考えてまたいやいやと、バルは心の中で否定した。そうなったらミリがレントと交際練習をする事になってしまう。

 バルはまだ、ミリに交際練習をさせる事に納得はいっていなかったし、その相手がレントである事は認められるものではなかった。交際練習をミリに申し込む許可をレントに与えたのも、ミリがレントとの交際練習を受け入れないとバルが思っていたからでもある。それなのだけれど、ミリがレントを拒絶している今の状況は、バルの想定にはなかった。ミリならもっと丁寧に断ると、バルは思っていた。

 レントへの許可を取り消せば、ミリはもう断らなくても済むけれど、今この場でそうする事には、ラーラが反対する事がバルには分かっている。

 結局バルには、自分自身がミリに交際練習させたいのかどうか分からなくなっていて、その所為で自分自身が納得出来る結論を見出せないでいた。


 ミリにはレントの言う事も分かっていた。交際練習で得られる経験は、自分には有益かも知れないとはミリも考えていた。

 その意味ではレントの意見には同意だし、交際練習に付いて考える切っ掛けを与えてくれたレントには感謝をしなくもない。

 けれどミリは、今日のレントは嫌だった。嫌だから意見を聞きたくなかったし、そう思ってしまう自分も嫌だったけれど、そうミリに思わせているレントがとにかくイヤだった。

 そう思う一方でミリは、なぜ自分がこんなにも、今日のレントがイヤなのかを考えてみてもいた。


「コーカデス卿は交際練習に詳しいのですか?」


 ミリは自分の考えを纏める為の時間稼ぎに、取り敢えずの質問をしてみる。取り敢えずではあるけれど、レントの答えは分かっているし、そこからなら反論の足掛かりもミリには見えていた。

 レントも、詳しくないと返せば、ミリに反論される事は分かっている。


「ミリ・コードナ様と同程度の理解ではないかと思います」


 実際にはレントの周囲には、交際練習をした事のある人間はいなかった。それに対してミリの両親は、交際練習を流行らせた張本人の二人だ。

 けれど読み聞きした知識しかないのは、ミリも自分と同じだとレントは開き直っていた。


 レントが詳しくないと答えると考えていたミリは、反論の足掛かりを消されてしまった。

 確かにミリも詳しい訳ではないから、レントに同程度と言われたらミリは否定の材料を持たない。自分の方が詳しいと言えば言え張れるかも知れないけれど、ミリ自身がそうは思えていないし、それでレントを納得させられるとは思えない。


「わたくしがどの程度理解しているか、コーカデス卿はなぜ御存知なのですか?」


 ミリが言いたい事から外れては行っているし、この先に大して話を広げられる余地はないけれど、でもミリはここで言葉を詰まらせる訳にはいかない。しかし口にしてからそう言う様にと、レントに仕向けられた気がミリにはしていた。


「わたくしはミリ・コードナ様と交流を持たせて頂きました。決して充分な時間であったとは言えませんが、その濃密な交流を通して、ミリ・コードナ様からは多くの事を学ばせて頂いております」


 そこでレントは口を閉じて微笑んだ。

 ミリが理解している事をレントが知っている理由は明言せずに、そこで言葉を止めるレントに、ミリは感情を波立たせられる。言わなくても分かるでしょう?と言われている気がして、それがミリにはどうしても馬鹿にされている様に感じられた。

 反射的に「だからなに?」とか言いたくなるけれど、それをミリは押さえ込んで、レントの言葉の裏面を進んでみる。


「わたくしもコーカデス卿との交流から、様々なものを学ばせて頂きました」


 レントの言葉にもミリの言葉にも、バルの表情が険しくなる。濃密だのなんだのと、ミリが一体何をレントから学んだと言うのだと、バルは不安を感じた。その不安がバルの頭の中で、レントの前の今日のミリの態度がおかしい事と結び付く。

 そのバルの様子を見たリリの眉尻と口角は下がった。ミリがコーカデス領で魚食をしたとの話を思い出し、リリの顔から血の気が引く。レントが魚食を勧めた訳ではないと聞いていたけれど、それでもこうしてミリの両親を前にしたら、大切な娘に何を食べさせたのだと責められても仕方がない。


 ミリにはリリの様子が目に入ったけれど、なぜリリが顔色を変えたのかは分からなかった。もしかしたらコーカデス領には何か、外部には秘密にしなくてはならない秘術の様なものがあるのかも?などと思い付いたけれど、それは後で検証しようとミリは心の隅に押し込む。今はそれどころではないのだ。


「それなのでコーカデス卿が、わたくしと同程度にしか理解出来ていないであろう事は知っています」


 リリは取り敢えず、魚食の話に進まなそうだと、少しだけ緊張を解いた。

 そのリリの様子が目に入ったミリは、コーカデス領に何かある事の確度を上げて心にメモをする。


「そのわたくしと同程度の理解でしたなら、交際練習で得られる経験がわたくしには大した価値がない事もお分かりではないのはおかしいでしょう」


 ミリはレントが微笑みを崩さない事を不気味に思った。レントが内心では焦っているのかも知れないけれど、それが少しも表に見えなかった。

 レントの返しが来ない事も、ミリを少し焦らせる。


「わたくしもそれ程暇ではありませんから、価値がない事に時間を割く余裕はありません」


 そう口にしてからミリは、この一言は言わなくても良かった気がした。そして先程レントが結論を言わないから、ミリの気持ちが揺さ振られた事を思い出すと、あるいは今のは言わない方が良かったのかも知れないとミリは考えた。

 けれどもう言ってしまったのだから、取り消せない。それに更にここで何かを言い足せば、もっとミリの望まない結果になりそうに思える。


 レントが言葉を返すまでにそれ程時間が掛かった訳ではないけれど、その僅かな時間でミリはまた焦れていた。

 ミリのその焦れを見て取ってから、レントが口を開く。


「交際練習に付いての知識は、確かにミリ・コードナ様とわたくしとでは、同じレベルでしょう」


 レントが言った言葉なのに、ミリが言い出したかの様にレントは言った。それがまたミリの気に障る。


「しかしミリ・コードナ様との交流を通して、わたくしはミリ・コードナ様の事を知りました」


 ミリはまた「だからなに?」と言いそうになるのを堪えた。

 そしてレントは、一拍おいてから言葉を続ける。


「ミリ・コードナ様に取っても、交際練習は良い経験になる筈です」


 先程と同じ言葉を繰り返したレントに、ミリは荒い言葉を口にしそうになるけれど、なんとか堪えた。


「わたくしはミリ様の事を良く知っておりますので」


 そのレントの言葉と変わらぬ微笑みに、ミリの顔から血の気がさっと引いた。気持ちが悪い。

 今日のレントをイヤだと思っていたミリの気持ちが、レントへの嫌悪に変わった。


 レントはミリのその様子を見て、自分が失敗した事を悟る。

 でもレントは立場から逃げようとするミリに腹を立てていたので、また開き直って、ミリに嫌われても良いと考えた。

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